21話 子供の行方


 森の王は遥か昔に人間の娘を嫁にした。彼女は私と同じように、精霊の声が聞こえる者だったらしい。その娘との間に子供を授かって、森の王はその子供を溺愛している――と言い伝えられている。

 そんな子供を攫われて、森の王がこの程度の怒りで済ませてくれている方がまだ奇跡なのだろう。彼の言葉通り、茨を広げて周辺の土地を魔障の地に変えられてもおかしくない。



『周辺の者共にも協力させよう。……我が子はまだ生きている。必ず見つけ出せ』



 どうやら森の王は子供が生きていることを知覚できるようだ。だからこそこの程度で済んでいるのかもしれない。

 私たちに子供の捜索を命じた後、王は去っていった。そうすると隠れていたらしい森に棲む精霊たちがわらわらと姿を現す。花の精、風の精、茸の精、光の精、鳥の精など、自然系から動物系まで種類は様々だ。



『聞こえる人間なんて懐かしい。私の声、聞こえてる?』


『王の子を攫ったのはこの辺の人間じゃないの』


『声の君の噂、聞いてたけどほんとに綺麗な声だ』


『おいらは王の子を攫ったやつが乗ってた箱を引いてる馬の精と話したぜ』


『声が聞こえる人間なんて、昔を思い出すなぁ』



 彼らは一斉に話し始め、私は複数人の言葉を聞き分けるという非常に困難な状況に晒されることとなった。

 だがたった今、誰かがとても重要なことを口にした気がする。しかしそれがここに集まっている十体以上の精霊のうちの誰の話なのか、さすがに判別ができない。



「ウルベルト様、誰かが……子供を攫った人間が乗ってきた馬車の精霊と話したと言っていました。他にも王の子供のことや、犯人の情報を知らないか尋ねてみてください。……あと、同時に話されると分からないとも伝えてください……」


『同時に話されても彼女が聞き取れないぞ、お前たち。……王の子供と、攫った人間について知っている者に話を聞きたい。順番に頼む。まず、馬の精霊と話したのは誰だ?』


『ああ、おいらだよ。森の前にいる間にちょいと話をしたのさ』



 こういう時、本当にウルベルトがいてくれてよかったと思う。そうでなければ重大な情報を聞き漏らしただろう。

 そうして情報を知っている精霊一体ずつに話を聞いていった。森の王の命令があるからか、彼らは報酬を要求することなく、素直に情報を教えてくれる。


(これが嘘だったら、怖いけれど……彼らにとっても森の王やその子供は大事な存在のはず。きっと、嘘はついていない)


 少し前の私であれば彼らの言葉を信用などできなかった。また嘘を吐かれているのではないかと疑心暗鬼に陥っていただろう。

 しかし精霊はいたずらに嘘を吐くのではない。彼らには彼らの理由がある。理由がなければ嘘を吐くこともないと、今の私は知っている。必死に話す彼らの言葉は真実のはずだ。



『馬のやつは人間がたくさんいる一番でかい家から来たって言ってたなぁ。ここしばらくは行ったり来たりしてたらしいぜぃ』


『あの人間は春からこのあたりにくるようになったの。こそこそ怪しいから、私気になって見てたの。手下を連れているの』



 馬の精と話した精霊と、犯人を見たという精霊からそれぞれ話を聞く。その他の目撃情報などを総合してまとめ、ウルベルトと話し合った。



「人間がたくさんいて、一番大きな家……ですか。大きな邸を持つ貴族の仕業と考えるのが自然ですね」


『精霊馬車を使うことからも間違いないな。複数犯のようだが、手下というのが命令に従っている従者なら首謀者は一人かもしれん』


「大きな邸を持つ貴族なんていくらでもいますが……一番、というのは何と比べて一番なんでしょう。せめて来た方角が分からないか尋ねてみますか?」



 精霊たちは基本的に人間の言葉が聞こえない。同じ言語でも、会話ができない隣人たちの表現は曖昧だ。大きな邸を持つ貴族という特徴だけでは何も分からないに等しい。地方に大きな別邸を構えているものも、爵位は高くなくとも資産運用が上手く大きな邸を構えている者もいる。

 せめて精霊を攫う目的が分かれば犯人が絞れそうなものだが、人間の会話が聞こえない彼らが犯人の動機など知るはずもない。



『おい、一番大きな家というのはどの方角にあるか分かるか?』


『あっちだぜぃ。あっちの方角に真っすぐいけば絶対に分かるって言ってたぜぃ』



 鳥の精霊はその翼で一つの方向を指示した。森の入り口からこの社へとつながる一本道を真っすぐに。私たちが来た方向であり、そしてそちらに真っすぐ進んで最も大きな建物と考えると――。



