第22話 ママウルフを救え!

「ミラ! いないのか、ミラ!」


 ミラたちの住処である洞窟の前で呼びかける。返事がない。


「おれたちは約束を果たした! お前も約束を果たせ! おれたちを信用しろ!」


 何度も呼びかけると、やがて一匹のダイアウルフが住処から出てきた。低く「ウォン!」と鳴いて、また住処へ戻っていく。


 ついてこい、ということだろうか。


 案内されるままに洞窟を進むと、ミラとママウルフがいた。


 ママウルフは横たわり、苦しそうに息をしている。


 ミラはその体にすがりついたまま動かない。


 他のダイアウルフたちは、それらの様子を気弱に見守るだけだった。


 ママウルフの状態が深刻化しているのは明らかだ。


 おれは改めて口にする。


「ミラ、約束は守った。お前たちはもう人間に襲われない。だから信じろ。おれにママを診せろ」


 ミラは今にも溢れそうなほど瞳に涙を溜めていた。ゆっくりと頷く。ママウルフから一旦離れる。


 おれとクラリスは、ママウルフの傷の具合を確かめた。顔をしかめざるを得ない。


「思った以上に、ひどいな……」


 喉の傷は致命傷だ。貼り付けられた薬草の効果で多少の止血はされているが、完全には止まっていない。今なお血を失い続けている。


 左前足もひどい。折れた骨が外に突き出ている。さらにその骨の先端は欠けて失われている。


 それ以外にも、全身傷だらけだ。


 他のダイアウルフたちはほとんど無傷だ。おそらく、ママウルフは子どもたちを守るため、たった一匹で討伐隊に立ち塞がったのだろう。


「……クラリス、なんとかできるか? 開発中の、新しい治療魔法で……」


 クラリスはそっとママウルフに手を当て、魔力を集中しようとする。が、すぐなにかに気づいて手を離した。


「ダメ……。あの魔法、まだ未完成だから……相手の体力を消耗させちゃうの。傷が治る代わりに、死んじゃう……」


「やはり、そうか……」


「治せない、の……?」


 それを聞いていたミラが、愕然とした様子で呟いた。


 おれははっきりと言い放つしかない。


「ああ……。残念だが、手遅れだ。せめて、もう少し体力があれば……」


 瞬間、ミラの瞳に溜まっていた涙が決壊した。


「ううう、うぁああん! ママ! ママぁ!」


 ママウルフにすがりつき、大声で泣きじゃくる。


「……すまん」


 悲痛な姿にそんな声が洩れる。けれどミラは、ママウルフに顔をうずめながら何度も首を横に振った。


「違う、悪いのはあたしだ……! あたしのせいだ! あたしが、あたしが、お前たちを信じてたら、もっと早く……! ごめん、ママ……ごめんなさい……!」


 もうおれたちには、なにも出来ない。


 ただミラの泣く姿を眺め、ママウルフの死を看取ってやるしかない。


 べつに、それで問題はない。


 もともと無関係な少女と、ただの魔物モンスターだ。おれたちはこの洞窟にある魔石さえ手に入れられればそれでいい。


 だが……。


 だが……!


 放っておけない。このまま悲しみで終わらせたくない。


 なぜそう思う? なぜ見捨てられない?


 なぜこんなにも心が震えている!?


「ウィル様……、泣いてる、の?」


 クラリスに指摘されて、涙が頬を伝っていたことに気づく。


「なぜ……」


 涙を拭ったその手の感触に、覚えがあった。


 この感情を、この悲しみを、おれは知っている。


 前世でのことだ。ヒーローどもとの戦いが佳境を迎えていた頃。


 護衛の人造人間アンドロイドが、命令に背いて行動した。敵の撃破だけを命じたのに、おれを庇った。その身を犠牲にして、おれを守った。


 プログラムした以上の行動だった。あの人造人間アンドロイドのAIには、いつしか心が宿っていたのだ。


 そしてその心が、本来のスペックを超えた力を発揮した。本来なら防ぎ切れるはずのない必殺の一撃から、おれを守り切ったのだ。


 あれはおれが作り、おれが育てたAIだった。おれの娘と言ってもいい存在だった。


 そう気づいたときには失っていた。


 今ミラの流す涙は、あの日のおれの涙だ。


 今おれが涙を流すのは、家族を失うつらさを知っているからだ。


 悲しみで終わらせたくないのは、違う未来が欲しかったからだ!


 なにが手遅れだ。ママウルフはまだ生きている。


 このおれが……この大天才が! 悲しみを止められないことなど二度とあってたまるか!


 まだなにかできるはずだ。きっと、なにか……。


 治療魔法で無理ならば、もっと違うなにか……!


 おれにできるのは、解析、技術の模倣、兵器の開発……。


 ――それだ!


「クラリス、治療魔法だ」


「え、でも……」


「普通の治療魔法でいい。ほんの少し死ぬのを遅らせるくらいしかできないだろうが、今は、そのほんの少しが欲しい」


「う、うん、わかったっ」


 クラリスは指示通り治療魔法を発動させる。


「ミラ、他のダイアウルフに指示を出せるか? ママを運ぶんだ。おれたちの基地に」


「運ぶ……? 手遅れじゃ、ないの?」


「ああ、諦めるにはまだ早かった。助けられるかもしれん!」


「わ、わかった」


 ミラは涙を拭う。ダイアウルフたちに指示し、ママウルフを運び出す。


 彼らを先導しながら、おれは頭の中でその方法を反芻はんすうする。


 治療魔法で癒せなくとも、傷ついた部分をべつの部品で補えば助けられるはずだ。


 そして兵器という区分ならば、おれのスキル『超兵創造プロメテウス』で実行できる。


「いったい、どうするの?」


 ミラの不安そうな瞳に、おれは力強く答える。


「改造手術をする」


 そうだ。ママウルフには、改造魔物兵器サイボーグとして蘇ってもらう!




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