甘え下手な銀髪後輩様とのデート(2/3)
私の名前は山崎シエラ。
将来的には首藤シエラという名前になるかもしれないどこにでもいるような天才美少女である――。
「へい! そこの彼女! 一緒にお試しデートしない!?」
「しませんッ!」
「どうぞこの名刺を! 興味があればうちの事務所のアイドルに……!」
「結構ですッ!」
――等々と、私はたくさんの人間に一方的に話しかけられて、その人間たちから逃げながら、何とかして先輩とデートをする約束の場所である中目黒駅前の広場にやってきたのであったのだが、もう色々とあり過ぎて疲労困憊の極みであった。
「……外の世界怖いよぉ……!?」
アンニュイな気分になってそんな言葉を吐き出してしまう訳なのだが、仕方ない。
というのも、始めて行く美容室で延々と行われ続ける美容師さんとの会話という名の拷問を終え、行く道中でナンパ男に足を震わせながら睨み付けたり、いきなり怪しい人から名刺を渡されてきたのを全力で断ったり……等々、数えるだけでキリがないほど散々な目に遭ってしまった。
というか、いつもの服装でそこら辺を歩いていたら銀髪だからついつい人の目を集めてしまうというのは前々からあったのだが、それでも声を掛けられるという事はなかった。
東京に住んでいると意外と髪の色が違う外国人が数多くいらっしゃるのが目に入るので、東京に住む人たちは案外そういう事に慣れているおかげなのかもしれない。
そういう意味では人間との会話が上手くできない私にはとても好都合ではあったのだが、いざ私がお洒落というお洒落をした瞬間にこうも男どもが寄ってきたり、すれ違い様に視線を何度も向けてきたりするのは一体全体どういう訳なのだろう。
「……いや、確かに私は頭と顔が良すぎたからいじめられたけれども……だからこそ、私服はいつもジャージだとか簡単な無地の白シャツとかハーフパンツとか機能性を重視したものだった訳だけれども……」
いや、それでも私は意外と顔には自信があるつもりですが。
そこら辺を歩いている女よりかはかなり美少女であるという自覚は多少なりともある訳ですが。
「……ちょっと待って。中目黒って美人多すぎじゃないかしら……!?」
自分の優位性を確かめるべく周囲を観察していると、周りの女の子はかわいいだとか、お洒落だとか、普段の私から大きくかけ離れた存在の人たちで溢れており、もしかして自分って何かおかしいのではないのだろうか? という疎外感に何度も襲われてしまうほどであった。
例えるのなら、そう。
体育の授業の日に自分1人だけが長袖長ズボンのジャージを着ていて、周りの人は全員半袖半ズボンの体育服を着ていたとかそういう感覚。
「……あぁうえぇえぇぇぇえあ……!」
私は独りでそんな後悔の声を吐き出していた。
無論、周囲の人に迷惑をかけない程度に小さな音量ではあるのだが、ずっとそんなことをする訳にもいかないので、私はスマホを取り出して、それを手鏡にして自分の前髪を弄る作業に入った。
ちらちらとスマホに映る時間と前髪を気にしつつ悪戦苦闘していると、やはり周りからの目線がどうしても気になってしまう。
そんなに私が前髪を弄っているのがおかしいのか、そんなに私がスマホの時間を気にしているのがおかしいのか……それとも恰好がおかしいのかしら!?
(……いや、それはない。絶対にない。歌乃ちゃんのファッションセンスを信じなさい、私……)
目の下に大きく不健康そうなクマを作っていた義妹を内心で思いつつ、私は彼女に悪いことをしてしまったなと今更ながらに思い至る訳なのだが、もはや後の祭りである。
私は今頃死んだように眠っているのであろう歌乃ちゃんに心の中で合掌し、先輩が来てくれるのを心の底から待ち望みつつ、スマホに表示される時計と周囲を交互に視線をやっていた――その時であった。
あの人が、来た。
「かっ――!?」
――ッッッこいいわあの人~~~~~~~!?
私は両手で自分の口を塞ぎながら、声にもならぬ絶叫を心の中で放った。
派手って言う訳ではないのだが、清潔感を重視しただけの格好!
整った顔が形作る知的さと、少しだけ困っているかのようなおどおどとした表情!
なにあれすっごくいじめたくなるんだけど……!?
そして、何なのかしらあの色気!?
率直に申し上げて、ヤバい。
ヤバすぎて、ヤバい。
天才的な語彙力を以てして感想を言うなれば、ヤバい。
「ふひ、ふへへ、ぐふふ……!」
余りにもヤバすぎる所為で美少女である私の口から美少女らしからぬ気持ち悪い豚のような声が出てくる始末!
あぁ、私の先輩って魂も性格もイケメンだけれども、どうして顔もイケメンなのかしら……!?
そもそも、声もイケメンだし!
先輩の声はもう麻薬レベルにヤバいブツなのよ!
実際問題、お風呂場で全裸になって聞く先輩の声は私の健康を更に良いものにしてくれたレベルでヤバいわよ!
