第19話 狂乱都市
次の日の朝、俺たちは小麦畑から馬車に乗って城壁都市ロンドに帰ることになった。
冒険者たちの顔は明るい。ロンドを脅かすエルガは無事討伐できたことだし、ギルドからは報酬として莫大なゴールドが支払われることになっている。
ただ、一人の少女の顔は浮かなかった。というか、気持ち悪そうだった。
「うううううう………世界が揺れるぅ。胃が飛び出そう…」
シンデリカだった。
なんのことはない、ただの2日酔いだ。
「嬢ちゃん大丈夫か? すまねぇ、昨日飲ませすぎたな。一回馬車止めるか?」
「ご、ごめん。そうしてっ!? あ、やばい。そこまで来てる。喉まで来てる!」
何が?
とは聞くまでもないし、聞きたくもない。
馬車を一旦止めて、シンデリカがキラキラ光るものを木の陰にリバースしている間、俺はマルさんに問う。
「マルさん、黒騎士について聞きたい」
「ん、ああ」
マルさんは煙草代わりに香辛料を棒状に丸めたものを噛みながら言う。現在禁煙中らしい。
「黒騎士ってのは、4、5年前からロンドの近くに出るようになった魔族のことだな。名前の通り、真っ黒な騎士みたいな恰好をしてるらしい」
「……だいぶ前からロンドを襲ってるんだな。冒険者や領主は討伐しようと思わなかったのか?」
「勿論そういう話は何度も出たぜ? ただ、根城かどこにあるのか全然わかないんだよ。腕利きの斥候が後をつけたこともあるんだが、結局草原のド真ん中で見失っちまった」
それに、と少し言いにくそうにマルさんは続けた。
「被害はたしかにあるが、他の魔族や魔物くらべれば少ないからな。月に、2・3人…それも町の外をうろついていた木っ端のはぐれ商人や新米冒険者、身寄りのない難民、いなくなっても大して困らない奴ばかりを狙ってる。目撃場所は草原や小麦畑ばっかりで城壁の中には一回も侵入しようともしてない。だから領主もギルドも本腰を入れて討伐しようとは思わない。一応ずっとクエストとして出してはいるがな」
被害や騒ぎが大きくなれば、当然国も動かざるを得ない。いずれガイアス王国お抱えの青獅子騎士団や、最近では俺こと勇者アレインが動くことなる。黒騎士はそれを恐れているのかもしれない。
「黒騎士なんて洒落た名前の割にはずる賢そうな奴だな」
「全くだ」
マルさんが同意する。多分、黒騎士はまだ死んでいない気がする。ロンドに戻ったら、もう少し奴の情報を集めてみてもいいかもな。
◆
昼過ぎにロンドに到着すると、ギルドの職員と町の人々が出迎えてくれた。ギルド長からの感謝の挨拶もそこそこに、俺は報酬を受け取ると、すぐに『クワガタ亭』へと向かった。
シンデリカの2日酔いが中々治らなず、立っているのも辛そうだったからだ。むしろ半日揺れる馬車に乗って、更に調子は悪くなったようである。
もうこいつには酒は飲ませないようにしようと固く決心する。
ベッドまで彼女を運んで、寝かせる。シンデリカは夜にやっと目を覚ました。
「うん、アレインおはよう……?」
「もう夜だぞ?」
俺は苦笑して、ベッドから起き上がるシンデリカに水を渡す。
「わっ、ほんとだ。外真っ暗!」
「調子は戻ったみたいだな?」
「うん、おなか減ったぁ!」
「主人に聞いてみよう。パンくらいは残ってるかもしれない」
「うん」と頷くシンデリカを伴って、宿屋の主人を探す。
彼は廊下ですぐに見つかった。
「なあ、何か余ってるご飯はあるか」
「ああ、それでしたら―――」
と、俺たちが会話していると、シンデリカの顔がまた青くなっていることに気付く。
「……また調子悪くなったか?」
「いいえ。違うわ、アレイン……そうじゃない」
首を左右に振り、シンデリカは店主を睨みつける。
「やっぱり、昨日感じた違和感を気のせいじゃなかった…。昨晩、あいつに襲われたからこそ、間違いなく言える…」
そういえば昨日の昼食中、シンデリカは店主を見てこんなことを言っていた。
『アレイン、あの人……。ううん。多分気のせいだわ…』
確信をもって、彼女は告げる。
「―――あなた、黒騎士でしょ?」
対する店主は笑顔のままだった。気を悪くした様子も全く見せず、変わらずニコニコ笑っている。かえってそれが俺には不気味に見えた。
「はて? なんのことやら」
「誤魔化さないで。私は誇り高きエルフ。こんな質の悪い冗談は言わないわ。そして魔力に鋭敏なエルフだからこそ、言える。巧妙に隠しているけれど、貴方から漏れ出る魔力は魔族のものだわ。それも、昨晩私たちを襲った魔族と全く同一のものよ!」
