第56話 一年編の最強格

 俺が出した武器を見て、ユイナは目を丸くする。


「……それって、弓だよね?」


「ああ。ユイナの付与魔法を活かすには、武器を使った方がいいんだ」


「?」


 首を傾げるユイナに対し、俺は一つずつ説明していくことにした。


 まず大前提として、強化魔法は人だけでなく物質にも付与することが可能。

 同じ【バッファー】でもその才能には差があり、実は物質への付与に関しては、ユイナの方がグレイを上回っているのだ。

 さらに、自分の魔力だけで作られた専用のマジックアイテムを用意できれば、補助魔法の欠点である抵抗力も発生せず、一切の減衰なく強化魔法を付与できる。

 そういったカスタマイズができるよう、アカデミー内には魔道具工房という施設もきちんと存在しているし、利用しない手はないだろう。


 ここまでの内容を簡潔に説明すると(グレイより才能がある云々は、知っていたら不自然なので省いておいた)、ユイナは戸惑った様子で口を開く。


「……付与魔法をマジックアイテムにも使えることは知ってたけど、難易度が高いって話だから、つい後回しにしちゃってたよ……でもアレンくんは、私にはその方法が合ってるって考えてるんだよね?」


「ああ」


「そっか……ちなみに、弓なのはどうして? これまで使ったことがないし、得意かどうかを見抜くのは難しいと思うんだけど……」


 ゲームで実際に適性があったから――と答えるわけにもいかないため、今の俺が持っている情報だけで答えることにする。


「まずは単純に、補助職のステータスからして安全圏の後衛から使える武器の方がいいのと、風魔法と併用すれば矢の速度や軌道を操れるから相性がいいこと。あとは、ユイナの性格的な適性もある」


「……性格的な適性?」


「ああ。どんな時でも落ち着いて状況を俯瞰し、適切な判断ができるのがユイナの長所だ。ワーライガーに遭遇した時の話からして間違いないはずだし、その冷静さを活かすためにも、使いどころを見極める必要がある弓は最適なんだ」


