第25話 町の片隅のカフェテリアにて
数日後。俺はロンドのあるカフェテリアのテラス席に座っていた。時刻は正午過ぎ。
穏やかな風が心地よかった。日差しの強さも丁度いい。
だけど。
……そこにシンデリカはいない。
俺は一人茶を啜った。顔を顰める。あまりにも苦かった。
ふいに、顔を上げる。
「おそかったな。トイレ混んでたか?」
「そこそこね」
シンデリカが俺の対面の席に座った。
まあ、普通に彼女はトイレに行っていた。
「身体はもう大丈夫か?」
「ええ! もうすっかり平気!」
彼女はにっこり笑う。
後遺症などが残らなくて本当に良かった。数日はベッドから殆ど動けず、かなり心配したものだが…。
今は血色も元通りだし、声にもいつもハリが戻っている。
「ならよかった。……できるだけ、あんなことはしてほしくないな」
「というかもう無理よ。今回で都から持ってきたポーションを使いきってしまったもの」
「そうか……」
それは残念ではあったが、これでシンデリカは今回のような無茶はできない。それを思うと、安堵の気持ちの方が強かった。
店員が料理を運んでくる。
「お待たせしました。豚のひき肉のパイ包み焼き、塩パン、アップルパイになります」
「きたな。お前の快気祝いだ。頂くとしよう」
俺はひき肉をパイ包み焼きにナイフを入れた。
料理に舌鼓を打っていると、見知った顔がこちらに歩いてきているのが見える。幸い向こうはこちらに気付いていない。俺はポケットからずた袋を取り出し、顔に被った。
「よう、ずた袋のレイン! 調子どうだ?」
モヒカン頭の冒険者、マルさんだった。横には若い冒険者を連れている。見かけによらず彼はかなり面倒見がいい男で、新米冒険者たちから慕われているようだ。
「マルさんか。ぼちぼちだよ」
「悪くないなら、それで十分だぜ!」
マルさんはシンデリカに目を向ける。
「相棒、目が覚めて良かったな」
マルさんにはシンデリカが寝込んでいることを話してある。
「またな。エルフの嬢ちゃんも色々落ち着いたらまた飲もうや!」
「勿論よ!」
……それはできればやめてほしい。
マルさんと若い冒険者は俺たちの前から去っていく。
「ずた袋まだ持ってるのね…」
トレードマークになってしまっているからな。
今更顔の傷は嘘でした、とは中々言い出し辛い。
マルさんと若い冒険者の話し声が俺たちの耳に届いてきた。
「そういや結局あの黒騎士は何で途中で消えたんすかね」
「勇者パーティーの魔法使いが言うには、誰かが本体を倒したらしいがなぁ」
「勇者さまじゃないっすか? ハチャメチャに強い黒騎士から領主のお孫さんを守ったらしいすけど」
「さあねぇ……」
マルさんは一瞬だけ、俺の方をちらりと振りかえって見た。
そして、彼らは道の角を曲がり、見えなくなっていった。
……もしかしたら、彼はシンデリカがロンドを包んだ蝶の魔法の使用者だと気づいているのかもしれない。或いは俺が黒騎士の本体を倒したことも。マルさんが何も言ってこないから俺からも何も言わないが。
ずた袋をポケットに仕舞う俺に、シンデリカが話しかけてくる。
「……良いの? 黒騎士の本体を倒して、ロンドを救ったのは俺だ!って名乗り出なくて」
「良いんだよ」
「他の人に手柄をとられるかもしれないわよ」
「良いんだ。別に興味ない」
「そう」とシンデリカはフォークをパイに突き刺すと俺の顔を見た。
「私、意外かもしれないけど、思ったことを口に出してしまう質なのよ」
「意外ではないな」
「意外かもしれないけどね……」
いや、だから意外ではないな。
「だから、前から思ってたこと言うわね。アレイン、貴方はもう少し欲張ってもいいんじゃないかしら。それだけ強いんだもの。いいえ、強いだけじゃなくて、ちゃんと皆を救ってる。金!女!名誉!……を欲しいとは思わないの?」
「会った時に言わなかったか? 俺は金も女も興味ない。名誉も必要ない」
大体、それを言うならお前もだろう。
あんなに無茶をしたのに、それを誰にも誇示しない。
「貴方は何のために戦い続けるの? 無欲なのは素敵だけど、得るものがないのに戦い続けるのは、…少し悲しいわ」