そんなシンデリカの言葉を受けて、店主の笑顔が完全に固まる。それまでの彼の声とは全く違う、低いしゃがれた声色で彼は吐き捨てた。
「……………糞が。わが名は黒騎士が一人、詐称のサリバン……!」
言いながらシンデリカに覆いかぶさろうとする―――。
その前に店主の頭を俺は叩き潰した。
首無し人形みたいになった体を俺は観察するが、
「こいつも、中身がない――!?」
やはり、血も肉もない。
代わりに黒い靄が体から噴き出して、そのまま幻影のように店主の身体は空気に溶けて消えていく。
俺は昨晩から考えていた推測を口に出す。
「分身を作り出す魔法? こいつも分身か」
「おそらくね。本体は多分このロンドにいる。同じような魔力がこの町に潜んでるのを感じるわ。詳しい位置はまだ分からないけれど……ある程度近づけば分かると思う」
「よし、行くぞ。ロンドは広いが虱潰しにやっていこう。鼠狩りだ」
部屋からシンデリカの杖を回収し、俺たちは外に飛び出た。
街頭に照らされた石造りの街並み。『クワガタ亭』があったのは細い路地の中だったため、通行人の姿はなかった。
「鼠とは酷い言われようだな……!!」
黒い靄が集まっていき、一体の人型を形作る。そいつは真っ黒の甲冑を纏い、手には大鉈を携えていた。その魔族……黒騎士の一体は吠える。
「わが名は黒騎士、その一人『憤怒』のフラベル!! 折角この町を住処に人を食ってきたというのに…、許さんぞ貴様ら!」
「はっ、しつこいな」
たった今一人やられたばかりだろうが。
「ア、アレイン……後ろっ」
「わが名は黒騎士、その一人『憐憫』のレイトン。諦めよ…人間」
俺の背から『憤怒』のフラベルとは別の声が響いた。また別の分身が出てきたのだろう。
俺は嘲笑うかのように、笑いながら背後を振りむく。
「雑魚が何体出てこようが……」
「わが名は黒騎士、その一人『哀愁』のアイン」
「わが名は黒騎士、その一人、『快楽』のカイビム」
「わが名は黒騎士、その一人『空腹』のクアー」
「わが名は、黒騎士その一人『色欲』のシタ」
「わが名は黒騎士、その一人、『離別』のリリアン」
「わが名は黒騎士、その一人、『惜別』のセステム」
「わが名は黒騎士、その一人『冷静』のレックス」
「わが名は黒騎士、その一人―――」「わが名は黒騎士、その一人―――」「わが名は黒騎士、その一人―――」「わが名は黒騎士、その一人―――」「わが名は黒騎士、その一人―――」「わが名は黒騎士、その一人―――」「わが名は黒騎士、その一人―――」「わが名は黒騎士、その一人―――」
「…………騎士団登場、ってか?」
せまい路地がごった返していた。
俺は尋ねる。
「随分と窮屈そうだが大丈夫か?」
「もう少し場所を選べば良かったと思っているよ」
思っているのか……。
黒騎士たちは同じような黒い甲冑姿だが、得物は各々違う。こん棒、斧、鞭、槍、ハルバード、刀、ナイフ、曲刀、サーベル、と本当に多種多様だ。
「ざっと、20人くらいか? ……だがその程度でこの俺を」
「「「「いいや、ハルべスタ黒騎士団の団員は300名だ」」」」
声を揃えて黒騎士たちが言う。
「一にして全、全にして一。それが黒騎士のハルベスタ」
「ちなみに此処からおおよそ30キロまでが我々の騎士団の領地だ。町から離れた穀倉地帯で我々の団員を見たろう?」
「つまり」
「このロンドのあらゆる場所に我らは団員を召喚できる」
その瞬間、轟音が響いた。
建物が崩れ去る音、そして人々の悲鳴が路地裏にまで届く。
おまけにそれは、1か所じゃなかった。
町の至る所から悲鳴が聞こえてくる。
「てめえっ…」
俺は思わず歯ぎしりながら、黒騎士たちを睨みつける。
「とりえず、あらゆるところに50名ほど団員を呼んでみたよ」
「この町を内側を食らうのは、もう少し力を蓄えてからにしようと思っていたが正体がバレてしまっては仕方がない。計画を繰り上げるとしよう」
町が破壊される音を聞いたからか、或いは無数に現れた魔族の魔力を感じ取ったのからか、冷や汗を流しながらシンデリカが呟いた。
「あ、アレイン。町が……ロンドが……」
「滅びるロンドを眺めながら、数に圧されて死ね、人間が!」
黒騎士たちが俺とシンデリカに殺到する。
莫大な効果範囲に300名の分身、か。
――――こいつの魔法、割ととんでもなかった。糞がっ!