 事実、そういった裏設定があって、『ダンアカ』でも彼女が弓を得意だった可能性は大きい。

 そんな考察をしながら告げた俺の考察を聞き、ユイナはなぜか頬を赤く染めた。


「そ、そっか。そんなところまで私のことを考えて提案してくれたんだね……うん、だったら私も自信を持てる気がする。ありがとう、アレンくん」


「ああ。それと、もう一つだけ大きな理由があるんだ」


「大きな理由?」


 俺はこくりと頷く。


「他の武器と弓で異なる点が、距離以外にもう一つ存在する。弓の場合だと、本体と矢、それぞれに付与魔法をかけられるし、その分だけ火力が上がるんだ」


「そうなんだ……確かにそれなら、補助職の火力不足も補えそうだね」


 希望が見えたとばかりに目を輝かせるユイナ。

 しかし、そこで俺は一つ付け加えた。


「ただし、大きな欠点が二つ存在する」


「え?」


 きょとんとするユイナの前で、俺は続ける。


「一つ目が、複数個所に付与魔法を使うせいで消費魔力量が跳ね上がること」


「う、うん、それはそうだよね。でもアレンくんの聖錬だって同じ条件だし、このくらいで挫けるわけには――」


「あと、お金がかかる」


「…………」


「すっごくかかる」


 『ダンアカ』で矢は基本的に使い捨てであり、一本使用するごとに消耗する仕様だった。

 そして魔道具工房で専用のマジックアイテムを頼むには、通常より高い費用が必要となるため、剣とは比べ物にならないほどの金銭的負担が発生するのだ。


 表情を陰らせるユイナを見た俺は、慌てて付け足す。


「ま、まあ、素材を自分で持ち込めばある程度安価に作れるし、金だってダンジョンを攻略して稼げば解決できるはずだ」


「そ、そっか。強くなるには覚悟が必要なわけだね……」


 大変な未来が待っているだろうことは想像できるが、ユイナの表情からは既に決意が読み取れた。

 幸い、稼ぎやすいダンジョンの情報なら俺の頭に入っている。いずれはそちらも協力しようと、俺は決意した。



 その後、具体的な特訓方法の説明に入っていく。


 まずは訓練用の弓を借り、弓自体に慣れるところから始めていく。

 ある程度慣れたら、次はさっそく『不死人形』に攻撃し、熟練度上げと並行。

 そしてダメージが重なり『不死人形』が限界を迎えたら、俺がヒールを使い、ユイナの『不死人形』を癒すことになった。

 俺が一人でやっていた裏技を、ユイナのサポートに使うわけだ。


 その提案を受けたユイナは複雑そうな表情を浮かべた。


「ねえ、アレンくん。その裏技を他の人にもやってあげることって……」


「悪いが、それだとMPの問題で俺がヒールしか熟練度を上げられなくなる。できるとしたら、もう少し魔力量が増えてからだな」


「そっか。私だけ悪いような気もするけど……」


「そんなことはない。ユイナに恩がある俺が、勝手にやってることだから」


「え?」


 あの日、ワーライガーが2体出現したきっかけを作ったのは俺だった。

 そんな中で死者を一人も出さずに済んだのは、彼女の機転があったおかげ。

 だからこそ、俺はユイナに深い感謝の念を抱いていた。


 ……それはさておき、ざっくりと方針を伝え終えた俺は、続けて寝そべっているルクシアに視線を向ける。


「で、ここからルクシアにも協力してほしいことがある」


「ふぁ~、私?」


「ああ。風魔法を得意とするルクシアには、ユイナがうまく魔法を扱えるようサポートしてやってほしい。付与魔法と攻撃魔法の違いはあるが……まあ、お前ならなんとかなるだろ?」


「なるよ!」


 心強い返答をもらえたことで、もう一つの本題を切り出す。


「助かる。それとできれば、もう一つだけ頼みたいことがあるんだが……」


「うん?」


「俺に、魔法を撃ってほしい」



 シーン



 なぜか突如として、場が静寂に包まれる。

 直後、ルクシアは普段の彼女からは想像できない慈悲の表情を浮かべた。


「……そっか。アレン、そういう趣味が……大丈夫っ、どんなアレンでも、私は見限ったりしないからねっ!」


「そうじゃない。熟練度上げの一環だ」


 思わぬ誤解をされかけ、俺は慌てて説明を加えた。


 今回、俺が熟練度を上げようと思っているのは【プロテクト】。

 【ヒーラー】のジョブスキルの中では数少ない、どんな状況でも活用できる優秀なスキルであるため、できる限りスキルレベルを上げておきたいのだ。

 しかしこのスキルは他の攻撃魔法やヒールと異なり、『不死人形』相手には効果がなく、ダメージを防いだ時にしか熟練度が上がらない。

 かと言ってダンジョンに出現する魔物の攻撃を防ぐというのも効率が悪いし、ルクシアの魔法を受けるのが一番の近道だった。


「――というわけだ、頼む」


「そっか~、そういうことだったんだ。もう、アレンったら紛らわしいんだから~」


「…………」


 言い返したい気持ちがないでもないが、協力してもらう手前そうもいかない。

 泣く泣く言葉を引っ込めつつ、俺たちは三人で特訓を始めることになった。




 その後、特訓は順調に進んでいった。


 ユイナはとにかく矢を放ち、弓を手に馴染ませながら、少しずつ『不死人形』にダメージを与えていく。

 とはいえ初日ということもあり、まだぎこちなく、あの様子だと今日は俺のヒールを使う必要がなさそうだ。

 そしてその横では、ルクシアによる攻撃を【プロテクト】で防ぐ特訓を行う。

 手加減してくれているにもかかわらずルクシアの魔法は強力で、多少の怪我は避けられなかったものの、その分だけプロテクトと、あとついでにヒールの熟練度は確実に上がっていた。


 途中、ふとユイナが「そうだ」と何かを思い出したように口を開く。


「そういえばさっきは聞きそびれたんだけど、ワーライガーと戦っていた時のアレンくんは聖錬じゃない方法で戦ってたよね? それなのにどうやって、あんな風にダメージを与えられたの?」


