第48話 モブヒーラーの無双
俺の宣言を聞いたアルバートは、しばらく呆けたような表情を浮かべていた。
だがその直後、状況を思い出したようにハッと目を見開く。
「ふ、ふざけるなよ! 今のは少し手加減してやっていただけだ! まぐれは二度と続かないってことを教えてやる!」
怒りに任せて立ち上がったアルバートは、両手を前方に突き出した。
「ストーンショット、ロックニードル、ファイアボール、ファイアーアロー!」
奴の詠唱に呼応するように、石の礫、岩の針、火球、火の矢――複数の初級魔法が同時に展開される。
【魔法使い】のジョブによる補正があってこその技だろうが、これだけの数を扱えるのは確かに大したものだ。
「さあ、喰らいやがれ!」
威勢のいい掛け声と共に放たれる魔法の群れ。
Aクラスを中心に歓声が沸き上がる中、俺は小さく眉をひそめていた。
(プロテクトだけじゃ、さすがに防ぎきれないか……)
【プロテクト】のスキルレベルは1。
熟練度が十分に上がっていないため、発動まで時間がかかり、同時に展開できる枚数にも限度があるのだ。
そのため全ての攻撃を防ぐことは難しい。
しかしそれは裏を返せば、熟練度の高い魔法なら十分に対応できるということでもある。
だから、
「ファイアボール」
俺は詠唱と共に、スキルレベル5まで鍛え上げた炎の球を複数生成し、射出。
放たれた火球は俺の意志に従うように空中で弧を描き、アルバートの魔法を次々と相殺していった。
「な、なんだあれ!?」
「剣だけじゃなく、魔法まで使えるのか!?」
「嘘だろ、ヒーラーじゃなかったのかよ……」
想定していなかったであろう結果に、会場中が一斉にざわつきだす。
「なっ、バカな……!」
「まだだ――ファイアボール!」
驚きの声を上げるアルバートに向かって畳み掛けるように、俺はこれまでで一番の魔力を込めた火球を放つ。
「くそっ! ファイアボール――がはっ!」
アルバートも同じ魔法で応戦するが、結果は一目瞭然だった。
俺の炎球が相手の魔法を押し潰し、そのままアルバートを後方へと弾き飛ばす。
(やっぱり、ただのファイアボールでも十分通用するな)
今の攻撃は、ヒールによる強化すら行っていない通常のファイアボール。
俺と奴の間にステータス差があるとはいえ、普通なら【魔法使い】のアルバートの方が火力は上回るはずだ。
しかし魔法の火力はステータスやジョブだけでなく、スキルレベルの値にも左右される。
その点、俺のファイアボールは現時点でスキルレベル5であり、これは本職の魔法使いと比べてもかなり高め。
アルバートよりも数値が上だったため、火力も上回ることができたのだろう。
とまあ状況分析も程々に。
――――
「まだまだ、この程度で終わると思うなよ」
「っ、クソ――」
その後の戦闘は、ほとんど一方的な展開となっていった。
アルバートの放つ魔法は全て俺に相殺され、逆に俺の放った魔法は的確にダメージを刻み込んでいく。
苦肉の策として接近してこようとした時もあったが、その場合は逆にこちらからも距離を詰め、瞬刃を発動。
遠近どちらの戦いにおいてもアルバートにはなすすべがなく、俺が圧倒し続けた。
「「「……………………」」」
始めは騒いでいたギャラリーたちも、いつの間にか静まり返り、ただ呆然と俺たちの戦いを見つめている。
初めは俺の実力がまぐれだと思っていた彼らも、徐々にそれが本物だと理解し始めているようだった。
(――よし、これでいい)
その光景を見て、俺は小さく頷く。
俺は先ほど、出し惜しみはせず全力でアルバートを圧倒しようと決意した。
それにはゲームのシナリオ通りにアルバートを敗北させたい他、もう一つ大きな理由が存在する。
――――その理由とは、
つまり、どういう意味か。
これまで俺が実力を隠そうとしていたのは、モブとして目立たずに活動するため。
しかし昨日、リリアナから話を聞いて、そもそもそれが破綻していたことに気付かされた。
彼女は俺がバフォールにトドメを刺したという情報から、俺の実力が周囲の想定より高いと考えていた――
なら、である。
同じ情報を持っている人間は、そのまま同じ答えに辿り着ける可能性が高い。
具体的には学園長やアイスフェルト皇帝陛下……あとはエリーゼも事情を知っているかもしれない。
そんな中で実力を隠し続けること自体、一部の人間からは不審に思われてしまうだろう。
誰もがルクシアやユイナのように、俺の事情を理解して隠し通してくれるわけではないのだから。
そして、この事実は俺にとって死活問題となりうる。
アレンに転生した俺が持つ一番の武器は何か。
