甘え下手な銀髪後輩様とのデート(1/3)
デートをしよう。
そんな約束を恋人であるシエラとして、金曜日と土曜日が過ぎ、そしてついにデート当日である日曜日がやってきてしまった。
「……ふぁあああああああああああ……」
そして、人生で一番緊張していると言っても過言ではない俺の気を知らないで、朝食を一緒に食べている我が妹である歌乃は実に大きな欠伸をしていたのであった。
「やけにでかい欠伸だな、歌乃。テスト勉強は頑張り過ぎたら駄目だぞ?」
「あ?」
俺がそう言うと、歌乃は『おまえの所為なんだが?』と言いたげな鋭い眼光を俺に向けつつ、まるで肉食動物が威嚇でもするような凄みのある声を出してきたので、俺は思わず怯みそうになってしまった。
彼女が不機嫌な理由はとても分からないのだが、これはいわゆる分からなくてもいい問題にして捨て問――世間一般で言うところの反抗期なのだろう、と納得した俺は妹の成長を内心で喜びながら、茶碗に入っている白飯をかきこみつつ、あっさりとした味わいの白身魚を焼いた切り身を食べていた。
「まぁまぁ、清司も歌乃ちゃんもそれぐらいにして、さっさと朝ご飯を食べてしまいなさいな。清司も山崎ちゃんとのデートの時間に遅れちゃうでしょ」
何故か理不尽なまでに怒っている歌乃を宥めつつ、俺の母親は緑茶を啜りながら1人のんびりとしていた。
本来であれば、この食卓には俺の恋人であり、我が家で借り暮らしをしている山崎シエラがいるはずなのだが、彼女は俺とのデートの為だけに一時的に本来の自分の住処であるアパートに戻っていたのであった。
なので、彼女と俺が合流するところは予め決めておいた待ち合わせ場所なのである。
どうせ同じ家に住んでいるんだから、そのまま家から一緒にデートに行けばいいじゃないと迂闊に発言したら、母と妹と恋人に大量の罵詈雑言を一方的に吐かれてしまったのが記憶に新しい。
「……にしても、感慨深いわね。まさかあの清司が女の子とデートだなんてね」
「あんまりからかわないでくれよ、母さん」
「今日のデートは12時よ? 遅刻しないようにね」
「今は朝の7時なんだが? 遅刻する訳ないだろ」
いつも通りの割烹着を身につけている母親ではあるものの、彼女の表情は実に面白いおもちゃを見つけた悪餓鬼のソレであり、今にも寝不足で死んでしまいそうな歌乃とは違ってとても生き生きとしていた。
「……ところで、兄さん。今日の服装はどんな格好にするつもりでどこの美容室に行くつもり?」
「は? 美容室に行くわけないだろ。それに服はいつも通りの服を――」
着る予定だと、口にしようとするよりも早く彼女は俺の言葉を遮った。
「――止めて。いい? 止めて。……くっ! 私とした事がこのファッションセンスクソ雑魚駄目兄貴の面倒を見るのを忘れていた……! というかどうして貴方たちカップルはあんなにもファッションセンスが壊滅的なのかな……!? 頭にファッションセンス吸われているのかなこのリア充共は……!? シエラちゃんとか素材はいいのにさぁ……!? 手持ちの私服が少なすぎるんだよね……!?」
「え? ……え? 歌乃?」
「いや、シエラちゃんは仕方ないね、うん。コミュ障だから友達いなかったし。趣味が思い切りインドアだし、いざとなれば制服とあの国宝顔面で誤魔化せるし……だけど、兄さん。外食する際にも黒一色は駄目。縦シマと横シマを合わせないで。上半身長袖で下半身半袖はやめて。赤本を読むより先にファッション誌を読んで! フツーなのよ! 兄さんの服のセンスはフツーすぎて最悪なのよ!」
「いや、でもな? シエラはいつも通りの俺でデートに来てと言ってくれてだな?」
「いつも通りの恰好でデートをしないでこの馬鹿兄貴! というかそんな台詞をシエラちゃんに言わせないで! まぁ確かに? シエラちゃんは服には余り興味はないかもですけれど? 兄さんだったらどんな兄さんでもいいかもしれませんけれど? でもそれは女の子的には
「まるで意味が分からんぞ!?」
はぁはぁ、と息を荒げては肩を震わせ心のままに叫ぶ妹を宥めつつ、俺は母に助けてもらおうと視線を向けると、そんな俺の意図に察してくれたのか母はニコニコと笑って。
