異世界ダンジョンサバイバル ~運特化の隠し種族が強すぎました~
西浦和太郎
第1話 選択可能な種族を決定します。ダイスを振ってください
僕の人生は――とにかく、何をやっても裏目に出る人生だった。
ずっと憧れていたアイドルグループのライブチケットを手に入れた。チケット争奪戦をくぐり抜けてようやく当選し、コツコツ貯めたお金で航空券まで用意した。
当日は、推しカラーのTシャツにリストバンドを装備して、準備万端。家を出るときには「よし、今日は最高の日にするぞ!」とテンションも最高潮だった。
だけど道中、近くの川で泣き叫ぶ声が聞こえた。視線を向けると小さな子供が足をバタつかせて、流されそうになっているのが見えたんだ。
反射的に飛び込んで子供は救助できたけど、全身はびしょぬれに。当然ライブには行けなかった。
趣味のゲームでもひどい経験をした。告知されていた新キャラのため、必死になってダイヤを貯めた。リリース日には友達と集まってガチャを回す。
周りが次々と僕の推しキャラを当てる中、僕は10連で最低保証しか出ない。さらに中身は……誰が喜ぶんだよってデザインのゴリラのような男。
僕はすべてのガチャでゴリラを引いて性能をカンストさせた。
極めつけは宝くじ。毎年買っていた小さな希望。ある年、大当たりの1等が当選した。何度確認しても番号は一致。その日は信じられないと感動しながら、欲しかったものを買いあさった。
翌日、換金しようとすると「後ほどご連絡いたします」とオペレーターから指示される。不穏な空気の中待つこと数時間、その後の連絡で「発券ミスにより該当番号は無効」とのアナウンス。
手にしたのは1等の夢ではなく、数千円分の『お詫び商品券』だった。
こんな人生、笑うしかないじゃないか。
『選択可能な種族を決定します。ダイスを振ってください』
機械的な声が響いた。
僕は慌てて周囲を見た。人の姿はおろか、建物も物音もない。どこまでも続く真っ白な空間。異様な静寂に、耳鳴りすらする気がする。
「ここはどこですか」
『選択可能な種族を決定します。ダイスを振ってください』
機械的な声はまるで僕の言葉を聞いていないかのように繰り返した。
僕はたった今、目覚めたばかり。どうしてこんな状況になっているかを考えるけど、記憶はかなり曖昧だった。
少しずつ事実を整理したかったけど、どうやってもまとまらない。
視線を落とすと、そこにあるのは『人間』と呼べるものではなかった。全身が真っ黒で、指先や爪、毛の一本もないシルエットだけの姿。
何かを削ぎ落されたかのような、奇妙な存在だった。
「……死んだ?」
そう考えると妙にしっくりくる。死後の世界なら、この異常さにも説明がつく気がした。でも、肝心の「死んだ理由」は思い出せない。
記憶の中にぽっかりと穴が空いている。
ぼんやりと思考を巡らせていると、再び声が響いた。
『選択可能な種族を決定します。ダイスを振ってください』
言葉の意味も目的も分からない。だけど、何かをしない限りこの空間に閉じ込められる気がした。
言われたとおりにするしかない。
そう決心すると、手元? には小さなダイスが握られていた。20面体のダイス。数字が刻まれていることに気づくと、ひどく恐ろしいものに見えた。
「振れってことか?」
躊躇ってしまう。これで何かが決定されるのだとしたら、いい結果が出るとは思えない。
僕は恐る恐るダイスを投げた。
カタカタと転がる音が白い空間に響き、やがてピタリと静止する。
【20】
『クリティカル。ランク4までの種族が選択可能となりました。ボーナスポイントを40獲得しました』
声の響きに戸惑う間もなく、続けざまに指示が飛ぶ。
『選択可能なアビリティを決定します。ダイスを振ってください』
また、ダイス。理解できないまま、もう一度転がしてみる。同じ音を立てながら、ダイスはゆっくりと止まった。
