第57話 Sランクの敗走を見送って

 ダミアンへ向け、ゴーレムの巨剣を振り下ろす。


 あえて外してやったが、衝撃で地面が盛り上がり、ダミアンはバランスを崩して転倒した。


 尻もちをついた姿勢で、こちらを見上げてくる。


「やはりルーク殿ではない……!? お前たち、ルーク殿はどうした!?」


 おれはゴーレムをかがませ、胸の穴から身を乗り出した。


「……ルークは、死ぬ。貴様の巨獣を倒すために、生命を燃やし尽くしたんだ」


「――ッ!? ではやはり、ブルードラゴスと相打ちとなって……? いや、そんなバカな! ゴーレムを操れるのは、ルーク殿のスキルあってこそ! ゴーレムが動いている以上、ルーク殿は無事のはずだ! そうなんだろう!? そうだと言え!」


「おれはルークから、この技術を学んだ。だから動かせている」


「嘘をつけ! そう言えば私が折れるとルーク殿に吹き込まれたか!? お前たちFランクがゴーレムを操るなど……ましてや巨獣を倒せるわけがない! ルーク殿なら、やりかねんが……」


「アメリアに叩きのめされておいて、まだ理解できんのか!? おれにはその力がある。おれのスキルが――『慧眼の賢者ワイズマン』と『超兵創造プロメテウス』が、それを可能にしてきた!」


「Fランクがスキルを持っているわけがない!」


「例外はある! おれは異世界転生者だ。前世の能力を引き継いで生まれてきた! 能力値判定では、それを認められなかっただけだ」


「異世界転生者……? なにを言っている?」


「説明しても貴様には分からんだろう。だがこの現実は分かるはずだ。ルークは自ら犠牲となっておれたちを守ってくれた……。そしておれたちはお前たちに勝った!」


「まだ私の部下がいる!」


「いや、いない」


 ゲンがおれの隣で、冷徹な声を上げた。


「Cランクの上級兵は、俺たちが殺した」


「ユリシスって人は、になってもらったよ。あれはもう元に戻らないね」


 クラリスは冷たい笑みを浮かべる。


「ゾルグとか言うやつは、あたしたちがやっつけた。ウルフたちの餌になったぞ」


 最後に口にしたミラの姿を見て、ダミアンは目を見張った。


「お前は……ゾルグたちが追っていった忌み子、か……? 無事だということは、本当に……? バカな、あり得ない! Fランクの力で、どうやって!?」


「FだのSだの、ランクは関係ない。お前たちは敗けた。それが現実だ」


「敗けた……?」


 ダミアンは2体の巨獣の死骸を見やる。自分の胸の負傷に触れる。収めるべき剣を失った鞘を握りしめる。


「私は……最上級のSランクだぞ……。BとCを8人……さらに巨獣を2体も投入して……最下級に敗けた? ……これは、悪夢じゃないのか……?」


 おれはゴーレムの腕を動かし、巨剣の切っ先をダミアンに向ける。


「お前を殺して分からせてやってもいいが、ルークの頼みだ。見逃してやる。とっとと失せろ!」


 ダミアンは巨剣を見上げるが、ただ茫然として動かない。


「嘘だ……嘘だ、嘘だ……」


 ブツブツと同じ言葉ばかりを繰り返すだけだ。


「失せろと言っている! 貴様はルークの仇だ! やつの最期の願いを無視して、殺してやってもいいんだぞ!」


 おれの怒鳴り声に、ダミアンはやっと我を取り戻す。


 顔を歪ませながら、じりじりと後ずさる。


「……最後に、聞かせろ」


 ダミアンは立ち止まり問いかけてきた。


「ルーク殿は、本当に……本当に、亡くなってしまうのか……?」


「そうだ。お前が殺した。戦いには敗けたが、裏切り者は始末できたんだ。最低限の言い訳は立つだろう」


「う……く、ルーク殿……っ」


「さっさと帰って王に、こう伝えろ! おれたちは自由を奪う者を許さない! 邪魔する者は、誰であろうと、何人来ようと、必ず叩き潰す! 覚悟しておけとな!」


「くっ、うぅ……うあぁああ!」


 ダミアンは背を向け、走り出した。


 敗北の屈辱か、かつての仲間を殺してしまった傷心か、あるいはその両方か。涙を流し、情けない声を上げて離れていく。


 その無防備な後ろ姿に、今なら楽に殺れる、と衝動が芽生えてしまう。


 友の仇を討ちたい気持ちを必死にこらえ、ゴーレムから降りる。そうしなければ、おれの意思に反応したゴーレムが、本当に殺してしまいそうだった。


 大きく息をついて心を落ち着け、ルークのもとへ歩んでいく。


 ママウルフに寄り添われたルークは、変わらず木にもたれかかっていた。


「見てたか、ルーク?」


「見てたぜ、ウィル……。ダミアン、逃がしてくれたんだな……」


「他でもないお前の頼みだからな」


「ありがとよ……。しかし、大したもんだ……。生き残ってくれるだけでいいって思ってたのに、Sランク相手に完全勝利だもんな……。この噂が広がりゃ、みんなの大きな希望になる……。いい餞別になったよ。安心して、逝けそうだ」


 ルークの声は明るかった。ろうそくの火が消える直前の輝きのように。


「もう……終わりなのか?」


「……ああ。残念だよ。もっとお前たちと一緒にいたかった……。きっとこの先……いい未来が待ってただろうになぁ……」


「言うな、バカ……」


 いい未来とやらを想像して、声が震える。また視界が滲む。


 おれたちはこれから、苦しんでいる誰かを救っていくだろう。


 その中には、ルークの妹もいるだろう。


 仲間が増え、力を増し、今よりもっと自由に生きられるようになっていくだろう。


 ランクに関わらず、幸せに過ごせる日々があるだろう。


 そこにルークはいない……。いないのだ。


「泣くなよ、ウィル……。お前、意外と泣き虫だなぁ」


 からかうような口調だが、もう不愉快じゃない。


「ルーク……最後にひとつ、頼みを聞いてくれ」




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次回、ウィルがルークに願う、最後の頼みとは?

『第58話 40人目の仲間、永遠の友』

ご期待いただけておりましたら、

ぜひ表紙ページ( https://kakuyomu.jp/works/16818093089420586441 )から

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