空色オメメはくもらない‼ ほのかたらう僕らは普通になれない2

牛河かさね

序章 お家で。君とここから

第1話 夢ではない現実へ

――ぶちぶちっ……ミチッ――


 何かが千切れていくような破断音がどこかから聞こえてくる。


 朦朧とした意識のなかで、その音が降ってくるもとへ、少年が上を仰ぐ。


 そこには巨大な手、何かを握り込んだ拳が二つ。握ったものを引き千切るべく、力を張り詰めていた拳が二つあったのだった。


 引き千切られようとしているのは、少年のよく知る女の子。この世のものとは思えない際立って美しい容姿を持った女の子だった。


 巨人の巨大な拳に、頭部と体を握り込まれ、胴体から首を引き抜くのが確固とした目的であるように、女の子の首が生っぽい音を立てて空気を小さく震わせる。


 その光景を目の当たりにした少年の朦朧とした意識が、覚醒へと追いついてくる。


 そして拒否する。


 これから先に待つ惨事を拒否するために、少年は首を横に何度もゆっくりと振り、現状を否定する。


――ぶちんっ――


 一際大きい音が鳴った直後、少女の首が裂け、血飛沫が舞い、下に向かって降り注ぐ。


 あの子が死んでしまう。少年は恐怖に足を取られ、動けずにへたり込んでいた体に力を入れると、命一杯叫ぶことを咄嗟に選んだ。


 止めて!


 必死の懇願は巨人に届いた。


 巨人は握っていた“もの”を地面にぞんざいに叩きつけると、暴力の標的を少年へと代えた。


 これでいいんだ。


 ゆっくりと迫ってくる巨人を前にして、少年はまったく後悔していなかった。


 情けない言葉でも、巨人の暴力の標的を自分に変えることができて、結果、少女を助けることに繋がった。


 巨人の下段突きの構えが、明確の暴力の起こり、凄惨な結果を決定づけさせる。


 でも、これでよかったんだ。少年は晴れ晴れとした気持ちで、自らを終わりを受け容れていく。


「だめだよ……だめだよぉ……永遠とわ……」


 少女の懇願するような声に、少年は困ったように笑って応えた。


 巨人の拳が、降る。


 自分だった肉体が、肉塊へと姿を変え、痛みを感じる間もなく、意識が闇へと吸い込まれていく。


 その中で少年は想う。


 これでよかったんだ……。





 

 17歳の少年、林本永遠はやしもととわは夢の中で笑っていた。


 心から楽しそうに照れた笑顔を浮かべていた。


 隣には、お人形さんのような際立って美しい少女がいた。


 彼女は自分を慕ってくれる。

 想ってくれている。

 彼女のおかげで笑っていられるのだと、夢の中でも理解できた。


 いつまでも視ていたい。できることなら醒めてほしくないと感じる心地よい夢。


 だが夢の途中、視ているものが悪夢の様相を呈してきた。


 あからさまな敵意、蔑視を向けてくる同年代の人間に傷つけらた。


 人間の視界を遮るほどの巨体を振り回す筋骨隆々の巨人と対峙した。


 自分は美少女に天高く放り投げられ、悲鳴ばかりを上げている。


 そんな悪夢の中に居ても、心を落ち着かせることができる縁があった。


 柔和で優しく美しい女性と、長身痩躯で不気味だが、温かな父性を見せる白衣の中年男性。


 そして何よりも自分を支え、助け、認めてくれる、とってつけたようなツンデレを披露する、その実素直で天真爛漫、とびっきりに愛くるしい女の子。


「……瑠璃乃るりの……」


 彼女の名前を呼ぶのと同時に、永遠は夢から醒めてベッドの上で目を開けた。


 名前の持ち主に呼びかけるように口から零れた呼び名。


 永遠は夢から醒めた事を自覚できないまま、自分の記憶を辿る。


 怖い思いをした。


 恐ろしい目に遭った。


 けれど、現実とは違う結末、彼女のために犠牲になった〝夢〟さえ受け容れてしまえるような自己肯定感を与えてくれた人がいた。


「……瑠璃……乃……」


 部屋の窓のカーテンの隙間から差し込む陽の光と、すずめの可愛らしい囀りを受けて、今度は、ここは夢ではなく現実なんだと確かめてから呟いた。


 名前の持ち主は夢の中だけの存在なんじゃないだろうか?


 そもそも今まで視ていたのは本当に夢、ありもしない妄想なんじゃないだろうか?


 そんな疑いが頭をもたげる。


 しかし、答えを知る術もなく、永遠が再び彼女の名を囁くように呼びながら寝返りをうつと……


「おはよう、永遠! はいっ、なぁに?」


 耳に心地良い声での挨拶と、予期しない人物が永遠の視界に写り込む。


 永遠の目が点になる。


 自分の部屋に自分以外の誰かがいる。


 誰か? 元気の良い挨拶を発した人がいる。 

 誰か? 目が青い。金髪だ。可愛い。

 誰か? 何故自分の隣に寝そべっているのか? 


 一瞬でそれらの思考が済まされるものの、結局は混乱して、極端にアドリブ力の無い永遠のとれる行動は一つしかなかった。


「きゃ~~~~~~~~~~~!!!」


 女子のような悲鳴を上げ、叫ぶ最中にやっと寝そべる女の子が瑠璃乃であることを認識した。


「なななっ、何で君がここにっ、僕の部屋にっ⁉」


 布団の端を握りしめ、体を隠そうとする素振りを見せる永遠に尋ねられ、瑠璃乃は小首を傾げた。


 そこにダンダンダンと階段を早足で昇ってくる足音が近付く。


 永遠の部屋のドアが勢いよく開け放たれる。


「永遠! どうしたの――」


 永遠の母である富美子が息子の悲鳴に駆けつけてすぐに、


「きゃ~~~~~~~~~~~~!!!」


 今度は富美子が悲鳴を上げた。


 母の悲鳴の原因を察した永遠は、この状況はまずいと芯が凍った。


 なぜ瑠璃乃がベッドインしているのか説明できる訳もないが、あらぬ誤解を解かねばと永遠は富美子に弁解しようとしたその時、


「外国の子なのに家の中で靴脱いでる! 

 えらい!」


「そっち⁉」

 

 富美子が叫んだ理由は、見た目が完全に外国人の瑠璃乃が、家の中で靴を脱いで過ごしていることに対しての驚きだったのだった。





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失礼します!

突然ですが、投稿時間・予定のお知らせです。


2024/11/29だけ、3話を一挙掲載することをお許しください。

読んでくださる優しい方の負担になってしまうのが申し訳ないので、本当に今日に限らず、お手隙の時間があった時に読んでいただけるだけで凄く嬉しいです。

どうかご無理なさらないでくださいね!


明日2024/11/30からは、一日一話を目標に投稿していこうと考えています!

お付き合いしていただけると、跳ね回るほど喜びます!

どうかよろしくお願いいたします。







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