「歌乃ちゃんの言う通り、清司のファッションセンスはゴミ以下ね。勉強や研究に夢中でファッションの勉強をしないところなんて、お父さんに気持ち悪いぐらいそっくりね。なんで似やがったのかしら」
「なんでそんな酷いこと言うの!?」
俺の家族は揃いも揃って俺のファッションセンスを罵倒するのであったのだが、俺は抗議すべく俺の彼女であるシエラには今までに何度も私服を見せてきたのだが、何も言われなかったという事実を口にしたが、それでも彼女たちの言葉は実に手厳しいものであった。
「そりゃ、コメントしようと思わないぐらいの出来栄えだったからでしょ」
「清司は普通だったものねぇ。勉強をするぐらいなら人生をもっと楽しむ勉強をして欲しかったわ」
俺のファッションセンスの無さに対して悲しみの演技を見せている母親に対し、妹である歌乃は本当にこの世の終わりのような表情を浮かべていた。
「もう駄目だぁ……シエラちゃんにいきつけの美容室を紹介したり、手持ちの服の組み合わせを考えたり、何なら私の手持ちの服も貸したのに、兄さんがこんな有り様じゃもうおしまいよ……」
この世の全ての後悔と怨嗟を一か所に集めてしまったようなバケモノのような表情を浮かべて、歌乃は顔を食卓の上にぐにゃりという擬音が聞こえるかのような置き方で突っ伏していた。
「お母さん……! 私の馬鹿な兄さんを何とかしてよぉ……! もうテスト前に徹夜したくないよぉ……! もう疲れちゃってぇ……! 全然動けなくてぇ……!」
「歌乃ちゃんは良い子なのに清司は困った子ねぇ。とはいえ、そのお悩みは普通に解決するから歌乃ちゃんは安心して二度寝してきなさい」
「具体的な解決策を聞くまでは二度寝できないわお母さん! それで! 具体的にはどうするの!?」
「実は隠していましたが……我が家の地下にはお父さんが高校生の時に着ていた服が眠っています」
「なんで親父の服が地下にある訳なんだよ!?」
「私の趣味よ。お父さんに会ったのはアメリカだったから、高校生時代のお父さんを知りたくて日本のご実家に無断侵入して拝借し、正式に交際する時に私の誕生日プレゼントとしてお父さんが高校生の時に着ていた衣服を全て頂いたので所有者は実質的には私なのよね」
「何をシエラみたいな事をやっているんだよ母さん!?」
「お母さん大好き! じゃあ私は二度寝してくるね! シエラちゃんの服の面倒を見るだけで死にそうだったから後は宜しく! いや本当に最近は恋愛クソ雑魚馬鹿共の所為で全然寝れなくて死ぬほど疲れてるから起こさないでね! やったー! やっと寝れるー! ようやく6時間も睡眠が出来るー!」
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かくして、俺は朝の8時から3時間もの間、母に色々とお世話になった。
デート服として選択したのは、清潔感を重視した淡い色合いのベスト。
白色無地のシャツに、紺色とまではいかないが濃くすぎず薄すぎない程度の色合いのジーンズ。
俺は服に疎いので何とも言えないのだが、想像していたデート服という割にはかっこいいというよりも、どうしても無難という印象が勝ってしまう印象であり、かといって一緒に歩く女子に恥をかかせるような衣装ではないのもまた確かである。
そして、俺は母親に紹介された美容室に行って軽く髪の毛を整えて……自分でもついつい鏡の中の自分を見て『お? なんだこのイケメンは? え? 俺ってこんなイケメンだっけ? ははーん。さてはイケメンだったな俺?』という気持ちに耽っていたのもつい先ほどまでの話。
美容院効果が切れたのか、あるいはただ単に見慣れただけなのか、よくよく見れば俺ってイケメンじゃないな、と冷めた目で鏡の中の自分を見つめていた。
(……にしては、なんだかさっきからジロジロと周りから見られるような……)
今の時間は11時半であり、待ち合わせ場所として指定されたスポット……中目黒駅前の近くにあるタワマン前の広場で待っている訳なのだが、どうした事か道行く人々の目が俺に向けられているのが分かるのである。
もしかして――!?
