500円で繋がる彼女との関係

衣太

第1話

 俺の名前は丹下きよし、今年で高校2年生になった。


 夏休みが終わり、久し振りに顔を合わせたクラスメイトたちは、まだどこか浮かれているようにも見える。

 進学校でもない、ただの公立高校だ。皆アルバイトなり、ひと夏の思い出作りに興じていたことだろう。


「久しいな」

 日課になってるスマホゲームを起動すると、後ろから声を掛けられる。


 友人の浦部だ。休み中ほとんど家を出なかった日焼けとは無縁の俺とは違い、浦部の肌は健康的に焼けていた。


「おう久し振り。……バイトか?」

「家の手伝いをな。……丹下は相変わらず真っ白だな。吸血鬼にでもなったのか?」

「うるせえ。用ないのに家から出るかよ」

 悪態で返すと、「あー」と半笑いで返される。


 浦部も荷物を置いてスマホゲームを起動した。浦部とは同じゲームをプレイしているのだ。今日のログインボーナス画面が表示される。


「そういえば丹下、1年にすげーかわいい子が居るって話知ってるか?」

「……知らん」


 スマホから顔も上げず言われたので、正直に返した。部活に入っていないので、1年の女子なんて顔と名前が一致する者すら一人も居ない。


「読モやってて、1年なのにバレー部期待のエースとしてインハイ出て、可愛すぎるバレー選手って話題になってたぞ」

「へぇ、生きづらそうだな」

「……そう思うのが丹下らしいな。つーか興味ないだけじゃなくて、マジで知らねえの?」

「知らん」

「ちょっと前、クラスのグループチャットがずっとその話してたろ」

「あー……通知うるさくて3日で抜けたんだよ」

「は? ……うーわホントだ1人足りねえ」


 トークアプリのグループには勧誘されて入りはしたのだが、とうに抜けていた。

 スクールカースト上位の生徒しか発言せず、どの先生が何しただの悪口だの誰が誰と付き合っただの、そういうくだらない話題ばかりだったからだ。

 抜けていたことに友人すら気付かないほど誰が居るかも気にされていなかったし、重要な連絡事項があるわけでもないので、今後も入るつもりはない。


「つーわけで、見に行こうと思うんだが」

「どういうわけでだ。んなことしてたら新学期初日から遅刻んなるぞ」

「……それもそうか。じゃあ昼に行くか」

「心底興味ないんだが……」

 溜息交じりに返したが、ゲームの日課を終えて何の気なしに検索エンジンを開く。


 『女子バレー インハイ』――そこまで打ち込むと、サジェストに『可愛すぎる』『燧華凛』なんて出てきたので、たぶん浦部の話していたのはこのことだ。


(……なんて読むんだ、これ)


 読み方が分からず、首を傾げ調べると、姓は『ひうち』、と読むらしい。

 火打石とかのひうちだ。相当珍しい読み方をする名字なのか、名字を調べただけなのにくだんの1年生の情報が出てくる。

 名の読みは『かりん』のようで、フルネームどっちも変換しづらそうだな、と感じた。


 まとめ記事を読むと、読者モデルをしていると言っても雑誌に数回載っただけ、特に事務所に所属しているわけではない素人。

 とはいえ1年生にして強豪バレー部のエースになっているというのは事実のようだ。


 そういえば、女子バレー部インハイ出場なんて横断幕出てたっけな。

 そこからは知らないので、どこかで負けたんだろう。今年も別に優勝争いに絡んだりはしていないらしい。

 興味ないのでそれ以上調べることはなかったが、ふと、頭の片隅に引っかかるものがあった。


 かりん――その名に、聞き覚えがあったから。

 その子の姓は石垣だったし、名前はひらがなだったから別人だろうけど、一個下なら年齢も同じだ。


(ま、よくある名前だしな)


 漢字にかなりブレのある名前の方はともかく、燧なんて名字、一度見たら忘れないだろう。思い出に蓋をして、小さく溜息を吐いた。



*



「つーわけで、行くぞ」

「マジで?」

「マジだ」


 昼食(コンビニで買った菓子パン二つだ)を食べ終えると、浦部が立ち上がった。

 どうやら今朝の話を忘れていなかったらしい。


「一応聞くが、何のために?」

「そんな可愛い子が後輩に居たら一目見たいと思うだろぉ?」

「いや別に。可愛いだけの女ならどんだけでも見れる」


 スマホを向けると、浦部は「かーっ!」と声を荒げる。


「分かってねぇ。分かってねぇよ丹下は。手が届くところに美少女が居ることが重要なんだよ」

「触んなよ不審者だぞ」

「比喩だよ分かれ。俺も流石に顔も知らん後輩にセクハラをするつもりはない」

「どうだか」


 笑って返す。スクールカースト底辺同士、そんな度胸もないことは当然分かっている。


 浦部は俺より頭半分ほど小さいが、体重は1.5倍以上ある。

 俺達は、典型的なデブとガリの組み合わせ。オタクの友人はほとんどが他クラスなので、このクラスでまともに話せるのは浦部だけだ。まぁそれはあちらも同じだが。


「まぁでも、……一目くらい見といてもいいかな」

「おっ、珍しいな」


 自分らしくない、そんなことくらい分かっているので、口は必死に言い訳を紡ぐ。


「顔知っとけば今後関わらないでいられるだろ。嫌だぞ俺は。学校行事で偶然話した後輩が実は超絶人気の女子で他の男子から恨まれるようなやつは。だから絶対関わらないように顔だけ知っておきたいだけだ」