「ふひっ、ぐふふ、むふふ、ぬへへ、ぐへっへっへ……――ッ!? は、鼻血!? 危なかったわね、折角の歌乃ちゃんの服に鼻血がつく所だったわ……!? でも、あれは眼福……ふふひっひぃ……!」
そうしていつもイケメンである先輩を更にイケメンにした第2形態先輩から少し距離を取りつつ、鼻血が出なくなるまで後方でひっそりと待機する事10分。
私は覚悟を決めて、先輩に声を掛けて――先輩に褒め殺しにされてしまったのでした。
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そして、ついに始まった俺とシエラのデートである訳なのだが、特にこれといったデートプランは考えてはいなかったのものの、俺たちは中目黒駅の高架下のすぐ近くにある雑貨店やレストランが並んでいるスポットの周辺にある超有名な陽キャやリア充たちの御用達であるカフェで飲み物を買い、店内にある椅子に向かい合わせになるように座りながら今後の計画を経てる事にした、のだが。
「……ブラックコーヒーだな……」
「……ブラックコーヒーね……」
俺たちに呪文のように長いメニュー名を言うような度胸はまだなかったので、結果的に俺とシエラは2人一緒に震えながらブラックコーヒーのアイスで妥協してしまったのである。
そんなカフェの内部の周囲にはアート本やファッション雑誌にビジネス本など意識の高そうな人が好んで読むような書物で溢れかえっており、横目で利用客を見てみると、かっこよかったりかわいい私服姿でパソコンと睨めっこしている大学生らしき若者たちがあちこちに点在していた。
「……ふふっ、これもいい思い出ね。まさかこの私が店員さんとのやり取りでびくびくしてしまうだなんて。いつもだったらスマートにやれるって言うのに……デートって怖いわね」
「それは確かにそうかも。俺も隣にこんなかわいい彼女がいるって思ったら急に緊張してしまったし」
「今更? 散々お互いに裸を見せ合っているのに?」
ブラックコーヒーの液体は一向に減らないまま、そんな会話をする俺たちであったが、やはり涼しい顔で周囲の事を一切気にする事なく堂々している姿を見せている彼女を見ると、対する俺は彼女に釣り合えるような男なのかどうかが気になってしまう。
「……馬鹿ね」
しかし、そんな俺の考えなんぞお見通しであると言わんばかりに彼女は俺の足を優しく踏んだ。
「何回も言っているけど。貴方は貴方のままでいいの。私はそんな貴方だからこそ好きなんだけど、それを私の口から何回言わせる気なのかしら。全く、貴方は私の彼氏なのだからびしっとしなさい、びしっと」
「いや、そうは言われてもだな」
彼女にそう言われるのだが、やはり店内の客はチラチラと俺たちの方を見ており、なんならその視線はやや生暖かく、まるで出来立てほやほやのカップルを見守るような視線であり、どうしても気恥ずかしさの方が勝ってしまうのである。
「……確かに私も慣れない環境で緊張しています。デートをしてみたのはいいけれども何を話せばいいのか分からないというのが正直なところね。でもそれは先輩もどうせ同じでしょう?」
「それは、そうだけど」
「なら、のんびりと2人で過ごしましょう」
とても1歳下とは思えない彼女の落ち着きぶりに、俺は尊敬するしかなかった。
「私たちはまだ学生であり若者。精神的にも学力的にも経済的にもまだまだ未熟で精進しないといけない。だからこそ、まだまだ不完全でいいじゃない」
「……シエラ」
「とはいえ、まさかこの私が自分を子供だと認める、だなんてね。これも先輩のおかげなのかしら」
「……俺のおかげ?」
「あら、自覚がないの? 散々甘やかしてきた癖に。子供がつくような嘘を本気で信じてくれた癖に。私と人生の勉強に付き合ってくれた癖に」
そう言うと、彼女は口を閉じては小恥ずかしそうに咳払いをして、耳を少々真っ赤にさせた状態でおもむろに口を再び開いた。
「私は貴方と一緒に大人になりたいの」
「……あぁ、俺もシエラと一緒に大人になりたい。シエラと一緒に過ごせるようにこれからもたくさん勉強しないとだな」
そう言って、俺たちはいつも通りの調子をすっかりと取り戻した。
まるで家の中でいつも通り過ごしている彼女と再会できたような気持ちになった俺たちは2人でアイスコーヒーを啜りながら、苦いと言いながら2人で笑いあっていた。
「でも、先輩じゃない先輩に出会えた気分なのは本当。いつもの先輩とは違う雰囲気だったから正直言って、ドキドキ、してる」
「そうなのか? 至って普段通りに見えるけれど」
「あら節穴。でも、そういう先輩だって私の事を私とはとても思えなかったでしょ?」
「それは……そう。うん、俺も生きてて初めて、あんなに、ドキドキ、した……」
「ふふっ、ばーか」
「馬鹿ってなんだよ。こっちだってその髪型のシエラと出会ったのは初めてなんだよ」
