龍の機罡獣

 多数の魔戦士ディアゲリエに包囲された状況だというのに、女は大会議室に響く大音声でこちらを煽り倒してくるではないか。その挑発を真正面で受けたデビラーが冷静でいられるはずがなく、こめかみに青い筋を激しく浮かべた。


「ふ、ふ、ふ、ふ。女だと思って優しくしてやったものを、それを実力と勘違いされては困る」


「おっとデビラー、あんたは引っ込んで自分の不始末を呪っていな」


「これ以上、たかが抵抗軍ツヴァイハンダーごときに我らが拍子抜けだと勘違いされてはたまらぬからな」


 デビラーの横から魔王軍の装備に身を包んだ複数の者達が現れ、魔剣将軍を押し退けて前に出た。むろんデビラーが彼らの横暴に納得するはずがなく、獣の如く咆哮を上げた。そしてこの無礼者どもを打ち据えようと腕を振り上げたが、それをギラザンガが掴んで止めた。


「奴らもあの女の態度は腹に据えかねているんだ。ここは譲ってやりな」


 なんだと貴様、と怒りの波動を駄々漏らすデビラーであったが、ギラザンガは雑に彼の腕を放り投げると、後方につんのめた将軍の体をジャニンドーの巨漢アロウィンが受け止めた。魔剣将軍は当然の如く暴れたが、冥暴星の魔戦士は馬鹿力で彼の体を取り押さえ、ギルバンがそんなデビラーを軽い態度でなだめた。

 改めてシェランドンが将軍に代わって前に出た魔戦士を見ると、どうやら先程、誰が連合軍への先鋒を務めるかで言い争っていた者達のようだ。たしか第十四師団デストリクトで愚図呼ばわりされた男共と、狂信者と蔑まされた第二十三師団バスタガロウの連中だ。この二つの勢力は普段からいがみ合うような間柄なのだろう。男達からはお互いに相手の出鼻をくじき、先に女を手に入れてやろうという考えが透けて見えた。


「おやおや、女一人に随分と大勢でかかって来るじゃないか。そんなに寂しいのかい、坊や達……」


 気後れた様子は微塵もなく、ルビーは緋色の髪をすき上げながら悠然と魔戦士達を眺めていた。


「こ、この女……少しは痛い目を見せてやらねば可愛い声の一つも上げないか」

「殺すなよ、お楽しみが減るからな……へっへっへ」

「手足はちぎって俺にくれ。ゆっくりと舐め回したい」


 魔戦士達は各々に纏った鎧の下でこれから訪れるであろう快楽の時を妄想して舌なめずりをした。ネズミ狩りの話を聞いた時、いかに残虐な方法であぶり出して処すかを考えていたところへ、絶世の美女というおまけ要素が追加されて彼らの気分は最高潮だった。


「も、もう我慢できん! あの女は俺がもらう」

「こ、こいつ抜け駆けか――ッ」


 一人が仕掛けようとした瞬間にその空気を察した魔戦士達が同時に動き、結局都合十人もの男が一人の女に奇声を発しながら一斉に飛び掛かった。女の背後に何かが浮かび上がった。


「あ、あれは」


 ルシファリアが汚いものでも見るような眼で吐き出した。幼女の黒い髪は生きた蛇のようにうごめき、小さな体から立ち上る怨恨に彩られた魂力ヴェーダはあまりにも大きい。ただならぬヴァイダム首魁の様子に側にいたギャルガとグリンセルはその身に危機感を覚え、意識をそちらへ向けた時だった。凄まじい打撃音が鉄の会議室内に響き渡り、二人はそのを見逃してしまった。


「え、何? 何が起こった……⁉」


 ジャニンドーの女魔戦士が改めて修羅場を見ると、十人で飛び掛かったはずの男共が、女の立つ位置から放射線状に吹き飛ばされていて、壁に埋まる者、床に穴を空ける者、天井に頭から突っ込んでいる者、その他いずれも動くものはいなかった。身に付けていた魔王軍の鎧は破壊されて破片をまき散らしており、やがて消えた。それ以上にその場にいた魔戦士達が異様に感じているのは女のすぐ後ろに浮かんだ正体不明の化け物であり、ルシファリアの形相を歪ませているのもこれだった。


「ほらほら、どうした坊や達。十人で足りないなら、残り全員で束になってかかっておいで。来ないのならば、こちらから行くよ!」


 片腕を腰に当てて魔王軍を睥睨する紅玉だ。そんな彼女の背後には一見すると真っ赤な蛇とも見れる機械仕様の怪物が宙にゆるいとぐろを巻いて浮いていた。だが蛇にしては短いが手と足があり、頭部には立派な角と細長い二本の髭が生えている。それは大会議室の広い空間を埋め尽くさんと長い体をゆっくりとうごめかせていた。


「あれは龍!」


 冥暴星アロウィンの言葉に魔戦士達は大いに慄然とした。「東方世界オリエントにおけるドラゴンであり、神の使いとされる伝説の怪物。そうか、五体あるカノンの機罡獣の中にも龍がいた。その名は蒼穹の覇龍・鋼玉コウギョク。なるほど、ならば我ら魔戦士とも立ち回れるのも頷ける。あの女こそは龍の使役者カルタで機罡戦……」


 言い切ろうとした瞬間にアロウィンはルシファリアに顔面を殴打され、激しく床を転がった先でうずくまった。彼に拘束されていたデビラーはそれで解放されたが、首魁の形相に肝を冷やして先程までの怒りは引っ込めった。


「たわけ! この私の前で龍を口にするとは無礼千万、傍若無人にも程があるわ」


 シェランドンは目が点になった。龍女のこともそうだが、魔王軍首魁のこの態度はなんだ。ぶっ飛ばされたアロウィンに同情こそしなかったが、理不尽さは痛感した。ギラザンガが珍しく小声で囁いた。


「お前も気を付けな。千年前の戦いでルシファリアを破壊したのが龍の機罡獣だ。うかつに口にするだけじゃない、あいつの前で長いものを見せても半殺しの目に合うぜ」


 なんじゃそりゃ! でもあいつ、たしか自分で言っていなかったっけか? 雲の上で駄鳥の相手をした時、虎口を逃れて窟に入るとか……


「たわけ、シェランドン! 私が言うたのは西方社会オクシデント中つ国ミディウムにおけるドラゴン*じゃ。そっちは別に何とも思うておらんわ」


 なんで心の中で思ったことを怒鳴られなきゃいけないんだよ――と口をついて出そうになるのをシェランドンは押しとどめ、頭の中を白紙にした。態度の大きいこの男をして黙らせる漆黒の気迫がルシファリアから生じていた。





*ドラゴン エーテリアにおいて一般的に知られるドラゴンは巨大な恐竜に翼が生えたような姿。多くは怪物として人々に災厄をもたらす恐怖の象徴。昔、魔王ハジュンが従えた三つのしもべの中に深き海の魔竜というのがいたため、余計にそのイメージが強い。漢字では竜と書いて差別化している。対して東方社会のものは本編の通りで、こちらは龍と記する。

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