(……まさか、期末試験前なのに何を遊び惚けているんだ、あの馬鹿学生はって思われているんじゃあ……!?)
今のシーズンは右を向いても左を向いても、どこの学校も期末試験前の勉強期間なのである!
そんな当たり前でしかない考えに今更思い至った俺は恥ずかしさのあまり、広場をぐるぐると同じ場所で回り続けようかと考えて、それはそれで却って人の目を集めてしまうのだから止めた方がいいのではという至極真っ当な判断をし、俺はスマホを取り出す。
今の時間は約束の30分前よりも早いとはいえ、一応到着した事を連絡した方が良いのではないかと思い悩んで、それだと彼女を急かさせてしまうだけではないのか、と気づいてしまった。
「……」
自分でもまぁ、そういう自覚はある。
いつもの俺にしては普段よりもかなりはしゃいでいるような、あるいは浮ついているようなそんな感覚だ。
そう、俺は今――心配しているのである!
(だってさ……だってさぁ!? シエラとかいう銀髪後輩の超美少女は毎日裸を見ている俺でも何回でも一目惚れしてしまいそうになるぐらいに美人じゃん!? 絶対に途中でナンパ男に声を掛けられて酷い目に遭ってしまっているのではないのか!? だってあいつすげぇ美少女だもん! 子供の良さと大人の良さをいい感じに混ぜた究極美少女じゃん!? 俺がナンパ男だったら絶対に声をかける自信しかねぇ! いやでもあんな美少女に声をかけること自体がとても身の程知らずの行動ではないのか……!? だってあいつは顔もいいし、声もいいし、性格もいいし、頭もいいし……全部いいじゃねぇか最高かよあいつぅ……!? なんで俺なんかがシエラの彼氏やっている訳なの!? もっと他にいい男がいたのではって心配してしまうぐらい美少女だもんねあいつ! なんで俺だけが好きなんだよシエラは! 好き!)
「……あの、違ってたらごめんなさい……先輩、ですよね……?」
「俺は先輩だが!?」
「ひっ!? す、す、す、すみませ……!?」
……いきなり知らない人に後ろから声を掛けられたっていうのに何をとんでもない台詞をぶちかましてしまうんだ俺!?
そもそも良く聞き返してみれば、まるで道に迷ったからそこら辺の声をかけやすそうな雰囲気を持っている人に道を聞くようなたどたどしさがあったじゃんかァ!? あぁ恥ずかしいなァ!?
「――って、あれ? せん、ぱい? あ、俺の事か」
そういえば、俺って彼女のシエラにそう言われていたなと我を取り戻し、じゃあ、後ろにいるのは彼女なのかと冷静になり、俺の後ろに彼女がいるという事実に俺は発狂しかけた。
(いやいやいやいやいや!? 待って待ってすごく待って!? あの美少女の中の美少女が俺の背後にいる!? おしゃれな服を身につけて俺の背後に立っている!? 待って!? 俺がそんな美少女の姿を見たら死ぬんじゃないの!? 絶対即死するって!? というか姿を見たら死ぬってヤベー美少女だな!? そうだよ、ヤベー美少女だよ!?)
だがしかし、俺は自分の命なんぞどうでもいい気持ちになりながらも背後を振り返った。
どうしても、彼女のおしゃれな私服姿を見たいという下心ましましな欲望には勝てなかったのであり、俺は「ええいままよ」と内心で言い捨てながら、覚悟を決して彼女の姿を目に焼き付けようとした――。
「――――」
刀のように研ぎ澄まされたような鋭い光を含みつつも、穏やかで優しい光を同居させる切れ目長の瞳と、美しい線を綺麗に何度も重ね、まるで芸術品のように鮮やかな二重まぶたに、遠目から見ても分かるぐらいの大きな
白磁のようにきめ細かく透き通るような美しい肌に、ほんのりと赤みがかった桃色の唇は上品さと初々しさを彷彿とさせ、細く整った鼻梁と、芸術品を思わせる顔の輪郭線。
(うお……おぉ……うえぇ……え? 生き物!? これ俺と同じ種族の人間!?)
色白なことも相まって、いかにもな深窓の令嬢といった雰囲気を醸し出している彼女の服装は確かサロベットと言うのだったか?
