第53話 長い夢のような

「は」


 トーマは布団から飛び起きるといつもの自分の部屋であった。

 時間を見ると朝の七時。

 そして、久しぶりに感じるほどのニオイを嗅ぎ、急いでリビングに向かう。

 キッチンには見慣れた姿が立っており、トーマは走って後ろから抱きしめる。


「きゃ……!?どうしたの、トーマ?」


「母さんが……母さんが生きててよかった……!」


「……?怖い夢でも見たのかしら?」


 トーマは母親が生きていたことに涙を流し、実感していた。

 泣きじゃくるトーマを撫でて落ち着かせる。

 そして母親はトーマに違和感を感じた。


「トーマ?あなた、パジャマのおしりにボンボンがついていたかしら?」


「え?」


 トーマは母親に指摘されたおしりを触ると、ふさふさな触感に触れる。

 そして、少し力を込めて握ると痛みを感じ、自身のものであると確信する。


「え、えぇっと……かわいいかな……って」


「ふうん。トーマがいいならいいのだけど。それより珍しく早起きしたのだから早くご飯を食べて学校へ行きなさい?」


「いや、あぁ……。わかった。いただきます」


 自身の記憶がごちゃごちゃになっていることに気が付いたものの、とりあえず束の間の日常を味わうことにした。


 トーマは制服に着替える際、自身の身体を鏡で確認するとやはり生えていた。


「尻尾生えてる……。俺、獣人になったのかな……!?」


 尻尾がパジャマからはみ出していたことから隠すのは少々難しい。

 尻尾用の穴は空いていないので仕方なく下着とズボンで尻尾を隠す。

 押さえつけられている感覚があるため、違和感を感じるが、この世界だ。

 獣人になりかけている事は隠した方がいいのかもしれないと判断した。

 時計を見るとすでに八時を回っていたため、急いで家を飛び出した。


「それじゃあ、行ってきます!」


「はーい。気をつけなさいよ」

 

 通学路を歩くと懐かしい気分となる。

 記憶が曖昧になっているのか、何故かそんな気分になる。

 登校していると、モーセの如く通行人が左右に分かれる。

 

「……ハヤト」


「トーマ!今日もいじめてやるよ!」


 ハヤトからカバンを投げつけられるものの、トーマの目にはスローモーションのように見え、軽々と回避する。


「……なんで避けてんだ!オレが直々に殴ってやるっ!」


 ハヤトがトーマの胸ぐらを掴み、顔面を殴りつけようとした瞬間、トーマは小さく呟く。


「トランス・オン」


 何もないところから白のヘッドセットが頭部に、同じく白色のガントレットが両手に装着される。

 ハヤトの拳はヘッドセットに直撃し、鈍い音が通学路に響き渡った。


「いっっでぇぇぇっ!?」


「な、なんだ……?!俺、これは……獣人……!?」


「やあやあ!久しぶりだね、トーマ君」


 トーマは突然別の姿になってしまったことに驚いている中、謎のローブと仮面をつけた男が現れた事で警戒心が最大になる。


「……やはり、この世界でもキミは獣人の姿か。まあいいや、キミは覚えていないんだろうけど」


「なに……このオッサン……?」


「お、オッサン!?……ゴホンッ!ボクは一応新人類なんだけど?あんまり無礼なことを言うなら消しちゃうぞ〜?」


「ますます怪しい」


「えぇ……」


 新人類の男はトーマにどう説明しようか悩み、腕を組んで考えている一方、トーマは獣人の姿となった肉体を堪能していた。

 軽く弾むだけで数メートルほどジャンプするその脚力に驚いていた。


「どうだい?キミは覚えていないだろうけど、【シャドウズ・オブロンギング】の参加者でキミは準優勝したんだよ。まあ、優勝者の願いが叶った世界になったから忘れているんだろうけどさ」


「そんなのした事……ッ!?な、なんだ……?頭が……」


 トーマの頭の中に何かが入ってくるような、とても大事なものがトーマを思い出させようと体が反応を示す。

 その様子を見た新人類の男はニヤリと口角を上げ、トーマに指を指す。


「その姿になる機械【デバイス】をキミは持っている。そう、そのヘッドセットとガントレットの事。それが参加していたという証拠。そして、ボクがキミに何故コンタクトをとったのかと言うと、ゲームマスターを倒して欲しいから」


「はぁ……?」


「簡単に言うとキミはすでに参加者なんだけど、やる事は簡単。同じ参加者を全て倒せばキミの願いを【なんでも叶えてあげる】。それで取引成立としないかな?」


「……じゃあ、本当に獣人になりたいって言ったら成らせてくれるのか?」


「それはキミ次第。でも、手術は受けさせてあげるよ。獣人も怪物も元々はボクたち新人類の実験で生まれた失敗作だから」


 新人類の男の答えを聞いたトーマは男に近づき、手を差し出す。

 その意図に気付いた男は満足そうな笑みを浮かべて手を取り、握手を交わす。

 

「嘘でしたは無しにしてくれよ?あと、新人類には成らないから」


「そりゃもちろん約束は約束だよ。新人類がそんなウソはつかない。新人類の方が強いのに……。まあいいや、では契約成立だ。友好の印にテトラメモリーを一式渡しておくよ。キミの過去の戦い方で、これらをよく使っていたからね」


「よくわからないけど、まあ約束守ってくれるんなら頑張るよ。他の参加者とかいるのか?」


「いるよ。歴代の参加者が全員生き返ったから。前回……というか最終回に仲の良かった『モエちゃん』も生き返ってるし」


「――ッ!?」


『モエちゃん』という単語を聴き、頭に鋭い痛みが走り思わず膝をつく。

 その様子を見た男はなぜか嬉しそうなものだった。

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