その婚約、聖魔戦争につき。

ameria

プロローグ 二千の夜を超えて

 灯り一つない部屋の中、満ちるは薄荷色の月が照らす青い光のみ。

 大きな天蓋付きのベッドの上、微かに聞こえる衣擦れの音。

 夫婦になって初めての、最初で最後の大切な一夜。甘い、あまい、優しい夜。


 その、はずだった。



「か、はっ…………」


 ぎちぎちと締められた喉の奥から、嬌声とはとても呼べぬ掠れた声が零れ出た。

 息苦しさと痛みと恐怖から、知らず目尻に涙が浮かぶ。

 霞みゆく視界の中、紫黒の髪と血のように真っ赤な瞳を持つ男の、憎悪に染まった顔を捉える。


「ど、うし、て…………」


 満月と同じ薄荷色の瞳から涙が零れ、ベッドの上に広がる艶やかな金髪をじわりと濡らす。


「どうして、だと? わからないなら教えてやる」


 低い声と共に、喉を締める男の手に力が籠る。


「俺はお前のことが憎くて、憎くて堪らない。この世で一番」


 震えるように浅く呼吸を繰り返すばかりの少女を見下ろし、食いしばった歯の奥から男は怨嗟の声を出す。


「──殺したいほどに」


 それが、夫婦となった日の夜、初めてアイリスが夫と交わした言葉。

 呪われた契約結婚の、はじまりの夜の出来事であった。

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