第58話 VSベノムブルーム

 ギミックを突破して隠しエリアに突入したものの、【新星の迷宮】のように即座にボス部屋という訳ではなく、もう少し奥まで進む必要がある。

 とはいえ地図は頭に入っているため、俺は迷うことなく通路を突き進んでいった。


 数分ほど歩いていると、


「キィィィィィィ!」


「コイツは……」


 甲高い金切り声と共に、分厚い殻に包まれた巨大なカマキリが出現した。


 ハードマンティス。

 ゲームではレベル25~28程度で、鋭い刃と硬い殻を持つ厄介な魔物だ。

 HPが低い代わりに防御力が非常に高く、倒すまでに時間がかかる。逃げようにも速度が高いため、できるだけ遭遇したくない相手だった。


「……まあ、それはゲームならの話だけどな」


「キィィィ!」


 襲い掛かってくるハードマンティスの攻撃を見切って横に躱し、カウンター気味に短剣を浴びせる。

 普通なら相手の高い防御力によって刃が弾かれるはず――


 しかし、


「キィッ!?」


 俺が振るった黒い刃は殻を易々と突破し、ハードマンティスの胴体を深く切り裂いていく。

 その光景を確認して、俺は小さく笑みを浮かべた。


――――――――――――――――――――


【ナイトブリンガー】

 攻撃力:+90

 効果:敵の防御力を100%貫通する一撃を与えることができ、代償として敵に闇属性が付与される。人間や魔族、一部の魔物には効果がない。


――――――――――――――――――――


 これこそが【ナイトブリンガー】の真骨頂。

 敵の防御力を完全に無視して貫通する一撃を放てるのだ。

 ワーライガー戦ではヒールと組み合わせた特殊な戦法で使っていたが、本来この武器は格下相手に対する短期決戦用。

 特にハードマンティスのように防御力が高く、HPの低い相手には抜群の効果を発揮する。


「さあ、このまま終わらせるぞ」


「――キィィ!」


 抗うべく金切り声を上げるハードマンティスだったが、続けて二振り攻撃を浴びせると、呆気なく奴は消滅。

 戦闘開始からものの一分足らずで討伐することができた。


「よし、この調子で進んでいこう」




 その後も何体かの魔物と遭遇したが、ナイトブリンガーや聖錬炎球せいれんえんきゅうによって軽々と突破していく。

 結果的に約三十分ほどで、俺は目的地であるボス部屋に到着した。


「……ついたか」


 【魔薬師の実験室】

 ご丁寧にもそう刻まれたプレートが掛けられているのを眺めながら、俺は部屋の中へと足を踏み入れた。

 実験室の中はとても広く、そして薄暗い。

 様子を窺いながら奥へと進むと、そこには異様な存在が佇んでいた。


「ァ、ァァァァァアアアア」


「……いたな」


 人の形をしたその魔物は、全身が青緑色の蔓に覆われ、背中からは巨大な紫色の花が咲いている。

 花弁の中央からは粘つく液体が滴り落ち、その周囲には無数の小さな花々が不気味に揺れていた。


 ボス名、【狂毒の魔薬師ベノムブルーム】。

 かつて、この場所で実験に明け暮れていたという研究者の成れの果て――そんな設定に相応しい姿だ。

 ……まあ、ユニークモンスターじゃなくて時間を置けば再出現リポップするボスなので、本当に単なる設定でしかないんだろうけど。


 こんな外見だがレベルは36と非常に高く、先日俺がなんとか倒したワーライガーをも上回る。

 けど、不安はなかった。

 俺もあの時からレベルは上がったし……何よりコイツと俺は、相性が抜群だから。


「――いくぞ」


「ァァァァァ!」


 戦闘開始と同時に、ベノムブルームの全身から無数の蔦が伸び出す。

 まるで槍のような鋭い先端を持つそれらが、一斉に襲いかかってきた。


「――遅い」


 ナイトブリンガーを振るい、襲い来る蔦を次々と切り払う。

 刃が黒い軌跡を残す中、俺は距離を詰めるべく接近。

 すると、


「ァァァァァアアア!」


 一定の距離まで近付いた瞬間、そんなベノムブルームの悲鳴が響き渡った。

 直後、床から無数の花が咲き乱れ始め、それらは紫色の液体を噴射する。


「……やっぱり使って来たか」


 ――『毒の園』。

 床に咲かせた花弁から猛毒の花蜜を噴射する、ベノムブルームが持つスキルだ。

 発動条件は一定の距離を詰められること。


(……しかも、これだけじゃない)


 俺の予想に応じるかのように、ベノムブルームは続けて背中の巨大な花を大きく開き、黄色い花粉を周囲にまき散らした。

 ――『麻痺の花粉』。

 広範囲に拡散する花粉によって、侵入者を麻痺状態にするスキルだ。

 こちらも、発動条件は一定の距離を詰められること。


「くっ……」

 

