仲冬の思い出
最初に感じたのは振動でした。
そして、少し遅れてピーピーといった警告音が耳に入ってきます。
何が起きたのでしょうか?
体に気だるさが残っています。私はいつの間にか眠っていたのでしょうか?
ということは今はもう未来?
腕を前に押し出すと蓋が開きました。
「けっほけっほ」
実感が湧きにくいですが、どうやら私はコールドスリープから目覚めたようですね。
さっきまで起きていたというのに不思議な感覚です。
手を前へ押し出してゆっくりと装置から出ます。
地面に足を付けると、ある違和感に気が付きました。上手く力が入りません。
私の体はまるで別人みたいに変わってしまったようです。少し動いただけで心臓がバクンバクンと鳴り始め、歩くこともままなりません。思わず地面へ倒れてしまいました。
あれ。
……おかしいです。倒れたというのに全然痛みを感じません。まるで五感全てが水の中に沈んだような感覚です。
振り返ると私が寝ていたコールドスリープの装置にエラーと表示されていました。
『解凍作業中に予期せぬアクシデント発生』
『緊急解放実行』
『生命の危険あり、今すぐ処置が必要』
きっと私は正しく起きることが出来なかったのですね。
誰かいないのでしょうか。大声を出そうとすると心臓がより一層飛び跳ねてしまうので諦めました。
とりあえず休憩しないと。地面に這いつくばりながら心臓の音が聞こえなくなるまでじっと我慢するのでした。
その間、聞き覚えのある声が聞こえてきます。
彼とお父様の声です。何やら大声で喧嘩をしているみたいですね。
しばらく聞いているとお父様が何をしようとしているのか分かりました。
お父様はどこかのお嬢さんを殺害しようとしているようです。……私の為に。
お父様がそこまでの覚悟があるなんて驚きです。……もしかして私、本当は愛されていたのでしょうか。私とお父様の薄味の思い出を振り返って、少し苦笑します。
とはいえ私の為にお父様が殺人を犯すのは少々ムカつきます。これは止めなければなりませんね。
そうと決めたならばこんな所で這いつくばってる場合じゃないです。立ち上がらなければ。
私は少し緩んだほほを引き締め直し気合いを入れます。
ゆっくりと立ち上がって、足を1歩2歩進めました。だけどそれだけで私の心臓は激しく動き出し、急激な血圧の変化で意識が奪われそうになります。
そして私の体はまたもや地面に倒れこみ、惨めに這いつくばってしまいました。
はは、これはもうダメかもしれませんね。
……ですが諦める訳には行きません。
歩けないのならば、這いつくばって行くしかありません。
私は絶対にお父様に一言伝えなければならないのです。
手足を地面に擦り付けて前に進みます。匍匐前進のように綺麗に出来たらいいのですがそう上手には出来ません。
それでも諦めずに前へ前へ進みます。
体を擦り付けるようにして部屋の扉を開けると驚きの光景が広がっていました。
物や家具が無造作に散乱しており、窓ガラスが砕けて至る所に散らばっています。
私が眠っている間に一体何が……いえ、これはきっと大きな地震が起きたのでしょう。この破壊のされ方はテレビで見た災害特番のものとそっくりです。となれば私が目覚めたのもきっと地震が原因ですね。
さて、こんなにガラスが散乱しているのならばもう進むことが出来ませんね。進めば体に刺さります。そうなればきっと痛いでしょうし、体が傷だらけになります。
……というのは諦める理由になりませんね。
こんなことは些細です。手を地面に叩きつけて体を強引に前へ運び出します。ほら、ガラスの欠片が刺さっても全然痛くない。
痛くないのならば何も無いのと同じです。
私が止めなければ誰がお父様を止められると言うのでしょうか。
私は言ってやるのです。
私よりも自分を大切にしてくださいと。
私はもう十分幸せに生きたと。
これからは幸せに生きてくださいと。
私はお父様の愛、本当は気がついていました。
私はそう言ってやるのです。
優しいお父様に決して人を殺させてやるもんですか。
体中に傷ができました。視界もドンドン白ボケていきます。弱い自分が何度も弱音を吐きます。ですがそれでも私は前へ進み続けます。
そして、お父様の部屋まで辿り着きました。ドアの向こうからお父様と彼の言い争いが聞こえます。でもその根底には私への大きな愛があって……