胸当てをバンド状のもので吊り下げたワンピース状のパンツを着ている彼女は、まるでビジネスオフィスで働く女性が着るような黄土色よりも少し明るい色のテーラードジャケットを上から羽織ることでサロベットの特徴であるバンドをそれで隠し、袖を通さずにスタイリッシュに着こなしているその姿はまるで成人女性のソレであった。
(……やっべぇ……美人……! 大人っぽいというか大学生に近い……! 子供でもないし、かといって完全な大人でもない。未成年と成年の良いとこどり……!)
インナーには膨張色である白色のブライスを採用しており、彼女の人並み以上に大きな胸に思わず目が行ってしまうし、そんな俺の視線が恥ずかしいと言うように腕で隠しているのだが、ブライスの袖はヒラヒラとした装飾であるフリルがあり、更に彼女の上品さと可憐さを演出している。
(く……! 清楚……! なのに胸の方に目が行っちゃう……! 清楚と胸は両立できるのをまじまじと感じさせられる……っ! よくよく見れば胸の方にもフリルがある……! くそ! あれでシエラの胸を更に大きく見せる算段か……!? そういうの好き……!)
足元の方にも目を向けて見ると、いつもの彼女の美脚がロングスカートで覆い隠されている訳なのだが、よくよく見ると清楚感のある白色の靴下とそれの邪魔をしない色合いで動きやすそうなヒールのないパンプスを着用しており、一見清楚そうな彼女ですが実はアグレッシブで活発的なお嬢様ですよ、という事実をこれほどかと言わんばかりに演出していた。
(そうだよ! シエラは実はあぁ見えて活発的で自分からグイグイくるんですよ! むしろ彼女についていくとこっちが歩き疲れそうなあの感じ……! 一生一緒にいたいなぁ……!)
耳元にも目を向けてみると、白い真珠が太陽の光を反射して輝いているのが目に入った。
彼女と一緒にお風呂に入った際には耳の穴はなかったので、あれはイアーカフスか何かなのだろうか?
(どちらにしても好き……)
そして、何よりの特徴は髪型であった。
彼女はいつも自慢の銀髪をロングのストレートにしているのだが、そんな彼女は今までの髪型ではなかった。
そう、今の彼女の髪型はシニヨンと呼ばれる束ねた髪をサイドや後頭部の斜め横にでまとめたヘアスタイルであったのだ。
毛先を長めにしたカジュアルなシニヨンはどことなくアンニュイな雰囲気があり、後頭部の低めの位置で結び長めに毛先を残している為か、抜け感のあるラフさが際立っており、ふわふわとしている後ろ毛に思わず手が伸びてしまいそうであった。
(う、わ……。いつもロングヘアのシエラしか見てないからすげぇ新鮮……そっか……シエラがショートヘアとかになったらあんな感じになるのかな……かわいい……好き……)
まぁ、彼女の服を総評すると。
6月の気温は下がるとはいえ、湿度が高くなって、ジメジメと蒸し暑い日が続く今のシーズンを考えればそのどちらにも対応可能であり、見る人間にも着ている人間にも環境的な不快感を感じさせないようなファッション――あぁ、もうまどろっこしい!
すげぇ好き!
すげぇかわいい!
デートして良かった!
「……あの、先輩? さっきから10分ぐらい無言で見つめてるけれど……どうした、の? もしかして、この服、先輩の好みじゃなかっ――」
「好み! すげぇ好み! いや本当に嬉しい! なんか勝手に顔がひくひくと笑顔になりそう! なってる! シエラと一緒にデートできて俺すっごく嬉しいよ!」
「……よかったぁ……」
心底安心したと言わんばかりに安堵のため息を吐き出した彼女に、俺は先ほどの自分の言葉が嘘でないと証明する為に、彼女を10分見つけ続けた際に浮かんだ感想という感想を全て伝えた。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!?」
気付いた箇所全てを更に10分かけて指摘し終えると、彼女はとんでもないほどに赤くなってその顔を俺に見せないように地面に俯く訳なのだが、やはりと言うべきなのか、彼女の個性的な笑い声がふつふつと耳に入ってきた。
「……全部、気づいてくれたぁ……! 頑張ったところを全部気づいてくれたぁ……! 嬉しいなぁ、嬉しいなぁ……! 先輩の為に頑張って良かったぁ……! えへ、ふへへ、ふひひ……!」
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