第41話 最高のお礼

 皇女殿下から直々のお誘いを断れるわけもなく、俺はリリアナの誘いに応じる。

 実は昼休みにはユイナと少し約束をしていたのだが、事情が事情なので、彼女も快く時間を遅らせることを受け入れてくれた。


 その後、教室でする話ではないとのことで、俺、リリアナ、ローズの三人は場所を移すことに。

 廊下を歩いていると当然、周囲からは視線が集まる。

 それに居心地の悪さを感じつつも、俺たちは豪華な応接室にまで移動した。

 本来ならばアカデミーにやってきた貴人を迎えるための部屋だが、リリアナが使うとのことで事前に許可をもらっていたようだ。


 応接室にやって来た俺とリリアナは、テーブルを挟んで向かい合うような形でソファに腰かける(ローズはリリアナの後ろに控えている)。

 まず、初めに口を開いたのはリリアナだった。


「改めてにはなりますが、私はリリアナ・フォン・アイスフェルトと申します。そしてこちらが……」


「従者のローズ・ユライミと申します」


「……アレン・クロードです」


 とりあえずの自己紹介を済ませた後、リリアナはさっそく本題に入る。


「まずはお詫びを。命を懸けてお守りいただいたにもかかわらず、こうしてお礼を伝えるのが遅れてしまい大変申し訳ありません」


「なっ」


 謝罪とともに頭を下げる彼女を見て、俺は焦る。

 ただの平民が皇女に頭を下げさせているなど、周囲に見られたら大問題だ。


「顔を上げてください。私は当然のことをしただけですから」


「……あの時も今も、お優しいのですね、アレン様は。ですが貴方のおっしゃるとおり、この場でまず伝えるべき言葉はこちらでしたね――私とローズの命を救ってくださり、誠にありがとうございます、アレン様」


「っ」


 顔を上げたリリアナが、優しい笑みを浮かべて感謝の言葉を告げる。


 高貴な立場、端麗な容姿、優れた能力を含め、彼女はメインヒロインの中でも特別な存在。

 そんな彼女から向けられる真っ直ぐな笑顔は俺にとってもかなりの衝撃で、思わず言葉を失ってしまった。


 そんな俺を見て何を思ったのか、リリアナはくすりと微笑んだ後、口を開く。


「このまま本格的なお礼をお渡ししたいのですが……その前にまずは事情を説明させていただこうと思います」


「事情、ですか?」


「はい。先日の一件について、当事者であるアレン様にも、事の経緯を知ってもらうべきかと思いまして」


「いいんですか? 詳しくは分かってませんが、恐らく、外野が知らない方がいいやつなんじゃ……」


「それならご安心ください。アレン様は既にから」


「………………」


 アイスフェルト家の問題にこれ以上巻き込まれないよう先手を打ったつもりが、何やら怖い発言と共に却下されてしまった。

 まあ、普通に俺も事件の当事者だからという意味だとは思うが。


 その後、俺の心のうちなど知らないであろうリリアナが、ざっくりと先日の一件について説明してくれる。

 とはいえ、その内容自体は俺も既によく知っている話だった。


 リリアナは【魔法剣士】のジョブに目覚めた数年前から、何度か暗殺未遂に遭っていた。

 それを皇位継承権を巡ってのものだと判断した彼女は、国から離れる形でステラアカデミーに留学する――はずだった。

 しかし入学前のダンジョン攻略時、手土産にと持たされていた荷物の中に紛れ込んでいたマジックアイテムが発動。

 闇属性の強力な悪魔バフォールが召喚され、命の危機に瀕していたところ、俺の助けによって九死に一生を得た――そこまでがあの日の経緯である。


 そこからリリアナは、本国に戻った後のことも教えてくれた。


「私たちは本国でまず真っ先に、マジックアイテムを紛れ込ませた者を捕えるつもりでした。しかし私たちが悪魔に襲われたあの時には既に、当の使用人は城から姿を消していました。当然、現在も行方は分かりません」


 ここで一度言葉を切り、彼女は続ける。


「状況からして、その人物が私の命を狙ったのは間違いありません……が、ここで少し不可解な点がありました。黒幕を探るため、残された情報からその者の裏をいくら探ろうと、他の皇位継承権持ちとの繋がりが見えてこなかったのです。いったい、何の目的で私の暗殺を試みたのかが分からないのが少々恐ろしいのですが……ひとまず、現在の調査状況は以上となっています」


「………………」


 思っていたより詳細に教えてくれたことに驚きつつ、俺は思考する。


(本当は皇位継承権じゃなくて、を狙われているんだが……それを俺が伝えるわけにもいかない)


 この事実は、未来でリリアナ自身が知るべき内容。

 俺が伝えることでどんな風に捻じれるか予想もつかない。


(……そもそも、俺が知っていること自体不自然だし、下手をすれば襲撃者の仲間だと誤認される可能性すらある)


 だからこそ、俺は無言を貫く。

 ひとまずここをやり過ごす方が、何よりも重要だった。


 すると、リリアナが続けて口を開く。


「それでは次に、本格的なお礼と参りましょうか」


「お礼なら、先ほどお聞きしましたが……」


「あら。命を救っていただきながら、言葉だけのお礼で終わらせるほど、アイスフェルト皇国が恩知らずだと思われるのは困りますよ……なんて言うのは、少し意地悪でしたね」


 反省するように微笑んだリリアナは、そのまま隣のローズに目配せする。


「ローズ、例のを」


「はい、殿下」


 そう言ってローズは、何もないところから大小二つのケースを取り出す。

 異空間の指輪によるものだろう。

 彼女はそのまま、ドシッと重たい音を立ててテーブルに置いた。


 リリアナはまず、大きい方のケースを開けながら告げる。


「まずはこちら、直接的な形になって申し訳ないのですが……金貨が100枚となっております」


「……随分と多いですね」


 この世界の平民の月給が確か金貨2~3枚。

 これだけあれば、数年は遊んで暮らせるだろう。

 『ダンアカ』だと物語中盤からサクッと稼げてしまう額だが、今の俺からしたら目が眩むほどの量である。


(ポーションの購入やらで出費がかさんでいたし……俺はともかく、リリアナにとっては痛くも痒くもない金額のはず。ここは遠慮せず受け取っておくか)


 俺は冷静にそう判断を下す。

 この調子で無事に終わればいい――そう思っていた俺は次の瞬間、衝撃に言葉を失うこととなった。

 なぜなら、


「続いて、こちらになります」


「――……は?」


 続けたリリアナが開けた小さなケースの中に入っているを見て、俺は思わず抜けた声を漏らした。

 けれど、そうなるのも仕方ないだろう。

 だって、その中にあったのは――


(嘘だろ……? いや、この色、形、紋様、そして圧倒的な存在感……間違いない、【】だ)


 ――黄金の腕輪【ドラウプニル】。

 それは『ダンアカ』の中でも最上級に位置づけられるマジックアイテムであり、一年編では入手が不可能とされる伝説の品だった。

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