はは、少し嬉しいですね。
私は最後の力を振り絞って扉を開けます。
「ひとごろしはダメ……なんだよ……?」
言ってやりました。
ああ、私の意識が薄れていきます。
最後に見えたのは驚くお父様の顔と彼の顔。
とても大きくなりましたね。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次に目が覚めると私はベットの上でした。
手を見ると包帯が巻かれています。
「本当に何してんだよ」
声の方を向くと彼が座ってました。
……私が眠ってから何年経ってしまったのでしょうか。
私は少し笑って「久しぶり、であってる?」と問いかけました。
「ああ、待たせたな」と彼は返事をしました。
私からすると全然待った気がしないんですけどね。浦島太郎状態です。
私が苦笑する姿を見て彼は私に抱きつきました。
「ずっとこうしたかった」
私はそのまま彼を優しく抱きしめ返します。
「お疲れ様」
一時の静寂。そして少しすると彼の肩が震え始めます。
「おれ……俺、がんばったんだよ……本当に……」
彼の声はもう誤魔化しようも無いほどに震えていました。
「うん」
私のその一言で彼の目からは大粒の涙がこぼれ落ちました。もう取り繕うことも出来なさそうです。彼は涙声で何度も何度も「ごめん」と謝ってきます。
「うん、うん……うん……」
思わず私も泣いてしまいそうになります。目元には涙が溜まり、声も上ずってしまいます。
「……ねぇお願いがあるんだけど」
「ああ、なんでも言え。全部叶えてやる」
彼の震える声、そして眼差しから伝わる覚悟から否応なく察してしまいました。
__私、死ぬんですね。
~~
私の最後の願い事を何にしようかなと思うと、やはりあの星空が思い浮かびます。
私の最後の願い事としてはロマンティックでいいんじゃないんでしょうか?それに1度ぐらいは彼と一緒に見たいですし。
ああ、彼と一緒に見る光景は一体どう見えるのでしょう。凄く楽しみです。
私がそういうお願いをしてみると、お父様は一言「分かった」と言って車を直ぐに用意してくれました。
運転席に座るお父様は何故か帽子を目深に被っています。いつもは帽子なんか全然被らないくせに……
彼と一緒に後部座席に乗り込むと、とても静かに車が動き出しました。
いっぱい彼と話がしたかったです。私が眠っている間何をしていたんですかとか、身長が大きくなりましたねとか。でも今は少し眠いです……
「__起きて」
彼に体を揺さぶられ目を覚まします。
辺りはもうすっかり暗くなり、窓の外には大自然が広がっていました。
車で進めるのはここが限界なので、ここからは徒歩だそうです。
私たちが車から出るとお父様は一言「行け」と言いました。私が「お父様は来ないのですか?」と尋ねると、お父様は少し笑って「そこまで無粋ではない」と言いました。
無理してるのバレバレな声色をどうにかしたら100点です。
「行こう」
彼がそう言うので、1歩だけ進みます。だけど、たったそれだけなのに激しい目眩が襲いかかりました。私はそれに負けそのまま膝から崩れ落ちてしまいます。
そんな私を見た彼はしゃがみこんで背中を見せました。そして無理やり作ったかのような笑顔で。
「乗って」
彼の背中はとても大きく、そして暖かったです。
コールドスリープで凍りついた体の芯がゆっくりと解きほぐされていきます。
ああ、なんて幸せなんでしょう。今がずっと続けばいいのに。
「それでどこに行けばいい?」
「私が指を指す方向へ」
私は細い細い獣道を指さしました。
彼はゆっくりと歩きだします。
ゆっくり、ゆっくりと……
「なぁ、コールドスリープってどんな感じだったんだ?」
まるでタイムマシンのようでしたよ
「なぁ、聞いてくれよ。俺カジノでぼろ儲けしたんだぜ」
へぇ、それは凄いですね
「なぁ、知っているか?お前の父さん実はダイエットしてるんだぜ」
はは、それはちょっと笑えますね
「なぁ、その星空ってどれだけ綺麗なんだ?」
あなたと見るのならばきっと何よりも……
「なぁ____」
__
「なぁ____」
__
「なぁ、頼むから返事をしてくれ……」
私だって__
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