【20】
『クリティカル。ランク4までのアビリティが選択可能となりました。ボーナスポイントを40獲得しました』
違和感が広がっていく。この結果は偶然か? 次も20が出るのではないか、そんな予感がしている。
【20】
『クリティカル。ランク4までのアイテムが選択可能となりました。ボーナスポイントを40獲得しました』
奇妙な出来事に動揺しつつも、冷静に考える。3連続で20が出る確率は――
「……どう考えてもあり得ない」
もう一度、試しにダイスを転がしてみようと考えたけどダイスは手元から消えていた。
『すべての判定でクリティカルを得ました。ランク5の種族を解放、選択可能となりました』
「ランク5?」
当然のように声は説明を与えない。代わりに、透明なパネルが目の前に浮かび上がる。そこにはいくつかの選択肢が並んでいた。
『ダイスロールを終了します。ポイントを割り振ってください』
パネルの一番上には〈ポイント 220〉と表示され、その下に種族、アビリティ、アイテム、転生という4つのボタンが配置されていた。
「キャラクリにしか見えないけど」
ゲームで見慣れたシステムに酷似している。僕の中にある曖昧な記憶が、この状況を無理やり納得させる。
そして『転生』の文字が意味することは……作成したキャラクターで生まれ変わるということだろう。
「やっぱり、死んだのかな」
呟きながら記憶をたどっても、どうしても死んだ理由は浮かばない。空虚で、必要な情報が抜け落ちている感覚があった。
まあ、いいか。
不運に彩られた人生に特別な未練はない。
それよりも目の前に提示されたこのパネルを、理解するほうが重要だ。適当に触ってみよう。
軽い気持ちでパネルに手を伸ばし、まず「種族」のボタンを押した。
〈ポイント 220〉
ランク1
〈人族 0〉
ランク2
〈ハーフリング 20〉
〈ウォーターフォース 30〉
〈ドワーフ 40〉
〈シャドウ 42〉
……
ランク3
〈エルフ 60〉
〈ヴァンパイア 60〉
〈ハーピー 60〉
……
映し出されたのは種族名の数々。ドワーフにエルフという表示から、ファンタジー世界に生まれ変わることを想像すると、少し楽しくなってきた。
どうせなら面白そうなやつを選んでみたい。
パネルを下までスクロールすると、ランク5の項目があることを確認できた。
条件が全てのダイスで20を出すということが本当なら、普通はまず選択出来ないはずのランク5。特別な種族のはずだ。
気になってしかたがない。けど、興味を抑えて「人族」のボタンを押してみた。
――キィン!
耳を刺すような高音が鳴ったと思ったら、真っ黒だったシルエットが人のものに変わっていた。薄っぺらい布1枚しか身に着けていないけど、慣れた体に安心する。
〈ポイント:220〉
人族 0
VIT:10 STR:10 END:10 AGI:10 DEX:10 INT:10 MND:10 PIE:10 CHR:10 LCK:10
平凡な能力を持つ、大陸で最も多い種族。
VIT: 体力、物理耐久に影響
STR: 筋力に影響
END: 持久力に影響
AGI: 素早さに影響
DEX: 器用さに影響
INT: 魔法威力に影響
MND: 魔力総量、魔法耐性に影響
PIE: 信仰に影響
CHR: 魅力や説得力に影響
LCK: 様々な物事に影響
パネルに表示されたステータスを見て、これが基準となることを理解する。続けてハーフリングを選ぶと、姿が変わって〈ポイント:200〉と映しだされた。
種族名の横に記された数字は、ポイントの消費量を表している。
想像通り。ポイントを使って自分を形作るようだ。
気になる項目を次々に押して確認してみる。色々と興味はあったけど『人外』となる見た目の種族は候補から外すことにした。