「……そういえば丹下はそういう奴だったな」

「あぁ」


 鼻で笑って返す。

 俺は女子に興味がない――わけではない。別に同級生が子供っぽく見えるとか、実は女子小学生にしか興味がないとか、そういうわけでもない。

 ただ、そういうことに必死になりたくないだけだ。


 1年の教室があるフロアに行くと、とある教室に人だかりが出来ていた。どうやら同じようなことを考えていた生徒は多く居たらしい。野次馬のほとんどは男子だ。

 なんとか隙間に身体を捻じ込んで、渦中の女子を探す。――そういえば顔知らないのにどれを見れば良いんだ、そう思ったのも束の間、視線が一人の女生徒に向かった。


 大きな瞳に、脱色された金の髪。

 ベルトで巻き込み短くされたであろう、校則違反ギリギリのスカート。

 夏服から覗く肌は健康的に焼けている、異常なまでに人目を惹く女生徒がそこに居た。


 他の何も視界に入らなくなるほど、その女子は一人だけレベルが違った。

 読者モデルというのも納得だ。雰囲気はギャル系だが、メイクは濃くない。地の顔が良いからそこまで盛らなくてもいいからだろう。三次元女性に興味ないどころか興味がマイナスに振り切られてる俺ですら可愛いと思えるほど、その女子の顔は整っている。

 その子は数十の男子生徒の目を向けられているにも関わらず、何も気にしていない顔で友達と話していた。

 友達の方はちらちらと教室の外に目を向けているが、燧華凛(であろう後輩)は違った。――そんな、自信に溢れた顔だ。


 ――あぁ、本当に、住んでる世界が違う。


 数秒――いやもう少しか。目を奪われてしまったが、ふと平静に戻って人ごみを抜け、同じタイミングで出てきた浦部と顔を合わせ、頷き合う。


「めっっっっちゃ可愛かったな……」

「まぁ、……そうだな」


 ここで否定しちゃ男じゃないので、正直に同意した。「偶然話した後輩」なんて設定の言い訳が馬鹿らしく思えてしまったほどだ。

 あんなの、一目見ただけで俺が関わっちゃいけないと本能的に察してしまうレベルである。話さず逃げるが吉だ。

 盗撮しようとする男子生徒を横目に、自分たちの教室に戻った。



*



 その日の授業が終わり、部活に向かう生徒たちが教室を出て行く。

 部活に入っていないしアルバイトもしていない俺は、急いで帰る必要もなく、席に座ったままスマホゲームを起動すると、教室がいきなり騒がしくなった。


「せーんぱいっ」


 聞き覚えのない女子の、あまったるい声。

 廊下に顔を向けると、――燧華凛の姿があった。


「おい呼ばれてんぞセンパイ」

「……これが俺だったら泣いて喜んだんだけどな」


 椅子を回すと、浦部が悔しそうに唇を噛んでいたので鼻で笑って、スマホに視線を落とした。

 クラスカースト底辺のオタクは、あんなクラスカーストどころか人間カースト最上位に近い女子と面識はないし、関わっただけで万人に恨まれることくらい分かっている。

 だから、遠くから鑑賞するに留める。調子に乗って、「自分にもワンチャン」なんて考えたら社会的に死ぬからだ。


 しかし、まだ名残惜しそうにちらちらと扉の方を見ていた浦部が「え、」と声を漏らす。


「先輩、私のこと忘れちゃいました?」

 すぐ隣から女子の声。顔を上げると――


 教室に入ってきた燧華凛は、明らかに俺に声を掛けていた。

 浦部は自分に話しかけられたのかと思って「ヒョエッ」と裏返った声を出すが、彼女の目が俺に向いてることに気付いて秒で舌打ちをした。


 近くで見ても、ビビるほど顔が良い。こんな人類居るんだ。

 ホントに二次元とかじゃない? 実はアイドルとか言われても納得する自信あるな。アイドルよく知らねえけど。


 席の配置からして、俺を挟んで誰かに声を掛けているようでもない。

 しかしその現実を咀嚼できず、思わず「誰?」と疑問を返すと、燧華凛は「むぅー」と頬を膨らませわざとらしく不満をアピールしてくる。

 えっなんだこれ可愛いな。あざとすぎるのになんでこんな可愛いんだろうな。すげえな人類。前世で何したらこうなるんだ?


「今日は夕飯、奢ってくれないんですか?」

「…………ん?」


 夕飯、奢り――その言葉によって、閉じられかけていた記憶の蓋がぱかっと開いた。


 今では考えられないが、俺はしばらく女子に夕飯を奢っていたことがある。

 あれは小学校低学年の頃。隣に住んでいた、あの子に――――

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