第42話 ドラウプニルと旦那様

 黄金の腕輪【ドラウプニル】。

 それは『ダンジョン・アカデミア』に登場した、レベルアップ時や『不死人形』相手の特訓時、MP上昇量に補正がかかる最上位のマジックアイテムだ。


 シンプルな内容だがその効果は計り知れず、ストーリー後半に進むほどMP管理がシビアになってくる『ダンアカ』においては非常に重要な意味を持つ。

 特に、『ダンアカ』最大の難関とも言われる魔族との戦闘パートでは、ドラウプニルによる魔力上昇分があるかないかで、攻略難易度が大きく変わってくるほどだ。


(それに……装備者のレベルが上がることで解放されるは、他のどんなアイテムやスキルにも勝る効果がある)


 これらの理由から、俺もいずれ必ず手に入れようと考えていたが……そのためには高難易度ダンジョンをクリアする必要があり、一年近い期間を要する目算だった。

 それ以外の手段で手に入れようにも、ドラウプニルの価値は金貨100枚などとは比較にならないほど高く、平民では一生をかけても届くかどうかの額なはず。

 そもそも一部の貴族に独占されているため、まともな入手手段すら存在しないだろう。


 だからこそ、これがお礼として差し出された事実を、俺は瞬時に受け入れることができなかった。


「あの……これってまさか、【ドラウプニル】じゃないですよね……?」


「さすがはアレン様、博識ですね。その通りです、ぜひこちらをアレン様にお渡しできればと思っております」


「…………」


 当たり前のように告げるリリアナに言葉を失っていると、彼女はそのまま続ける。


「今回の一件について、私はもちろん、父……アイスフェルト皇帝陛下も深く感謝をしております。そして娘の命を救ってくれた方が同じアカデミーに所属すると聞き、どうか実力を高める手助けになれればと仰っておりました」


 リリアナは、「ただ……」と言葉を紡ぐ。


「アレン様もご存じでしょうが、こちらは我が家にとっても貴重な品でして……三年間の貸与という形でお願いできればと」


「三年間の貸与……つまり、アカデミーの間だけ貸していただけると?」


「はい。お礼でありながら、こうした形になってしまい申し訳ありません。ただ、アレン様のアカデミー生活をサポートするには他のどんな品より、こちらが最適かと思いまして。見た目や重さが気になると言うことでしたらご心配なさらずとも大丈夫です。透明化や無重化の術式もかけられていますので」


 リリアナの言う通り、今の俺にとってこれ以上に欲しい物は存在しない。

 それに三年間限定とは言っても、『ダンアカ』のストーリー自体がアカデミーの三年間を描いたものなので、その期間だけでも活躍できれば十分すぎるほどだ。


 正直、今の俺が持っていい格のアイテムではないが……

 ただでさえMPを大量に消費する戦闘スタイルの俺にとって、ドラウプニルは喉から手が出るほど欲しいアイテム。

 強くなるためのチャンスがあるなら躊躇するつもりはなかった。

 

 ふぅと小さく息を吐いたのち、俺はケースに手を伸ばす。


「そういうことでしたら、喜んでお借りいたします」


「はい、ぜひ。ちなみに、が一つだけあるのですが……そちらはまた別の機会にお伝えしますね」


「あっ、はい」


 なぜかここ一番の笑みでそう告げるリリアナに違和感のようなものを覚えつつ、俺はふと、気になっていたことを尋ねることにした。


「ところで、一つお尋ねしたいことがあるのですが」


「はい、何でしょうか?」


「リリアナ様はどうして、本来のAクラスではなくEクラスに?」


「それはもちろん、私がアレン様と同じクラスになりたいと考えたからですが?」


 さも当然のように告げるリリアナ。


「……皇帝陛下や学園長と話し合ったというのは?」


「お二方はAクラスに通う方がいいと仰っていたのですが……どうしても私が納得できなかったので、我が儘を言いました」


「…………」


「我が儘を言いました」


 なぜか同じことを二回繰り返すリリアナ。

 要するにアレだ。本当に特別な理由などはなく、ただ単純に俺と同じクラスになるために無理を通しただけらしい。


(意思の強さはゲームの時と変わらずだな……)


