ブラジル 4

そして夜中、事件が起きる。何か尻がかゆいと目が覚めて、月明りだけではテントの中が見えない為にライトを探していると、犬が吠える。その声は集落入り口の低い場所から伝う様にだんだんと上に上ってきて、犬の声が大きくなる。


最初は夜中に誰か外に出たのかと思っていた。しかし、犬達は私や集落の者達に一切吠えなかった。となると今吠えている対象は何だ。


初めての長期の旅で、形だけの夢のような覚悟しかない私は狼狽える事しかできず、急いでライトを見つけ、着ていた物がタイツだけだったので半ズボンをライトで探していると、広場の入り口ぐらいから足音がする。


私はやっとこさ半ズボンを見つけて穿くと、しばらくして今度は犬の吠える声が上から下へと下がっていった。


なんだかよくわからないな、なんだったのかなと思いながらその日は寝直す。そして翌日に、それが集落外から来た者による夜襲未遂であった事に気づくのだ。


次の日は立ち上がる際に脚の力が急に抜け、漫画のようにガクっと膝まづいた。本当に起きるものなのかと感心しつつ、やはりもう一泊良いかと疲労を引きずりながら長に話すと首を横に振られた。


言葉は禄にわからないが、長の申し訳なさそうな顔からも、原因は恐らく昨日の夜襲未遂だろう。私を身を挺して守る理由も無く、集落にやっかいごとを持ち込んだだけの身だ。


私は悲しくなりながらもそれを受け入れて、身支度を済ませて集落を出る。子供達からは二日居るって昨日言ったじゃないかと、言葉が判らないながらもごねられる。私は説明することができないくやしさのまま集落を出た。


そして昨日と変わらぬ坂が迎える。しかし寝た手前、足は動き私は進み続けた。今はそれしかできず、そう決めたからだ。


海外を自転車で走るならば死ぬ危険だってある。ならば命を賭けると決めていたが、それが本当に掠めたのが昨日の夜だ。


覚悟どころか、迫る危機すら気づかずに迎えた一度目だった。命を賭けると誰しもがいつかに言いそうな言葉が、現実味を帯びて私に問いかけ、自身の覚悟の脆弱さが表れる。


だけど、私の夢がこれだった。夢に命を賭けるならばその覚悟は当然必要だ。だがその夢も昨日車に乗った事で泥を塗ってしまった。


しかし私は既に汚れ、歪んだとはいえ夢を捨てられなかった。大事に持ち続けていたそれを、もう一度汚れたまま抱く。


この坂の先に、せめて無舗装路ではなく舗装路が在れば。走りやすいし、押して上るにしても足が滑らない。それにタイヤが正しく回って押すのも楽だ。


だが進むにつれてそんな都合のいい希望も無くなっていく。そして感情のエネルギーを脚に回し、憤る事も、悲しむ事も無くただひたすらに坂を上り、下っていった。


そして期待も無く思考も無く、ただ進むだけの状態で見えたのは黒い道。舗装道路だ。内心唸りつつ、坂を下って舗装路に入る。夢は破れて希望は捨てた。そして求めたものはその先にあった。この想いは未だ私に根付いている。

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