〈Short short story.〉星と共に堕ちる雪に.

Dark Charries.

Episode.1...Love Files.

 己が魂を刻まれし冬。

 残雪はまだ新しい。ウエストサイドのビーチは暗く時化っていた。乾いた空気があたしを暖かい家にまで戻るのに数分と掛からなかった。

 部屋は暖炉が置いてある。古ぼけた水時計には水が満たされたまま日時を告げていた。あたしはアロマキャンドルに火を灯す。そして、小さくなった人型の猫の人形。キティちゃんではない。

 精巧に出来たビーズクッションの猫の人形だった。

 誰かと友達になることもなかったから……。

 孤独は人形としか癒せなかった訳ではない。小学校に入りたての頃、昔お爺さんから誕生日プレゼントに買って貰ったお人形。魂が道具に籠るとはよく言い聞かすお爺さんで、あたしにはそれが何なのかはっきりしなかった。

 お爺さんの話を聞くと。、魂って、星のことだったり、人間に宿ったり、忙しく世話しない生き物だなと思った。

「誰かを好きになったときってどんな言葉で話せばいいかな?」あたしは聞いてみた。小さな人型の猫の人形に。猫の恩返しのバロンみたいな紳士風の姿をしているわけではない。白い毛並みで、とび色の瞳で赤い唇。猫というよりも、男性と女性の中間みたいな存在。いつだってあたしのことを見守ってくれていた。すると、座っていた人型の猫が話しかけてきた。

 「やあ、僕はまだ名前を頂いていない」話しかけてきた。高い声で、よく響くバリトン。「僕に名前を頂けるかな」

 「じゃあ、ジャック」あたしはすぐに答えた。特に意味がある訳ではない。トランプで言えば11は素数なくらい。素数って最初素敵な数という意味かと思ったけれども、ずいぶんと孤独な数なんだと初めて知った。「貴方は孤独だからジャック。先ほどの質問に答えて」

 「誰かを好きになったときってどんな言葉で話せばいいかって?」ジャックは肩をすくめた。「好きになったら話してはならない。好きって言葉を大切にしないと好きになれないんだ。直ぐに呪文は消えてしまう―――だから、軽々しく好きって口に出して勿体ないと思ったら、そこで好きじゃなくて嫌いだったんだということに気づくんだ。ユキは、誰の事が好きなんだい?」

 「いつもの知らない人。コーヒーを飲みに来る客なんだけど、たまにミルクチョコレートをついでに注文した時に、あたしに向かって話しかけてくるの。「いつもと違うだろう?だって今日は気取らずに甘いものを食べてるからね。ほろ苦い経験しかしていないけど」だなんてジョークを言うの。そのジョークを言うのが面白い訳じゃなくって。氷空を見て悲しそうな顔をして言うんだ。「ああ、今日は僕の一部が堕ちる日だね」って。すると、ホットウヰスキーを頼んで、そこにチョコレートを入れて溶かして「ほらこんな感じ」と言って笑うのよ、「そう、僕の名前は君と一緒。由貴って名前で漢字は違うけれども。そんなすぐに溶けて行ってしまう儚い存在になりたい。どうか、よろしく」と言って、ウヰスキーを一気飲みして帰っていったの。もう清々しいほど、爽やかだった。彼の写真を取ったら多分、好きって言葉は一生出せない。だって写真に好きが色付けされてあるんだから、もう口で言う必要が無いんだもの」

 「言葉は言葉の中に」ジャックはタバコを吸う。葉巻だった。「好きは写真の中に納めておけば、多分氷空すらも閉じ込められる」そう言ってジャックは、指を鳴らした。

 スマホの充電が立ち上がる。手に取ってカメラのアプリを入れ、写真を撮った。

 ユキと雪。

 ランタンとラジオ。

 テーブルは木製で、映した絵は「真実」。

 「どうだい?ユキにはこの写真があるね」ジャックは言った。「これに彼を載せてみよう」

 すると、息を吹きかけると、由貴が現れた。若々しい温厚な男性が白く影になって止まった。

 「徐々に息を吹き返す。―――見てごらん?」すると、ユキの後ろに由貴が立っていた。「どうだい?凄いだろう」

 「楽しい。馬鹿みたいなことって結局のところ、楽しいでしょう?雨にわざと濡れたり、泥んこになったり、誰もしないような出来事をジャックはやってのけたのね。それって何?手品?」

 「恋のおまじないかな」そう言って、ジャックは自分の手を顔に乗せスライドする。ジャックは写真の中に入った。

 楽しかったけれども、とユキは思う。誰もいない静かな部屋の中、一人ジャックの閉じ込められた写真にはあたしと由貴さんがいるのだ。

  しばらくして雪が降ってきた。今日は誰もいない静かな夜。あたしはそっとアロマキャンドルの火を吹き消す。香りが満たされた部屋の中で一人暖炉で温まる。お人形のようなジャックはもういない。昔からの相棒が写真へと消えた。

 写真に問いかけた。

 「好きな人が目の前に居たら、本当によかったのにね……」

 お爺さんが帰ってきた。お帰り、というと、小さなブールとアーモンドミルクを買ってきてくれた。アーモンドミルクは温めて、小さなブールを齧ってみた。

 「小リスになった気分」あたしは言った。「迷子の子リスに」

 「ユキはまだ小さいから、分からないだろうけれども……おや、人形が見当たらないようだね」お爺さんは言った。

 「うん、ジャックは自分におまじないを掛けて、姿を消したの。あたしが恋の相談をしていたら」

 「恋は時間があっという間に過ぎる。楽しいならすればいい。嫌になったら辞めてしまっていい。そんなピンボールみたいなものさ」そう言ってコップのアーモンドミルクを飲み、ナッツを齧った。香ばしい匂いがする、とお爺さんは呟いた。

 あたしはユキの部屋と書かれた船のデッキをモチーフにした部屋に着いた。今日は楽しかった。日記はこれでお仕舞い。

 明日から、由貴さんとまた出会える日が来ればいい。温まったアーモンドミルクが冷たくなったので、さらに温めて、今度はチョコレートを入れた。

 ほろ苦い恋の味がした。

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