「ウルベルト様……もしかして」


『ああ。……城かもしれない。城の精霊たちが何か見ていないか、一度戻って訊くぞ』


「はい。できるかぎり急ぎましょう」



 すでに日が落ちてあたりは暗くなっている。光の精霊たちに道を照らされながら、私たちは来た道を急ぎ戻ることになった。

 道を塞いでいたという毒は消えており、茨も開いて簡単に外に出られたが、私たちが森を出た途端に再び茨が現れて道を塞いだ。しかもその茨は横だけでたなく縦にも伸びていき、飛び越えさせもしないという意思を感じる。

 どうやら王の子供を連れて帰らなければ、もう森の王には謁見できそうにない。



『さて……付近の村から人は消えている。道中でどこか宿を探すか?』


「睡眠は馬車の中でとれば充分ではないでしょうか? 休んでいる間が惜しいです」



 人が多くいる、一番大きな建物。それが王城だと見当をつけたのはいいが、もし違えば考え直し、また別の場所に移動する必要がある。それに犯人が本当に王城に向かったとして、そのあとどこに行ったのかも探さなくてはならないのだ。

 休んでいる間に犯人が――もし、森の王の子供を殺したら。そう考えればゆっくり休んでなどいられない。休憩は移動時間にとるほうが効率良いだろう。



『……お前がいいなら、構わないが……あまり無理はするな。お前はそこまで体が強い訳ではないだろう』

 

「ご心配、ありがとうございます。この仕事は結構体力が必要だと最近よく感じますし、そろそろ体でも鍛えてみます」


『全く、本当にお前は強いな。……強すぎて心配になるくらいだ』



 困ったような顔で笑うウルベルトの声がとても優しかった。強くて心配、という言葉の意味はいまいち分からなかったのだが、彼が私を思いやってくれていることは伝わってくる。……その気持ちがとても心強い。

 そうして私たちは馬の精に報酬を渡し、王城までできるだけ急いでほしいと頼んで馬車に乗り込んだ。移動中にできるだけ休んでおくべきなので、今後の方針を話し合った後は目を閉じる。


 心地よい揺れに身を任せていたらいつの間にか眠りに落ちていた。そして目が覚めると、何故かウルベルトの麗しい顔がすぐ傍にあった。……しかも私の寝顔を見つめていたらしくばっちり目が合って、その驚きのせいか一瞬で意識が覚醒した。



「……おはようございます。この状況はなんでしょう」


『綿の精たちが睡眠に協力してくれた。椅子よりもこちらの方が寝やすいだろう』



 周囲にはもこもことした毛玉のような精霊たちがいて、彼らがかなりクッションになってくれていたようである。本来足を降ろすスペースは精霊たちに埋められて、馬車の中で完全に横になれるようになっていた。

 そして車内にあふれる綿毛により、私とウルベルトは近い距離で眠る形になっていたらしい。色々と言いたいことはあるのだけれど、おかげで馬車の中なのに妙な恰好で眠って首が痛い、ということもなかった。……思っていたより体力も回復していたので文句は呑み込むことにする。



『起きた起きた。じゃあ報酬もらってく!』



 そう言い残して毛玉の精霊たちはいなくなり、彼らに埋まっていた椅子部分が露わになったので座りなおした。ウルベルトも何事もなかったかのように対面側に座っている。

 そして精霊たちは報酬に何を持って行ったのかとあちこち確認してみると、ウルベルトの髪が少し短くなっていることに気づいた。綺麗に整えられていたはずの彼の髪の毛先は、ガジガジとかじり取られたようにまばらな長さになっている。



「ウルベルト様……髪を持っていかれています」


『ああ、あいつらは毛だの髪だのが好きだからな。そのために伸ばしているようなものだ。見苦しくてすまないが、この仕事が終われば整える。しばらく我慢してくれ』


「いえ、ウルベルト様は麗しいままですよ。むしろ、その使命感を尊敬いたします」



 かじられた髪を一つに束ねながらそんなことを言われたので否定しておいた。毛先がかじられたくらいで彼が見苦しくなるはずがない。

 一人でも精霊と交渉をするという仕事をしてきたウルベルトだ。使える道具を増やそうと髪も伸ばしていたのだろう。自分の一部ですら仕事のために使おうとできる彼の責任感、使命感は尊敬に値すると思う。本気でそう思って褒めたのに、ウルベルトの眉間には皺が寄っていた。

 


『…………お前、社交の勉強もした方がいいな。他の男を口説かれてはたまらん』


「口説いてはおりませんが……」


『無自覚だから怖いんだ、まったく……私がお前を好きだと知っているだろう。あまり褒めるな』



 顔を背けたウルベルトの耳がこちらを向いたことで、それが赤く染まっていることに気が付く。白銀の髪の間から覗くせいなのか、その赤みはとても分かりやすかった。

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