◆
城壁都市ロンド、その片隅、人々が集まり酒を酌み交わす歓楽街。そこで人々はいつもと変わらぬ日常を楽しんでいた。町を脅かしていたエルガもすぐに討伐され、彼らの顔は明るい。
その歓楽街の広場に、漆黒の靄のような魔力が集まる。
それは瞬く間に形をなし、一体の甲冑を纏った魔族となった。
「わが名は黒騎士……その一人、『残虐』なるザッパー。ひゃははははははは! 殺戮だぁ!」
ハルベスタという名の魔族の用いる魔法『
その一体、ハルベスタの『残虐』を受け継ぎしザッパーが歓楽街に降り立つ。彼はその石畳に足をつけた次の瞬間、得物である鉤爪で周囲の人々を切り裂いた。
「う、うわあああっ!?」
「なんだこいつ!?」
「魔族か!? なんで魔族が町中にっ!?」
パニックに陥る人々を見て、ザッパーは兜の中で笑みを濃くする。人を傷つけ、弄び、殺す。それが魔族であり、ハルベスタの『残虐』の発露である己の役割だ。
ザッパーは狂ったように笑いながら、市民を次々と斬りつけていった。
◆
同時刻―――。
ロンドの南門の近く、人々の家が立ち並ぶ区画にもまた一体の黒騎士が召喚された。
「わが名は黒騎士、その一人、『労役』のロンべ。さあ、仕事の時間だ。ロンドの悉くを破壊しつくそう」
言いながら、一番近くにあった民家の壁をハンマーで殴りつける。
バキバキバキ、と壁が砕け、家が倒壊していく。当然中にいた住人は大怪我を負った。
「さあ、次だ」と言いながら、魔族はハンマーを肩に担いで悠然とロンドを歩む。
無軌道な破壊を撒き散らしながら。
◆
「わが名は黒騎士、その一人、『慈悲』のジントニー。生きることは辛いだろう? 私が楽にしてやるよ…」
ある黒騎士は町で買い物をしていた青年の背をボウガンで打ち抜いた。
「わが名は黒騎士、その一人、『強欲』のゴー。お前の命を私に寄越せぇ!!」
ある黒騎士は家路を急ぐ父親の肩を切りつけた。
ある黒騎士は子どもを庇う母の腹に穴を開けた。
ある黒騎士は町を守る壁に亀裂を刻んだ。
ある黒騎士は皆に親しまれる宿屋に火を放った。
「うわああああ!!??」
「なんだこいつら!!?」
「魔族なのか!?」
「一体じゃないぞ! 南十字街にもいた!!」
「衛兵衛兵ッッ!! 助けてくれ! 母がまだ中にっ!!」
「お母さん、お母さん! しっかりして!!」
「誰か、冒険者ギルドまで助けを呼びに行ってくれぇ!!」
次々と、ロンドのあらゆる場所で、破壊と悲劇が生み出される。
それを為すのはいまだ姿を見せぬ魔族ハルベスタ。魔法で生み出した『
◆
ほぼ同時刻―――。
ジークは一人、あてもなく町をさ迷っていた。
(あ、教会だ)
ふと教会が目に入り、中に入る。
奥には女神を象った像が安置されていた。何人かの信徒たちが祈りを捧げている。その邪魔をしないように、彼も静かに長椅子に座り手を合わせる。
世界を創ったとされる女神を奉ずる聖教はこの大陸に広く浸透していた。大きな町に行けば大体教会がある。
ジークはつい先日まで聖教会が運営する孤児院で暮らしていた。そこでは朝と夜には必ず祈りの時間が設けられていた。彼は熱心な聖教会の信徒と言う訳ではないか、女神への祈りは彼の身体に習慣として染みついている。
瞳を閉じ、女神へ問うた。
(女神様、どうして僕を選んだのですか)
女神と聖剣は何も答えてくれない。
今まで剣なんて持ったことはなかった。別に喧嘩に強いわけではない。頭が良いわけでもない。
……周囲に勇者と褒めたたえられて嬉しくない訳ではないし、クレアという美人が自分の聖女だなんて男として胸が高鳴る。
でも、だけど。
心の何処かにはずっと疑問があった。
(クレア。女神様は君になんて語りかけたの? ぼくのどこに、勇者である素質を見たの。ぼくにはわからないよ)
そして。
そして。
バキリ、女神の像が真ん中から真っ二つになった。
鈍い音を立てて、女神の上半身が教会の床にめり込む。
「…………え?」
女神が、祈りが、否定される。
一刀両断された像の向こう側から出てくるのは、漆黒の甲冑を纏った一人の騎士。
その額には魔族の証である角が生えている。手には同じく漆黒の長剣が握られていた。
同時に教会の外から、轟音が幾回にも渡って聞こえてくる。
町で、何かが、起こっていた。
だが、ジークには外の様子を確かめに行く余裕はない。
なぜならば、
「む、その聖剣、まさか勇者か? くははは、これは僥倖!」
後ろを向けば、死ぬと本能的に分かったから。
魔族は剣を横に振りぬいた。
瞬間、闇色の魔力の衝撃波が剣から放たれる。衝撃波は教会の壁に巨大な亀裂を作り、建物全体を揺らす。
天井から瓦礫が幾つも降ってきて、中にいた信徒たちの悲鳴が響き渡った。
「さあ、剣を抜け! 死合おうぞ!」
これが魔族。
千年に一度世界に現れるという、人類の宿敵。
勇者ジークが、これから戦い続けなければならない存在。
「わが名は黒騎士―――、『愉悦』のユリウス。さあ、人間どもよ! 私を愉しませる素敵な悲鳴を聞かせれおくれ!」
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