肌の色が変わったり、角が生えたり、翼が生えたり。「魔物め!」とかいわれて普通の生活は送れないかもしれないから。
「お、すごいな」
ランク4の種族〈ドラゴンニュート〉〈フェニックス〉〈エレメンタル〉は強力なものだった。ダイス最高値『20』の結果により選択できるようだし、他と比べて特別感がある。
ランク5はさらに上をいくのだろうか。
僕は期待感を持って、ランク5の種族を選択してみた。
タイタン 140
VIT:22 STR:24 END:20 AGI:14 DEX:12 INT:10 MND:10 PIE:8 CHR:10 LCK:10
高い耐久力と攻撃力を持つ。
【長命種】【変異種】【人族と同じ見た目】【戦争の覇者】
〈魔人殺し〉〈怪力Ⅴ〉〈耐久力Ⅴ〉〈素手戦闘Ⅴ〉
ルナー 140
VIT:10 STR:8 END:10 AGI:12 DEX:12 INT:24 MND:22 PIE:18 CHR:14 LCK:10
月の魔法の適性を持つ。
【長命種】【変異種】【人族と同じ見た目】【月光の加護】
〈魔人殺し〉〈攻撃魔法Ⅴ〉〈防御魔法Ⅴ〉〈召喚術Ⅴ〉
アビトリウム 140
VIT:10 STR:10 END:14 AGI:12 DEX:12 INT:12 MND:12 PIE:12 CHR:10 LCK:36
異常な幸運を誇る。
【長命種】【変異種】【人族と同じ見た目】【幸運の星】
〈魔人殺し〉〈幸運の持ち主Ⅴ〉〈武器精通Ⅴ〉
ステータスの合計値が人族より40も多い。【戦争の覇者】【月光の加護】【幸運の星】という表記は恐らく種族特有の強力な能力。
どれを選んでも良さそうだけど……格段に興味をそそられる種族があった。しっかりと比較しようと思っても、ただ1点の魅力が僕に刺さっている。
何を選ぶかは、ほとんど決まっていた。
それは、圧倒的なVIT,STR,ENDから成り立つ接近戦での際立った戦闘力を期待できる『タイタン』――ではなく、INT,MNDに加えて他種族には無い【月光の加護】による特殊な魔法が期待できる『ルナ―』――でもない。
全てをLCKに振り切っているといっても過言でない圧倒的な数値、そしてアビリティ【幸運の星】と〈幸運の持ち主Ⅴ〉を持つ運特化の種族『アビトリウム』に、僕は釘付けになっていた。
「……やっぱりこれしかないよな」
宝くじで気が狂いそうになったことを思い出す。目の前にあったはずの大金が『お詫び商品券』に変わった屈辱。
〈タイタン〉と〈ルナ―〉なら英雄になれるのかもしれない。でも、運を味方にできるなら他のものなんてどうだっていい。
そう決意して、僕は〈アビトリウム〉を選択する。
ポイントは残り80ポイント。
幸運が約束されたと思うと気分が高揚する。宿の朝食にパンのサービスがあるかもしれない。
こうなったら、運特化で構成してみよう。
パネルを操作してアビリティを選択すると、画面が切り替わり、無数のアビリティがずらりと並ぶ。
4つのカテゴリー『戦闘系』『魔法系』『生活系』『特殊系』とランク、それに伴った様々な選択肢。
種族選択時の【】表記のアビリティは一覧にはなく、〈〉表記のアビリティは〈魔人殺し〉を除いて全てが一覧に含まれていた。
「正直いくらでも欲しいけど……」
試しに〈剣術(5)〉と書かれたボタンを押してみると、ポイントが5減少し、ステータス欄に〈剣術Ⅰ〉が追加された。もう一度押してみると〈剣術Ⅱ〉にランクアップ。消費ポイントは10に増えた。
どうやら、アビリティは〈Ⅴ〉まで強化できるらしいが、その分ポイントも多く必要になる。
「ある程度は諦めよう」
〈アビトリウム〉の幸運を生かすためのアビリティを選択した。
〈錬金術Ⅴ〉(消費:30)素材を組み合わせ、アイテムや装備を作り出す技術。
幸運を生かして、通常では得られない希少アイテムを生み出せるかもしれない。
〈鍵開けⅤ〉(消費:20)扉や箱のロックを解除する能力。