【ヒーラー】のジョブ? いや、そんなものは大したことがない。他のメインキャラの方がよっぽど才能に恵まれているだろう。
それでも俺が何とかやってこれたのは、ゲーム知識を使って応用したから――
――そう、俺が持つ一番の武器は【知識】だ。
『ダンジョン・アカデミア』をやり込んだ俺は、世界中の誰よりもこの世界について詳しい。
そしてモブの俺が最強を目指すには、情報面で俺だけが優位に立てる状況を保ち続ける必要がある。
しかし、現状では俺の本当の実力を誰が分かっているのか確定しておらず、それはどこかのタイミングで大きな歪みになる可能性がある。
それならいっそのこと、ここで俺の本当の実力を証明し、
それに――結局のところ、だ。
ジョブなしだったグレイがダブル・ジョブに目覚めたこと。
最強筆頭候補がこれから常識外れな行動を積み重ねていくこと。
隣国の皇女がなぜかEクラスに転入してきたこと。
それらに比べれば、たかだかヒーラーがAクラスの一学生に勝利する実力を持っている程度、そう取り立てるようなことではない。
だからこそ、ここは本気を出して徹底的にアルバートを圧倒する――それが最善だと考えたのだ。
そしてとうとう、その瞬間は訪れる。
「くそがっ!」
俺の猛攻を受けていたアルバートが吠えるように悪態をつく。
会場中の誰もが俺たちの戦いに圧倒されている中、彼の目にはまだ諦めの色が見えなかった。
彼はゆっくりと立ち上がると、怒りを滲ませながら……
「ふざけやがって……こんなのありえない! 絶対に許してたまるか……! 俺が本気を出せば、お前なんて敵じゃねぇんだよ! ――ファイアージャベリン!」
そう叫び、展開したのは巨大な火の槍――火属性の中級魔法、ファイアージャベリンだった。
初級までというルールに反する行動に、場は騒然となる。
――ただ一人、俺を除いて。
(やっぱり使って来たか)
ゲームでグレイに追い詰められた時と同じ行動。
このアルバートを倒さなければ、本当の意味での屈辱は与えられない。
だからこそ俺は、わざとこの瞬間を待っていたのだ。
「これで、トドメだぁ!」
放たれる火炎の槍を、俺は真正面から迎え撃つ。
ゲームのグレイはこの魔法に対し、【エンチャント・スペル】を利用した剣術、火魔法、強化魔法の三つを組み合わせた必殺技で対抗。
ファイアージャベリンを真っ二つに両断し、アルバートに絶望を与えた。
もし俺が【エンチャント・ナイフ】を使えれば近いことをできるが、残念ながら手に握られているのはただの木剣である。
けど、問題はない。
始めから想定していたから。
ルール外の中級魔法を防ぐべく、腰元の剣を抜こうとしたリオンを制するような形で、俺は口を開く。
「安心しろ、アルバート――
そして、重ね合わせる。
「ファイアボール――ヒール」
手の先に出現したのは、強化されたファイアボール。
「――――いけ」
それを俺は、ファイアージャベリン目掛けて解き放った。
この段階で中級魔法を使えるアルバートは大した才能の持ち主だが、熟練度が伴っていない。
スキルレベル5の強化ファイアボールと、スキルレベル1のファイアージャベリンの衝突――その差は歴然だった。
勝負の行方は一瞬で決した。
俺の放った炎球は槍の穂先を貫き、火炎はそのままアルバートの顔横を通過。
闘技場の壁にぶつかり、爆音とともに黒い燃え痕を生み出した。
「――……は?」
直撃していないにもかかわらず、アルバートは目を見開きながら足を震わせ、ドサッとその場に腰を落とす。
驚愕しているのはアルバートだけじゃない。
ここにいる誰もが沈黙し、目の前の結果が現実だと信じられない様子だった。
そんな中、俺はコツコツと足音を鳴らし、アルバートのそばにまで歩み寄る。
「新しい魔法を覚えるのもいいが、まずは地に足をつけた努力をするべきだったな」
「……お前、は……」
「で、まだやるか?」
短剣を向けながらそう問いかけると、しばらくの沈黙が流れる。
やがてアルバートは地面を殴りつけ、悔しそうに声を絞り出した。
「くっ……俺の、負けだ……」
それを聞いたリオンは、柄に添えていた手を放し、高く上げる。
「勝者、アレン・クロード」
リオンの宣言が闘技場に響く。
しかし、場は依然として静まり返ったまま。
リリアナやユイナを含めたほんの数名だけが拍手をするような――そんな静かな称賛が鳴り響き。
俺は宣言通り、アルバートに圧勝するのだった。
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