第24話 当日早朝、イベント発生
ダンジョン実習、当日早朝。
俺は迷宮都市の商業区にある公園でランニングをしていた。
ステラアカデミーはアストラル王国の迷宮都市『アルカディア』に存在するが、『アルカディア』はアカデミーの敷地だけで全てを占めているわけではない。
一般開放されているダンジョンを攻略するためにやってきた冒険者はもちろん、彼らを支えるように宿屋や道具屋、食堂などが立ち並ぶ。
一歩アカデミーの外に出れば、そんな賑やかな街並みが広がっているのだ。
この二週間、早朝は基礎体力訓練に当てているわけだが、そのうちランニングを含めた幾つかのトレーニングは、こうしてアカデミーの外で行っていた。
アカデミー内だと変に目立ってしまうし、あとは単純に場所を変えることで新鮮な気分になれるからだ。
「今日はダンジョン実習があるから、本当は休んでも良かったんだけど……」
習慣になっているため、いつものように来てしまったというわけだ。
そして一通りのトレーニングを終え、街中を通りアカデミーへ戻っている最中――突如として、
「きゃあっ!」
甲高い少女の悲鳴が、街中一杯に響き渡る。
「スリだ!」
続けて、そんな声が聞こえてくる。
視線をそちらにやると、一人の男が、道端のフードを被った少女から荷物を盗んで逃げ出している姿があった。
突然のことに、周囲の誰も、声を上げる以外には反応できていない。
「……仕方ないか」
動きを見たところ、そこまでの実力者というわけでもなさそうだ。
このまま見逃すのも寝覚めが悪いし、俺は準備運動ついでに、そのスリを追いかけることにした。
地面を蹴り、グッと加速して駆け出す。
この二週間の特訓の成果か、みるみるうちに男との距離が詰まっていく。
男は走りながら振り返り、俺の存在を確認したかと思えば、苛立った様子で懐から何かを取り出した。
「チィッ、面倒な……これでも浴びてろ!」
「っ!」
男が取り出したのは、手のひらサイズの球体――恐らくマジックアイテムだろう。
そのマジックアイテムから禍々しい色の魔力が放たれ、回避する間もなく俺の体を覆った。
同時に、俺の動きが明らかに鈍くなる。
「これは……
状態異常の一つで、その名の通り対象の動きを遅くするデバフ魔法だ。
とはいえヒーラーやバッファーと同様、この世界でデバフは効果が低く、そもそもこの感じだと魔法のランク自体そこまで高くない。
これなら――
「ディスペル」
詠唱と共に、体を覆う魔力が浄化される。
――――――――――――――――――――
【ディスペル】LV1
属性:聖
分類:治癒系統の初級スキル
効果:MPを消費することで対象の魔力に干渉し、状態異常を解除する。
――――――――――――――――――――
スキルレベルは1とまだ低めだが、それでも十分に効果があったようだ。
鈍化状態が解かれた俺は、再び勢いよく男を追いかける。
そんな俺を見て、男は慌てた様子で声を上げた。
「ディスペル!? ……ってこたぁヒーラーか! 逃げて損したぜ!」
しかし、それも一瞬。
ヒーラーに対人戦は出来ないと考えているのか、男は短刀を抜いて構えた。
「
続けて、【
残像を残しながら接近し、不意打ちを狙う技だ。
素早く敵の急所を狙うには最適なスキルだが――
「遅いな」
「なっ!?」
その直後、男の刃は空を切った。
なんてことはない。ただ俺が身をよじって攻撃を躱しただけだ。
しかし、男はまさかヒーラーに自分の攻撃が躱されるとは思っていなかったのか、困惑した様子で動きを止める。
その隙を狙い、俺は殴打を繰り出した。
「がはっ!」
みぞおちに的確な一撃を叩き込まれ、男が膝をつく。
男はそのまま、理解できないといった表情で俺を見上げてきた。
「嘘だろ、ヒーラー風情がなんで……」
「単純なステータスの差だ。そもそも、初めに距離を詰められてる時点で気付くべきだったな」
ジョブによるハンデは確かに大きいが、それ以上に重要なのがレベル。
その点、今回は俺の方が明らかに上回っていた。
加えてこの二週間、基礎体力を鍛えてきたのが活きた結果と言えるだろう。
「く、くそがぁっ!」
「――――――」
その後も二回ほど男は攻撃を仕掛けてくるも、俺は冷静に見極めカウンターを浴びせてみせた。
結果的に、俺は攻撃用のスキルを一切使うことなく男の制圧に成功。
それを見届けていた周囲からは、称賛の声が響いた。
さらに数十秒後。
他の市民が男の捕縛に協力してくれる中、息を切らしたフード姿の少女が駆けつけてきた。
スリに遭った張本人だ。
「取り返した荷物です、どうぞ」
俺は彼女に、男から取り返した荷物を手渡す。
すると少女は、ホッとした様子で何度も頭を下げてきた。
「あ、ありがとうございます! 本当に、すごくすごく助かりました! とても大切なものだったので……」
「ならよかったです」
「はい! それで、その……できれば何かお礼をさせていただけませんか?」
深くフードを被っているため顔は見えないが、心からといった様子で少女はそう切り出してくる。
しかしここで、俺は重要なことを思い出した。
(まずい、このままじゃダンジョン実習に間に合わない)
スリに手間取られている間に、結構な時間が過ぎ去っている。
このイベントだけは、絶対に逃すわけにはいかない。
少女には悪いが、お礼を受け取る時間的余裕はなかった。
「ごめんなさい、この後に用事があって、お礼なら大丈夫です。それじゃ!」
「え? お、お待ちくださ――」
颯爽と立ち去る俺の背中に、少女の戸惑った声が消えていく。
そんな中、俺は急いでアカデミーに向かった。
――――しかし、この時の俺は気付いていなかった。
「ふふっ、おもしろいもの見ちゃった~♪」
俺と同じように早朝から町へ出ていたあるアカデミー生が、今の一連のやり取りを眺めていたことを。
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