 二重の状態異常を受け、一瞬だけ動きが止まる。

 ベノムブルームの特徴は、この執拗なまでの状態異常攻撃にある。

 先ほどのギミック壁と同様、等級は高くないため低級ポーションで十分に回復できるものの、倒すために費用がかさむというのが厄介な特長だった。


 俺がそれを知った上で、ベノムブルームに挑んだのには理由があった。

 つまり――


「ディスペル」


――――――――――――――――――――


【ディスペル】LV2

 属性:聖

 分類:治癒系統の初級スキル

 効果:MPを消費することで対象の魔力に干渉し、状態異常を解除する。


――――――――――――――――――――


 唱えた瞬間、俺の状態異常は見事に解除される。


 そう。俺ならポーションを使わずともスキルで対応が可能なのだ。

 そして費用がかさむという欠点が消えるだけでなく、熟練度上げにも利用できる。

 特にディスペルは【プロテクト】と同様、『不死人形』相手には通じないスキルなため、ここで得られる熟練度は非常に貴重だった。


「ッッッ!?」


 止まることなく直進する俺を見て、ベノムブルームが驚きの声を上げた。

 慌てた様子で全身に蔦を巻き付け、鉄壁の防御態勢を取る。


 だが、それは大きな間違いだった。


「はあッ!」


「ゥゥッ!?」


 ナイトブリンガーによる一振りが、鉄壁の防御を軽々と突破する。

 続けてエンチャントナイフでヒールを叩きこみたいところだが、まだ闇属性の蓄積が足りない。

 これなら、むしろ――


「ファイアボール――ヒール――瞬刃――放出リブレート!」


 聖錬で強化された炎の刃が、ベノムブルームに直撃する。

 このダンジョンの魔物は基本的に火属性が弱点のものが多く、その法則はこのボスも例外ではなかった。


「ゥァアアアアア!」


 絶叫を上げながら苦しむベノムブルーム。

 それを見た俺は優勢を確信し、にっと笑みを浮かべた。


「さあ――このまま畳み掛けていくぞ」




 宣言通り、その後も俺は敵の状態異常を無効化しつつ、幾重にも攻撃を浴びせていった。

 そんな調子でさらに4回ほど攻撃を浴びせた後、突如として敵の様子が一変する。


「ァァァアアアアアア!」


 甲高い悲鳴と共に、全身の蔓が激しく暴れ出した。


 ――『花園の激怒』。

 HPが20%を切った時に放つ、最後の切り札だ。

 ベノムブルームの全身から新たな蕾が次々と噴出し、一斉に開花する。

 それを起点に周囲の植物までもが急激に成長を始め、床や壁から伸びた無数の蔓がまるで大蛇のように蠢きながら襲いかかってきた。


「シィッ! ハッ!」


 俺はナイトブリンガーとエンチャントナイフを駆使して対応するも、あまりの数の前に一部は防ぎきれない。

 前方180度は何とか凌いだものの、それを見計らったようにベノムブルームが死角からの一撃を放ってきた。


 勝利を確信したように笑みを浮かべるベノムブルーム。

 だが――


「悪いが、だ――プロテクト!」


「ッ!?!?!?」


 短剣が届かない箇所は、【プロテクト】で完全に防ぎきる。

 動揺した様子のベノムブルームの隙をついて直進した俺は、ヒールを付与したエンチャントナイフを振りかぶった。


「これで終わりだ――放出リブレートッ!」


 渾身の一撃はベノムブルームを深く切り裂いた後、聖なる力が内側から敵の体を浄化させていく。


「ァ、ァァァァァ……」


 結果、全ての蔓が萎れ、背中の花弁が力なく閉じていく。

 直後、ベノムブルームは断末魔を残して呆気なく消滅した。



『経験値獲得 レベルが1アップしました』



「ふぅー、無事に倒せたか」


 決着を告げるように鳴り響くシステム音。

 こうして俺は、ベノムブルームに勝利したのだった。



――――――――――――――――――――


 アレン・クロード

 性別:男性

 年齢:15歳

 ジョブ:【ヒーラー】

 ジョブレベル:3


 レベル:31

 HP:2180/2340(+196)

 MP:299/760(+80)

 攻撃力:323(+38)

 防御力:277(+24)

 速 度:297(+34)

 知 力:413(+45)

 器 用:260(+27)

 幸 運:290(+31)


 ジョブスキル:ヒールLV8、ディスペルLV2、プロテクトLV1

 汎用スキル:ファイアボールLV5、ウォーターアローLV1、瞬刃しゅんじんLV5


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