終わりの後の思い出
私は目を覚ましました。
……目を覚ますことができたのです。
私の人生は終わったはずなのに、私は目を覚ますことができてしまったのです。
ここはどこでしょうか?……見覚えがあります。というか私の部屋です。
「おはよう。元気かしら?」
目の前には不吉を纏った黒い服装の女性が。
私がコールドスリープする際に立ち会ったあの方です。
「夢……?」
そんなことが無いとは確信しつつも、ついそんな言葉が出てきてしまいます。
「今ならそういうことにしちゃえるかもね」
「……訳知り顔ですね」
「まぁ知っているわけだし?」
「あの__」
「動かないで」
彼女は私に近づいてきます。彼女の存在は重く不気味。それなのに私は彼女の眼差しに抵抗することができません。私たちは至近距離で見つめあい、静かに時間が流れていきました。
「最後の仕上げが残っている。目を閉じて」
彼女はゆっくりと手を伸ばし私のまぶたをそっと閉じようとします。私は逆らうことなく彼女の誘導に従います。
すると彼女の手のひらが私の頭を撫でました。
「……憎い程に可愛い子」
そんな言葉と同時に急激な熱が目元に走ります。脳髄にまで届くかと錯覚する程の熱。そして、私の中に何かが一気に流れ込んできます。様々な記憶、私と彼の記憶。そして彼とお父様の記憶。
一度に沢山の感覚に脳が限界と叫びます。それにも関わらず、忘れてはいけない大切な物ばかりが容赦なく流れ込んできます。
「あ……ああ……」
私の目から涙が零れ落ちたのは痛みと熱のせいではありませんでした。
「これで完成。大丈夫よね?」
「……大丈夫です」
鼻から垂れる何かを拭ってそうかっこ付けました。
「そう、良かった。じゃあ目を開けて」
私は目を開けました。
「な、なんですかこれ・・・?」
周りの色がぐちゃぐちゃになっています。
まるで色が溶け出しているかのように、周りの景色が曇り、私の目には全てが灰色に見えました。それなのに赤、青、緑...全ての色が混ざり合って、それはもう見苦しいものでした。言葉に出来ない不快な感覚に、脳みそが限界を突破し私は嘔吐しました。
「もーきたないー」
彼女が指を鳴らすと、私の吐瀉物が全てきれいさっぱりと消えてしまいました。なぜ?
「そんな素晴らしいギフトを貰って吐くなんて少し腹が立つね」
「わ、私に何をしたんですか?説明してください!」
もうハッキリ言って限界です。一体何事なんですかこれは。摩訶不思議にも程があります。
「貴方は一回死んだ、自覚は……あるよね?」
私の最期、あの星空に向かう山道を思い出して、私は小さくうなずきます。
「でも生きている。要は生き返ったわけ」
「え?」
「彼に感謝しなよ。彼が契約しなきゃ貴方に二度目の人生なんてハッピーはなかったんだから」
「契約……?」
「私は悪魔、そう言われている存在。あとはまぁわかるんじゃない?」
そんなファンタジーな……と言おうと思いましたが私はどこかで納得します。
そうでもなければこんな状態はあり得ませんし。
「君の彼氏君との契約で貴方は生き返ったんだよ」
まぁ幽霊と言われる存在に近いかもね。彼女はそう付け加えました。
「……契約ですか?」
「彼氏くんの”一番大切な物”そして”一番優れている物”を差し出すという契約」
「一番大切な物と一番優れている物、ですか?」
「あなたとの思い出と、彼のあの素晴らしい色覚のことだよ。貴方が今体感しているんじゃない?」
その言葉に私ははっとします。私のおかしくなってしまった色覚の世界、これが__
「これが彼が見ていた世界……」
こんなめちゃくちゃで何がどんな色かも分からないのに、色がハッキリわかる、こんな意味の分からない世界。彼はずっとこんな世界で生きてきたというのですか?
「まぁ混乱するのは分かる。でも適当に納得して。納得させるのは契約内容に含まれてないし」
「……ありがとうございます」
この場合これでよいのだろうか?色々と言いたい事がありました。その全てをのみ込んで、代わりにお礼を吐き出します。
「感謝しないで」
「え?」
「あと最後に注意、貴方は私の悪魔の力、それと彼の思い出と色覚を使って蘇らせたの。だからそれがなくなったら消えるから」
「消える……?どういう意味でしょうか?」
「あと、私のような悪魔について誰かに伝えるのは、本当に絶対にダメ。もし伝えたら……伝えられた側も伝えた側も誰も得しない結果になるから」
「あの……さっきから説明が急すぎて……色々とどういうことか……」
「自分で考えなさい。じゃあ私このまま帰るから、じゃあね」
そういって悪魔さんは堂々と歩いて部屋から出て行ってしまいました。最後に「精々幸せに生きなさい」という捨て台詞を残して。
「えーっと」
ポツンと一人残される私。これからどうしたらいいのでしょうか?
気持ちが落ち着かないまま、どうしたらいいのかわからないまま、家の中をうろうろしました。壁には、何の意味もなくかけられた絵があったり、カーテンが風に揺れていたり、普段は当たり前のように感じていた日常が、今はとても違和感を感じます。
ふと目が止まったのは、リビングにあるテレビでした。何気なく電源をつけると、画面には悲しい出来事のニュースが流れていました。
「ああ____」
ニュースキャスターは見慣れた景色を映しながら、お父様が自ら命を経ったという内容を淡々と説明しています。
……彼の思い出で知っていました。知ってはいたんです。
でも……涙って良く分からないタイミングで流れるんですね。
景色が様々な色を滲ませながら歪みます。目頭が熱くなるのを感じます。
涙をこらえようとしましたがここには私一人しかいません。抑える必要なんて全くないのです。一人、そう今は一人なんです。この大きなお屋敷に私は一人っきりなんです。
私はそれから思う存分泣きました。
ひとしきり泣いた後に涙を拭うと、リビングのテーブルにビデオテープが置かれていることに気がつきました。
どうしてこんなところにビデオテープがあるのでしょうか?
不思議に思いながらそれを手に取りました。
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