「そう。じゃあ、お互いに知らない恋人に出会えて、お互いにまた一目惚れした事を祝して乾杯でもしましょうか」
お互いに乾杯という言葉を出して、俺たちは2人分のアイスコーヒーを音を鳴らさずに、水面が少し揺れる程度にコップを触れ合わせ、お互いに全く同じタイミングでストローを使ってコーヒーの味を楽しんだ。
「ところで行き先はもう決めたかしら?」
「実を言うとまだ何も決めてなくて」
「あら無計画ね。とはいえ、私も全く考えてはいないのだけれども」
「駄目じゃねぇか」
「本当にね」
お互いの無計画さを俺たちは笑いながら、ずずっ、とまた同じタイミングでアイスコーヒーを啜り、近くに置いてあった中目黒のガイドブックを2人で眺めながら気になる店やスポットを絞り込んでいた。
最初は無難にスマホで調べた方がいいのではと俺は提案したのだが「こういう本を一緒に読む方が楽しそうだし、時間に追われるデートなんて嫌」という彼女の提案により、俺たちは折角の貴重なデート時間であるというのに関わらず、2人でガイドブックを読みながらのんびりと過ごしていた。
「寄生虫博物館……面白そうね……はっ! いやいや……! デートでこういうところに行くのは流石にアレじゃないかしら……!?」
「いや、そうとも限らないみたいだぞ。だってほら、その寄生虫博物館にはカップル用のお土産にフタゴムシのグッズを販売しているみたいだぞ」
「フタゴムシ……あぁ、恋する寄生虫と言われるアレね」
「恋する寄生虫?」
「主に
すごくペラペラと寄生虫についての解説をしてくれたものだから、博識な彼女と一緒に行く博物館はとても楽しそうだと思い、俺はその寄生虫博物館に行こうと提案すると、彼女はとても嬉しそうな笑みと個性的な笑い声を披露してくれたのであった。
もしかすると、彼女はオタク気質……いや、興味の持ったものをとことん追求する職人気質か、あるいは知的好奇心が人並み以上に多いのかもしれない。
とはいえ、先ほどの彼女の言葉を借りる訳ではないのだが、俺も知らなかった彼女の一面をこうして知れて嬉しかった。
もっとも、まだまだ彼女は俺に意図的に隠しているでのはなく、無意識のうちに隠してしまっているような一面があるのかもしれないから、そんな彼女の事をより深く知るためにも、彼女が好きなフタゴムシの事を知りたかったというのが本音ではある。
「じゃあ、さっそく向かいましょうか。場所はそうは遠くないみたいだけど」
「あぁ、行こうか。でも他にもいっぱいデートスポットはあるぞ?」
「それはそうね。でも、またいつの日かデートするのでしょう? なら、また来ればいいじゃない。私たちはまだ子供。人生はまだまだあるの」
確かにそれもそうである。
そう考えると彼女とこれからもずっといられるというこの関係性に俺はどうしようもないほどの喜びを覚えざるを得なかった。
「でも、どうせ私の事だから、ボーリングに行っても運動音痴すぎて0点しか取れないし、猫カフェに行こうとして店前で入ろうかどうかを30分悩んだあげく動画を見ればいいじゃんで妥協してしまう程度には社交性もないから、自分から進んでそういうところには行かないだろうし」
「……珍しいな。シエラって、出来ない自分の事を隠すイメージがあったんだが」
「今日はそういう気分なの。いつもはそんなんじゃないわ。でも、出来ない自分の事を先輩に隠すのは程々にしておくってあの日に決めたの。だって、先輩には本当の私の事だけを見てほしいから」
そう言うと、彼女は立ち上がり、俺の方にへと手を伸ばした。
「だから、まだまだ子供の私の手をこれからも引っ張って。あの日、自殺しそうだった私の頭を優しく抱えてくれたように私を抱え続けて。あの日、倒れそうだった私をこれからも支え続けて。そしてこれからも、私が好きな私を、本当の私を愛し続けて。それが私よりも1歳上の貴方の役割でしょ――清司さん」
店内のライトよりも眩しい笑顔で、俺の名前を言ってくれる彼女は、本当に格好良くて、クールで、俺の自慢の彼女ですよとこの店の中にいる人全員に言いふらしたくなるほどであった。
「今、俺の名前――」
「ふん。世界で1番で大好きな彼氏の名前を言っただけで嬉しくなるなんて、やっぱり清司さんは救いようがないぐらいに馬鹿ね……私の名前を呼び捨てで言ってくれる方が嬉しいに決まっているじゃないのよ、この馬鹿」
にこにこ、と。
人生を勝ち誇るように。
彼女は自分が幸せだと言わんばかりの笑顔を浮かべながら、俺の手を引っ張った。
まるでこれからずっと貴方は私のモノだと言わんばかりに俺をひっぱるその手の力は強くて、そんな彼女と対等になれた事が余りにも嬉しくて、そんな彼女の笑顔は本当に眩しくて。
俺の方が幸せだと言っても、彼女はそれを認めないぐらいに幸せそうな笑顔だった。
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