第8話 悪の女幹部としての素質
「よし、他の監督官たちが気づく前に動くぞ! 食料、日用品、仕事道具、バレずに持ち出せるだけでいい。すぐに、できるだけ集めるんだ。今この場にいない者も、見かけたら誘っていい。小さい子も、できるだけ連れ出してやれ」
さっそくみんなに指示を出せば、活き活きと脱走準備に動き出す。
そんなとき、ピグナルドがうめき声を上げた。意識を取り戻しかけている。
瞬間、クラリスは過剰なほどに怯え、動きを止めてしまった。すぐ声をかけてやる。
「大丈夫だ、クラリス。やつはおれが倒した。肉弾戦に持ち込めばお前だって勝てる。そんなやつがまだ怖いのか」
「怖い、よ……。いつも……いつも怒鳴り声が聞こえるの。近くにいなくても。わ、わたしがなにかするたびに、そうじゃない、間違ってる、あれをしろ、これをしろって言われてる気がするの……。殴られて、怒鳴られる夢も見るの。その夢の中でも、わたしは誰かを傷つけてて……」
なにかあるたびに怒鳴られ、殴られ、強要されてきたクラリスだ。心に深いキズを負っているらしい。前世の社会でも家庭内暴力やパワハラを受けた者が似た精神状態になると聞く。
「……だったら、その声を消そう。でなければ、お前は本当に自由になれない」
おれはピグナルドを睨みつける。
「こ、殺す、の?」
「そのつもりだったが、予定変更だ。ただ殺しても、きっと声は消えない。それどころか、恐怖を拭い去る機会が永遠に失われてしまう」
「じゃあ、どうする、の?」
「生きているうちに対決して、こんなやつは怖くないんだと確信できる体験をするんだ」
「対決……? わ、わたしが?」
「そうだ。お前自身がやらなきゃ意味がない。荒療治だがな」
「で、でも……」
「心配するな。おれがついてる。魔力も少しは回復してるだろう? おれの言う通りにやればいい」
やがてピグナルドが目を覚ましたとき、その目の前にはクラリスが立っていた。
「クラリス……? おお、クラリスか! お前が助けてくれたのか? 目をかけてやった恩を忘れていなかったか! さあ早く、私をここから連れ出せ!」
ピグナルドの大声に、クラリスはたじろぎ、震える。呼吸も少し荒い。だが逃げはしない。おれの考えはしっかりと伝えてある。
「あ、あなたの言うことなんて、も、もう、聞かない……!」
「なにぃ!? 貴様、最下級の分際で!」
「ひぅっ」
怒鳴られ、怯むクラリス。おれは信じて見つめる。その視線に気づき、クラリスは腕を振り上げた。
勢いの弱い拳が、ピグナルドの顔に命中する。
「――ぐっ? いい度胸だなぁクラリス! そんなに罰が欲しいか!」
すぐさまピグナルドが魔法を発動させる。強風からの真空波だ。
対し、クラリスはおれが指示した通りに魔力を操る。ピグナルドの魔法を、かき消してしまう。
「なんだと!?」
「ほ、本当に、できた……」
ふたり揃って驚いているが、これは当然の結果だ。
もともとクラリスは、魔力の質や量では劣っているが、技術自体はピグナルドの遥か上を行っていたのだ。ピグナルド程度の魔法なら、魔力の流れを見切り、最小限の魔力でかき消すくらい容易い。本人に、その自覚がなかっただけで。
「くそっ、くらえ!」
もう一度、ピグナルドは魔法を使う。クラリスは、今度は落ち着いて、それをかき消す。
二度の成功で、クラリスの瞳に自信の光が宿る。
「なぜだ? お前の仕業か、クラリ――うぉん!?」
クラリスはピグナルドの股間を思い切り蹴り上げていた。ここまではおれの指示通り。
股間を押さえ、地面で悶絶するピグナルドの様子に、クラリスは薄い笑みを浮かべた。初めて見せる笑顔だ。
「本当だ……。この人、わたしに勝てないんだ……。へぇー、そうなんだぁ……」
クラリスはそっと、ピグナルドの頭を踏んづけてみせる。
「うぐぐ、クラリ――ひぃ!?」
ピグナルドの眼前に圧縮魔力を二連射。直撃すれば死ぬ威力を前に、ピグナルドはますます縮み上がる。
クラリスは、快感を得たのかにんまりと笑う。
「あの、監督官長、その服、脱いでください」
「な、なぜだ?」
「わたしたちに負けたF以下のあなたに、そんな貴族の服、相応しくないですもん」
「しかし――わ、わかった」
拒否しかけたピグナルドだが、クラリスの、なにかしでかしそうな笑顔を見て従った。
屈辱と羞恥に顔を歪めながら、ピグナルドは
クラリスは冷ややかな視線を送る。
「……ちっさ」
ピグナルドはなにも言い返せない。クラリスの完全なる勝利だった。
それから清々しい笑顔を見せて、こちらに駆け寄ってくる。
「ウィル様! わたし、やれたよ……!」
「よくやったな。もう怖くないな、あんなやつ」
「うん、ありがとう! なんで怖がってたのかも、わかんないくらい……!」
しかし、ここまでやれとは言っていないんだがな……。
特に、先ほどの極薄の笑みは、おれでも少々寒気がした。
悪の女幹部としての素質があるぞ、こいつ。
「では、よし。そろそろ準備もいい。みんなと合流するぞ、クラリス」
「うん。あ、でも、この人たち、どうしよう?」
ピグナルドや倒れたままの監督官たちのことだ。
「トドメ、刺しとく?」
さらりと出た過激な発言に、ピグナルドは震え上がった。
「いや。いい手を思いついた。おれがやっておくから、お前は先に行って、脱出用のトンネルを作れ。『
「うんっ! 任せて、ウィル様!」
こうしておれたちの脱走は成功し、Fランク民37名は収容所から消えた。
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※
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