「何それ何それっ、私も気になる!」


「ああ、そっちは武器のおかげだ」


 俺は先日、リリアナからお礼でもらった金貨で購入したマジックアイテム――異空庫の指輪から、【ナイトブリンガー】と【エンチャント・ナイフ】を取り出す。

 そして二つの効果と、あの日、格上ワーライガー相手にダメージを稼いだ方法を説明した。


 すると、ルクシアとユイナは衝撃を受けたように目を見開く。


「ほほぉー」


「そ、そんな紙一重なことをしてたんだ。す、すごすぎるというか……怖すぎるというか……」


 ひとしきり驚いた後、ユイナは「でも」と弾んだ声を出した。



「さっきの聖錬といい、こうして聞いてると、【ヒーラー】って本当は凄いジョブなんじゃないかって思っちゃうね。武器ありきとはいえ、魔物相手ならどんな相手にもダメージを与えられるわけだし……リリアナさんたちを超えるのも夢じゃないんじゃ……」


「……普通、そう思うよな?」


「え? う、うん」



 戸惑ったように頷くユイナ。

 俺だってゲームの知識がなければ、彼女と同じ感想を抱いただろう。

 それだけヒール、ナイトブリンガー、エンチャント・ナイフを組み合わせた戦闘スタイルは破壊的だからだ。


 けど……残念ながら、そう簡単にはいかないのが悲しい現実だった。


 と、言うのもである。

 少し回りくどい説明にはなるが、まず属性には上位属性というものが存在する。

 風属性が雷属性に、水属性が氷属性になるのが分かりやすい例だろう。

 そして実は、それらの基本属性だけでなく、特殊属性である闇属性や聖属性にも上位属性は存在する。


 そのうち闇属性の上位属性は『暗黒属性』と呼ばれており、一部の上位魔族や悪魔のみが有している。

 この暗黒属性は基本属性に対する抵抗力が闇属性に比べて大幅に上昇する他、ごく一部の例外を除き、聖属性でしかトドメを与えられないという厄介すぎる特徴を持っている。


 ……さて。ここまで聞いた者の多くは、こう思っただろう。

 いや、それならむしろ、アレンが最強になれるんじゃ――と。



(――だけど違う、違うんだ!)



 俺は思わず、ここにいない誰かに向けて心の中で叫んだ。


 けど、そうなるのも仕方ないだろう。

 主人公であるグレイの内側に封印されているのは、魔を打ち払う聖なる炎魔法の使い手、レイヴァーンの魂。

 この称号から分かるように、レイヴァーンは炎属性の他に聖属性――どころか、その上位属性の『神聖属性』を扱うことができる。

 それもヒールなどのような補助スキルではなく、攻撃スキルとして活用できる神聖属性を、だ。


 そしてグレイは一年編から二年編にかけて、レイヴァーンによる魂の試練を突破することで神聖属性を獲得し、魔族と戦うための最強の武器を獲得するのだ。

 ちなみに現状のグレイはまだ、試練を突破していないため神聖属性を使えない。

 ワーライガー戦を始めとして、一年編のピンチの際に引き出せる力も、神聖属性を除いたごく一部に過ぎなかったりするのだが……それはさておき。



 いずれにせよ、これこそがまさに、『もしメインキャラ専用装備である【ナイトブリンガー】をヒーラーのアレンが装備できていたら、になっていたのではないか』――と言われていた所以である。



 あくまで一年編に限定されていた理由は、二年編からはグレイがアレンの上位互換として君臨してしまい、アレンだけの特権が呆気なく消失するから。

 そもそも二年編にもなると他に優秀な武器が幾つも入手できるようになり、【ナイトブリンガー】ですら見劣りするという理由もあるのだが……


 いずれにせよ、今の俺の手持ちの武器やスキルだけでは、いずれグレイに敵わなくなるのは自明の理だった。



(まあ、その辺りを今考えても仕方ないか……)



 こんなことをユイナに説明できるわけもないので笑って誤魔化したのち、俺は頭の中で今後の予定を整理する。

 リオンとの特訓と、ユイナやルクシアとの特訓が日課に加わり、剣技と熟練度についてはこれである程度見通しがついた。

 一か月後の中間試験までにすべきことは、あと二つ。


 レベルアップ――ダンジョン攻略と、

 フラグ管理――本来ならEクラスにいないはずだったリリアナへの対応だ。


(やることが多いな……)


 うっかりそんな感想を抱いてしまうが、一か月後の目標を達成するためにも、俺は改めて気合を入れ直すのだった。

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