第49話 リリアナとユーリ
「立てるか?」
リオンの勝利宣言の後、俺はアルバートに手を伸ばしながら声をかけた。
俺の実力証明と、アルバートに屈辱を与えるという二つの目的を達成した今、少しくらいなら気遣ってやってもいいと考えたからだ。
しかし、
「くそっ……いるか!」
アルバートは悪態をつきながら俺の手をバシンと弾く。
失礼な態度だが、それはそれでコイツらしいなと、俺は内心で笑みを滲ませた。
なにせ
『この程度で勝ったと思うな! 少しジョブ運がよかっただけで調子に乗りやがって……俺がいずれ、お前の化けの皮を剥がしてやる!』
――そう叫んだ後、事あるごとにグレイに挑戦し、その度に敗北するやられ役として手本のような存在になるからだ。
一度の敗北だけでは完全に心が折れていないところを確認でき、むしろ安心したくらいである。
と、俺が考えていた直後だった。
立ち上がったアルバートは制服についた汚れをパンパンと弾いた後、俺に対してビシッと指先を向ける。
「ふざけやがって……お前の本当の実力を初めから分かっていたら、こんな結果にはならなかった! 次は俺が必ず勝つ……覚悟しておけ!」
(……あれ?)
その反応に、俺は少し違和感を覚えた。
ゲームでグレイに敗北した時のアルバートはもっと強い口調で、ダブル・ジョブによる恩恵に頼っているだけだと非難するように敵意を示していたはず。
それに対し今回は、あくまで俺の実力を認めた上で、捨て台詞を吐いているように聞こえたからだ(それでも捨て台詞は吐くのがアルバートらしいが)。
交流戦後から何度もグレイに突っかかることになるアルバートの性格を考えると、少し違和感を感じるのだが……
「……まあ、気のせいだよな」
あのプライドと反骨芯の塊のようなアルバートさんが、こんなに早く懐柔されるはずがない。
うん、そうに決まっている。
きっと言葉の綾だろうと俺は判断を下した。
その後、中級魔法を使用したアルバートに厳重注意と減点処理が行われ、交流戦が再開されることに。
自分の出番が終わったため、俺は舞台を降りる。
そんな俺をまず出迎えてくれたのは、リリアナとユイナだった。
「さすがはアレンさんです。見事な腕前でした」
リリアナは満足げな笑みを浮かべながら、そう称賛の言葉をかけてくる。
一方、ユイナは少し不安そうな表情で尋ねてきた。
「アレンくんが無事でホッとしたよ……でも、よかったの?」
事情を知っている彼女からすれば、俺が実力を出すことに不安を感じるのも当然だろう。
俺はそんな彼女を安心させるように、軽く事情を伝える。
「ああ。少し方針を変えようと思って……詳しいことはまた後で話すよ」
「そっか……あっ、それよりもこっちが先だったね。おめでとう、アレンくん。アレンくんの戦っているところ、すごくかっこよ……かっこ……すごかったよ!」
「ああ、ありがとう」
赤面しつつ、途切れ途切れの口調で告げるユイナに、俺は感謝の言葉を返した。
ちなみにその後も、シフォンやミリャを含めたEクラスの数名から驚きと称賛の言葉をかけられる。
それに声をかけてこないだけで、Aクラスの面々も俺を見ているのが分かった。
一気に注目の的となってしまったが――元から予想していた通り、それも長くは続かなかった。
なぜなら、
「――――とグレイ・アークの両名、前に出て来い」
次に呼ばれた名前が、
すると、場が一気にざわつき始める。
「おい、アイツが噂のダブル・ジョブか……」
「けどそんなことあり得るのか? 過去に一度として例がないんだろ?」
「でも学園長直々のお墨付きだぞ」
「どんな実力か見物だな……」
場の注目が、一気に俺からグレイに移り変わる。
そんな中、リオンの合図によって戦闘が開始。
――そして、決着は呆気なくついた。
それもそのはず。
なにせ相手は、ゲームに出番がある訳でもないAクラスのモブ生徒。
それに対しグレイは、ただでさえ強力な【魔法剣士】に加え、【バッファー】のジョブも有している。
通常なら支援職は外れジョブ扱いされるが、グレイの場合は話が別だ。
他人に発動する際、効果が半減するなどという制限は一切関係ない。
【魔法剣士】による補正に上乗せする形で発動された強化魔法は非常に強力で、かつワーライガーにトドメを与えたことでレベルも20手前に達している。
当然の結果として、圧倒する形でグレイが勝利を収めてみせた。
「つ、強い……」
「ダブル・ジョブに目覚めて、ワーライガーを倒したって話は本当だったのか……」
「これでAクラスが二連敗……いったいどうなってるんだ?」
俺がアルバートに勝利した時の沈黙とは違い、場が一気にざわついている。
舞台上から降りたグレイは、幼馴染であるミクから称賛の言葉をかけられ微笑んでいた。
相手がアルバートから変わったとはいえ、これでひとまず、グレイの実力が周囲に知られることとなった。
しかし――この
なぜか?
それは、
「次、ユーリ・シュテルクストとリリアナ・フォン・アイスフェルト」
リオンの言葉に、会場中が大きくどよめく。
「…………ふぅ」
「それでは、行ってまいります」
凛々しい騎士の如き金髪の少女と、優雅な姫を思わせる(というか実際にそう)銀髪の少女が前に出る。
お互いが手にしたのは木製の長剣。
全員の注目を集めながらも、二人は舞台上でにらみ合った。
「……久しいな、リリアナ嬢」
「ええ、ユーリさん。
「っ……」
顔を強張らせるユーリに対し、リリアナは柔和な表情を崩さない。
戦いが始まる前から緊迫した空気が流れているが、それも当然のことだった。
二人はアストラル王国とアイスフェルト皇国に生まれた同世代の天才として、数年前に一度、交流の場で模擬戦を行ったことがある。
その時の結果はリリアナの圧勝。
才ある貴族としての実力に揺るぎない自信を持っていたユーリにとって、その事実は大きな衝撃となった。
それ以来、彼女はリリアナに敵愾心を抱き、甘かった自分を戒めるように実力を高めることだけに夢中となり――他者を顧みず傲慢な、今の性格になったのだ。
リリアナいわく、今回の交流戦も向こうから直接対決を申し込まれたという。
彼女とアルバートが出くわした場に、ユーリもいたということだ。
(本来なら、二人が関わるのは二年編から。それもある程度ユーリの性格が軟化して以降だったし……このタイミングで戦うとなれば、模擬戦後、どんな結末になるか予想もできない)
俺にとっても目を離すことができない重要な場面。
尤も、重要なのは戦闘後だけであり……この戦いの勝者がどちらになるかなど、俺からすれば予想するまでもない分かり切った内容だ。
しかし、そんな俺とは違い――
「どっちが勝つんだ?」
「そりゃ、ユーリ様だよ! 普段から凄いとこ、散々見てるじゃない」
「でも、本当なら首席はリリアナ様だったんだろ? だとしたら、ユーリ様以上の実力ってことになるんじゃ…………」
周囲では様々な予想が飛び交っていた。
そんなざわめきの中、
「それでは――始め!」
リオンの合図によって、とうとう二人の戦いが始まった。
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