 そんな感想を抱いていると、リリアナは「ところで」と続ける。


「ここアカデミーは身分に関係なく平等だと聞いています。どうかアレン様も私に対して、他の方と接するときのような口調でお話しください」


「いや、それはさすがにまずいんじゃ……」


「問題ありません、ぜひ」


 笑顔なのに、圧がすごい。

 皇帝陛下や学園長相手に無理を通せる彼女を説得できないと考えた俺は、諦めて要望に応じることにした。

 どうせゲームでも、主人公グレイたちメインキャラはタメ口で話していたしな。


「分かった、リリアナ……これでいいか?」


「はい。ありがとうございます、アレン様」


「できれば、そっちも様付けは止めてくれると助かるんだが……」


「では、アレンさんと」


「それで頼む」


 そんな風にして、一通りの用件は無事に済んだ。

 かと思いきや、その直後、


「私からも一つだけよろしいでしょうか」


 リリアナの背後に控えていたローズがおもむろにそう告げる。

 主人の許可をもらった彼女は、そのまま俺の前に来て、深く頭を下げた。


「お時間を頂戴して申し訳ありません、旦那様。しかしこのローズ、殿下をお救いいただいたお礼をどうしても直接伝えたいと思いまして。私一人では殿下を守り切ることは叶わなかったでしょう。旦那様には、心より感謝いたします」


 長々とお礼の言葉を伝えてくれるローズだが、ある単語ワードのせいで何一つ頭に入ってこなかった。


「今、なんと……?」


「心より感謝いたします、と」


「いや、気になったのはそれよりもずっと前で、だん――」


「こほん」


 ――旦那様と呼ばれた気がしたんですが。

 そう尋ねようとした直後、リリアナがわざとらしく咳払いしたかと思えば、ローズの耳元に口を寄せてコソコソと何かを囁く。


 すると、その数秒後、


「大変失礼いたしました、アレン様。改めて、今後ともよろしくお願いいたします」


「は、はあ……それじゃ、よろしくお願いします」


 今度は普通にアレン呼びになっていた(様はついているが)。

 よくわからないが、とりあえず気のせいかと判断を下す。

 彼女はゲームに登場しなかったキャラクターだが、少し話した限り、変わった人物なのは間違いなさそうだ。


 ちなみにその後、リリアナからローズが成人であることを聞き(見た目からはそうも思えないが)、俺から彼女に対しては敬語とさん付けで話すことになるのだった。



 ◇◆◇



 リリアナたちとの話し合いを終え、数分後。

 俺はアカデミーの敷地内にある庭園に向かっていた。

 するとそこにはシートを広げ、座っているユイナの姿があった。


「悪い、待たせて」


「ううん、大丈夫だよ。事情は分かってるから」


 遅くなったことを謝ると、彼女は笑ってそう返してくれる。


 というのも実は今朝、ユイナから一緒に昼食を取らないかと誘われていたのだ。

 なんでも一週間前、ワーライガーから彼女を助けたことに対するお礼として、お弁当を作って来てくれたらしい。

 あの状況でリリアナの誘いを断るわけにもいかず困っていると、ユイナは話し合いが終わってからでも大丈夫だと言ってくれ……そして今に至るというわけだ。

 本当ならルクシアも誘いたかったとのことだが、彼女は寝坊しているため当然ここにはいない。


 ちなみに先ほどの話し合いの後、リリアナからも昼食には誘われたのだが、先約で待ってもらっている人がいることを伝えると……


『なるほど。ちなみに約束されているお相手というのは、女性の方ですか? ……そうですか。ふふ、帰国する必要があり仕方なかったとはいえ、少々出遅れてしまったようですね……』


 と言っていた。

 後半はボソボソと呟いていたためよく聞こえなかったが、笑顔なのになぜか背筋に悪寒が走ったのは記憶に新しい。


「どうぞ、アレンくん」


「ありがとう」


 そうしているうちにユイナが入れてくれたお茶を受け取る。

 先ほどまでメインヒロインのリリアナたちと話していたからだろうか。

 同じモブキャラという立場の彼女といると、すごく落ち着く気がした。

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