雪解け

テキトー

第1話 季節は肌寒く


灰色の雲が街全体に影を落としていた夜、僕は窓辺から外の様子を伺っていた。

パラパラと降り注ぐ白銀が石畳を隠し、街灯から漏れる橙色が、この淡白な街にわずかな彩りを与えている。街灯の魔石がメラメラと燃え、不規則に灯りが揺れるのを眺めながら、僕は膝の上で眠る使い魔の猫を撫でていた。

その体温が、冷え切った部屋の中で唯一の暖かさだった。


向かいの部屋では母が助手のクロエと研究に没頭している。あの扉が開くことは滅多になく、2階の角部屋には僕とシャドだけが残されている。隣人の小人族のお爺さんがそんな僕を不憫に思ったのか去年の今ごろに蓄音機を譲ってくれた。


僕は父エドワードが弾くピアノを聴いていた。


哀愁を帯びた音色は、僕の心を静かに満たしていく。父がこの世を去ってから何年も経つというのに、その旋律は僕の記憶の中で、今も鮮やかに生き続けている。

指先で鍵盤を弾く父の姿を思い出そうとするたび、ぼんやりとした像が浮かんでは消えていく。

外では降りゆく雪の勢いが増すなかで、僕の思考だけは穏やかだった。

もうすぐ10歳になる自分の誕生日のことさえ忘れ、僕は微睡へと沈んだ。


この部屋には、ただ、ピアノの音色だけが揺蕩い続けていた。




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