宝箱がある世界ならきっと重宝するはずだ。これは賭けだけど、取らなかったことを後悔したくはない。
〈薬草知識Ⅴ〉(消費:20)薬草に関する知識と、薬草の効果を引き出す能力。
希少な素材が手に入りやすくなったり、それを活かして錬金術に繋がることが想像できる。
〈探索Ⅰ〉(消費:5)隠された扉や正しい順路を見つける能力。
これは保険程度の認識。何も知らない土地で迷った挙句に遭難なんてことにはなりたくない。
「戦闘系を全くとっていないけど」
大丈夫だろうか。一応、アビトリウムが初期から持っている〈武器精通Ⅴ〉を頼るつもり。
一覧から説明を読むと『武器精通(10): 様々な武器に精通する適性。DEXに補正』となっていて、アビリティレベル(そう呼ぶことにした)がⅤまであるなら50ポイント相当のアビリティだ。
一定の水準は、期待しよう。
残りのポイントは5ポイント。余ったポイントで衣服を用意出来ればいいと考えてるけど、足りなければ〈鍵開けⅤ〉を諦めるつもりだった。
とりあえず、裸足でひらひらの布1枚の現状をなんとかしたい。
結局、最低限は選択できた。
布の服セット(消費:2)
最低限の衣服一式。靴まであって、最も安く手に入る。貧相だけど、初期の状態と比べたら随分マシだ。
銅の剣(消費:2)
単純な近接武器。いざという時の護身用。
ポーション(消費:1)
簡易回復薬。命をつなぐ一滴になるかもしれない。
これでポイントは全て使い切った。後は転生ボタンを押すだけなのだろうけど、一度自身のステータスを確認する。
種族:アビトリウム
VIT:10 STR:10 END:14 AGI:12 DEX:12 INT:12 MND:12 PIE:12 CHR:10 LCK:36
高い運を持つ。
【長命種】【変異種】【人族と同じ見た目】【幸運の星】
〈魔人殺し〉〈幸運の持ち主Ⅴ〉〈武器精通Ⅴ〉〈錬金術Ⅴ〉〈薬草知識Ⅴ〉〈鍵開けⅤ〉〈探索Ⅰ〉
布の服
銅の剣
ポーション
いい感じにまとまったのではないだろうか。
〈武器精通Ⅴ〉で最低限の戦闘力を持ちながら、アビトリウム限定の【幸運の星】と〈幸運の持ち主Ⅴ〉を〈鍵開けⅤ〉と〈錬金術Ⅴ〉で活かす。
レアアイテムを使って錬金術、さらにその逆なんてこともできるかもしれない。
一方で、〈魔人殺し〉については用途が全くわからない。けど、考えるだけ無駄だと思って頭の隅に追いやった。
選択はすべて終わった。透明なパネルの下には「転生」ボタン。手を伸ばしかけて、ふと動きを止めた。
押すと、どうなるんだろう。赤ん坊として生まれ変わるとか? いきなり城に飛ばされたり?
今の自分の状況が非現実的すぎて、まだ実感がわかない。目の前にある転生という言葉をただのイベントの一つだと考える自分と、それが本当に「異世界での新しい人生」を意味しているのだと理解する自分がいる。
不安がないわけじゃない。
僕の選択では人並み以上の力を持たない。剣を振るっても大したことはできないし、魔法を派手に使うこともないだろう。それでも、「運」が味方してくれるなら、きっと素晴らしい人生となるはずだ。
いや、そうじゃなくちゃ困る。
「行くしかないか……」
覚悟を決めて、僕は「転生」ボタンを押した。
『転生開始。あなたの名前はヴィンハンスとなりました』
音声が響いた瞬間、白い世界が一気に暗転する。
次に目を開けた時、僕は茶色い岩壁に囲まれた広い空間に立っていた。
柱のような岩が天井まで伸び、周囲にはいくつもの松明が揺れる光を放っている。
その空間には、百を超える人々がいた。エルフ、ドワーフ、羽があるもの。様々な種族がいるが、皆浮足立っている。
全員が、僕と同じ転生者のように見えた。
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