第59話 お誘い
「よし、さっそくレベルが上がったな……ん?」
無事にボス討伐を終えたことに満足している途中、先ほどまでベノムブルームがいた足元に何かが落ちていることに気付く。
それは綺麗な白色の小冊子だった。
「これはまさか……」
拾い上げ、情報を確認する。
――――――――――――――――――――
【解毒ポーション(中級)のレシピ】
・中級以下の毒状態を解除できる解毒ポーションの作り方が記載されている。
―――――――――――――――――――
「……やっぱり、レアドロップか」
簡潔な説明だが、俺には十分理解できる。
『ダンアカ』において、ポーション類はこういったレシピを集めることで、より高レベルな状態異常にも対応できる物を作れるようになる仕様だった。
アカデミーの技術力なら、そんな物がなくても既に作れているだろうというツッコミを入れたくなるが……
ゲーム上の演出ということで、そこに触れるのは野暮だろう。
何はともあれ、これはドロップ率10%以下の非常に希少なアイテム。
普段なら大喜びしたいところなのだが、【ヒーラー】の立場としては手放しに喜べない事情があった。
「ダンアカだとストレージに制限がないからポーションを持ち運びたい放題で、レシピを全て集めてからは、ディスペルを持つアレンが完全にお払い箱だったんだよな……」
ただでさえ他者に対する減衰効果で回復できる状態異常に制限があったにもかかわらず、この始末。
どれだけ運営がアレンを嫌いだったのかと尋ねたくなる。
まあそれはさておき、問題はこのレシピをどうするか。
魔道具工房に提供すれば、それ以降ポーション作成が可能となる。
感情的には、秘匿したい気持ちがないでもないが……
(何も俺は、他人の成長を邪魔してまで最強になりたいわけじゃない。キャラクターたちにはゲーム通りに強くなってもらった上で、それを超えたいんだ。無理に隠すメリットは存在しない)
目先の利益のために、その方針を変えるつもりはなかった。
それにそもそもの話、レシピがドロップするのはこのダンジョンだけじゃない。
いずれグレイも見つけるだろうし、少し早くなるか遅くなるかの違いでしかない。
一応、どこで入手したか尋ねられたら面倒なので、そこを誤魔化す手段だけは考えつつ、このレシピはどこかのタイミングで魔導具工房に提供するとしよう。
「よし、ひとまずはそんな感じだな。あとは経験値や熟練度が上がらなくなるまで、放課後はここを周回するとするか」
【霊薬の庭園】はボス戦を含めて往復で1時間半~2時間と、比較的攻略しやすいダンジョン。
放課後すぐ鍛錬場に向かうクラスメイトがいなくなるのも同じくらいの時間なので、俺の都合的にもちょうどよかった。
そんなわけで、【霊薬の庭園】のソロ攻略は大きなアクシデントもなく、順調に達成できたのだった。
◇◆◇
翌日から、さらに日課が増えた。
リオンとの特訓は早朝に行うことが多く、放課後1~2時間はダンジョン攻略、それ以降はユイナやルクシアとの特訓。
ダンジョン実習前に行っていた早朝トレーニングがリオンとの鍛錬に、放課後の魔導図書館での学習がダンジョン攻略に代わった形だ。
肉体的な疲労はかなり大きいが、レベルが上がり体力も増えたおかげか、何とかやり遂げられている。
ただ、あと一つだけ俺が行わなければならないことが残っている。
それはずばりフラグ管理――つまりリリアナへの対処だ。
ゲームでは中間試験までの一か月間で様々な小イベントが発生する。
ダンジョン実習や中間考査のようなメインイベントほど重要なわけではないが、グレイが経験値を得たり、キャラと交流を深める場面ではあるので、そこに不確定要素を入れたくない。
今日もそのうちの一つがアカデミー内で発生するはずだが、そこにリリアナがいたらどんなイレギュラーが発生するか分からない。
それを回避するためには、リリアナを学園から遠ざけるのが一番だった。
というわけで――
「リリアナ、少しいいか?」
教室を後にしようとするリリアナに話しかける。
すると彼女は優雅な笑みを浮かべながら頷いた。
「もちろんです。いかがいたしましたか、アレンさん?」
「聞きたいことがあって。リリアナは今日この後、何か予定があったりするか?」
「いつものように鍛錬場へ向かうつもりですが……」
やっぱり、学園内に残る予定らしい。
しかも鍛錬場は、イベントの発生地点だ。
これはまずいなと判断した俺は、続けてあることを提案する。
「実は、これからリリアナと一緒に行きたいところがあって……よかったらこの後、時間をもらえたりしないか?」
「――――」
すると、リリアナは知的な蒼色の瞳を見開き、冷静沈着な彼女にしては珍しい表情を浮かべた。
かと思えば、
「……少々お待ちください」
そう断った後、後ろを向く。
そして、
「ここ数日、あまりお話しする時間が取れず寂しく思っていたところに突然のお誘い……これはつまり、そういうことでしょうか? 放課後デー……こほん、こんなことになるくらいなら事前にアカデミー周辺の調査を済ませておくべきだったかもしれません。そうすれば初めてのおでかけにふさわしい場所を見つけられ……」
ブツブツと小声で何かを呟き始める。
本当に小声なので何を言っているのかは聞こえないが、この様子だともしかしたら迷惑だったかもしれない。
(けど……万全を期すためには、何としてでも学園からリリアナを引き離したい)
無理は承知で、覚悟を決めて俺は言葉を紡ぐ。
「突然で迷惑かもしれないけど……きっとリリアナも満足してくれる場所のはずだ。どうか、一緒に来てくれないか?」
「……! そうですね。初めはむしろ私からではなく、お相手がエスコートしてくださる場所に行く方が望ましいかもしれません……」
「リリアナ?」
「――いいえ、何でもございません。アレンさんからのお誘いですもの、もちろん喜んでお受けいたします」
「本当か? ありがとう、リリアナ」
頬を僅かに赤らめながらも、いつものように優雅な笑みに戻ったリリアナに感謝の言葉を告げる。
鍛錬場での特訓という貴重な時間を削ってまで付き合ってもらうのだ。
それ相応の計画は立ててきた。
「それじゃ、さっそく行こうか」
「はい、アレンさん」
こうして、俺たち三人は学園を後にするのだった――
――その数十分後。
俺は、自分一人では攻略できない隠しエリアがあるダンジョンにやってきていた。
リリアナと、そしてもちろん従者のローズも連れて。
「ついたぞ」
ここなら鍛錬場以上の効率で成長できるし、俺たち全員にとって大きなメリットがある。
そう確信した上での提案だったのだが……
「「………………」」
なぜだろうか。
リリアナと、そしてローズからも、ジトーっとした冷たい視線を向けられている気がした。
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