シンデリカはそこまで言うと、少し目を泳がせた。
一瞬だけ、迷うような素振りを見せ、唇を開く。
「これを言うと気を悪くするしかもしれないけど」
「いいよ。言うといい」
「貴方はステラさんって人との約束に縛られすぎてるように私は思う」
「そんなことは―――あるか」
あの
だけど、本当にお金にも女にも名誉にも興味ないんだよな。全く欲しくない訳ではないが、そこに付随する苦労を考えると、面倒くさいなと思ってしまう。だから俺はやぱり勇者には向いていなかったんだろうな。
俺は自分の唇を開いた。
己の今までしっかり言語化してこなかった思いを、何とか言葉にしようとする。
「なんて言ったもんかな……。あの
「うん」
「そして、その後、こうも言った」
「その後?」
ああ、そうだ。その後、だ。
死の間際、
『―――いいかい、少年。アップルパイが嫌いな女の子なんていないんだよ、覚えておくといい。女の子は全員アップルパイが好きなのさ。あれは神の食べ物だ。毎日、いや毎食食べたって良いくらいだよ。……ふふ、君も将来女の子をデートに誘うことになるかもしれいが、その時はアップルパイをご馳走してあげるといい。きっと君に夢中になる筈さ』
ステラは俺にそんなことを教えてくれた。
「……割と余裕あったわね?」
「それとこうも言っていた」
『―――いいかい、少年。本当に、本当に、すまないが。もし魔法学院に寄ることがあったなら、私の自室の床下に隠してある書物をすべて燃やしてくれないか。中身は絶対に見ないでくれ。え、何が書いてある? ……まあ。それはいいじゃないか。自作の…詩というか、まあ、それは良いんだ…』
「結構余裕あるわね!?」
シンデリカは何故か叫び出した。
「ステラは凄い魔法使いだったからな…! もう自分の命が助からないと分かっても、俺のために最後の時をできるだけ伸ばしてくれたのかもしれない……!」
「そ、そう。だとしても、もう少し違う話す内容があった気がするけど…」
シンデリカは色々と釈然としなさそうである。
俺とあの
最後の時も、本当に、色々な話をした。
「今のアップルパイ云々やら床下云々は少し関係なかったかもな」
「だと思ってた」
シンデリカは頷く。
「あの女性は死ぬ前に俺にこう言ったんだよ。―――世界を救って、と。そしてこうも言ってた」
その後の言葉を俺は一字一句忘れていない。
『少年。私は力には意味があると思う。私の力も君の力も、全ての力には責任があり、そこに振るうべき意味を見出すべきだ。いたずらに力を振りかざすだけでは、人は魔物や魔族と変わらなくなってしまう。少年。だから、私は君に世界を救うために戦ってほしい』
『だけど』
『君は、世界を救うためだけに生きる必要はない』
『旅をしなさい。美味しいものを食べなさい。恋をしなさい。素敵な思い出をたくさん作りなさい。……幸せにおなりなさい』
そして、あの女性は息を引き取った。
俺に
「……そうステラは言っていたんだ。勇者をやっているときは、旅とか、飯とか、恋とか…そういう思い出を作るのは魔王を倒した後でいいと思っていた。だが、今は両方同時にやってもいいのかな、と思う」
俺は所詮、偽勇者だからな。
世界を救うことは最優先だが、それにかかっりきりになる必要はないだろう。
「だから心配しなくていいよ、シンデリカ。俺はちゃんと今を楽しんでる。…前にも言ったがお前のおかげだ」
そんな俺の言葉を聞いて、
「……そっか。ふふ、そっか…!」
シンデリカは太陽のように、とびっきりの笑みを浮かべた。
「それじゃあ! 世界を救いながら、とびっきり幸せになりましょう! アレインっ!」
これは俺が世界を救う物語。
そして、旅と、勇気と、愛の物語。
それはまだ、始まったばかり―――。
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これにて第1章は終わりです!
お付き合い頂きありがとうございました。
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