初秋の思い出
時間が全てを忘れさせてくれる。
そう言ったのはどの友人だったか。
少女と別れてから、再会もできずに中学生になっていた。
もちろん俺はいろんなところを探した。駄目だった。
大人に頼った。無駄だった。
決意は人を大きく成長させる。だけど結果を出すとは限らない。
もうかなりの時が過ぎていった。
少女との記憶が薄れていくのを感じる。
もう諦めるべきなのだろうか。
目を閉じて少女の顔を思い出そうとする。
輪郭がぼやけた顔が思い浮かぶ。
これが時間というのならば残酷だ。
そんなことを思いながらベットに寝転んでいると、突如鳴り響く携帯電話。
なんの気の気なしに電話にでる。
声の主は母親であった。
「あの駄菓子屋のおばちゃんが死んだらしい」
~~
紅葉の色変わる肌寒い秋の日のことだった。
ザーザーと雨が降り注ぐ。
駄菓子屋のおばちゃんが死んだ。
死因は心臓麻痺、布団の中で静かにあの世へ行ったらしい。
おばちゃんはいつも優しく。面白く。楽しかった。
___少女と俺はおばちゃんが大好きだった。
正直死ぬなんて全く考えてもいなかった。
こうして閉店してしまった駄菓子屋の前にたってもいまだに実感がない。
おばちゃんの駄菓子屋に花束を供えて呟く。
「ご冥福をお祈りします」
本当に俺の口からでた言葉なのか疑わしいほど、そのセリフはすんなり吐き出された。
今日が雨で良かった。空をうつさぬ黒い傘を見上げながらそう思った。
「あなたも店主の知り合いですか?」
後ろから傘をさした女性。顔は傘が邪魔して見えない。
「はい、そうです。あなたも?」
「ええ、彼女には色々とよくしていただきました」
そういって彼女は、しゃがみ込んで花束を供える。
そして手を合わせて、追悼の言葉を吐く。
「ご冥福をお祈りします」
真剣な思いのこもったセリフ。それはどこか見覚えのある色をしていた。
俺の脳細胞は今更になって答えを導き出す。
「君は__!」
「ん?」
声の主と俺の目が会う。
雨がスローモーションになった気がする。
少女だ。
「……」
お互い声も出せない。
ピカリと目の前が光った。雷だ。
そして雨がより一層強くなる。
先に動き出したのは少女だ。
傘を放り投げ、どこかへ走り出した。
「待って……」
そんな言葉を吐くが意味がない。
逃げた?なんで逃げた?
頭が現状に追いついてようやく体が動き出した。
足を踏み出す。少女の背中を追いかける。
「なんで逃げるんだ!?」
「……っ!!」
俺の問いかけすら無視して、少女は逃げ続ける。
なんだよ、鬼ごっこはやめたんじゃないのか?
ものすごく早いじゃないか。
だけど追いつけない速さじゃない。
俺だってただ無駄に体が大きくなった訳じゃないんだ。
あと少し、もう少し足を早く動かせば・・・!
手を伸ばす。大地を蹴る。もう少しで届く。やっと背中に触れることができる。
びちゃりびちゃりと水たまりが弾ける。
雨が顔に当たってうまく目が開けられない。
ずっと鬼ごっこで勝てなかった。
いつも俺の負けだった。だけど今回は。
今回こそは____
「はい捕まえた」
雨でずぶ濡れになりながらも、少女の体を抱きしめた。
「足……早くなりましたね……」
「まぁな、陸上部入ったから」
「……そう、それは楽しそうですね」
「……なんだよ」
「なんで私を助けてくれなかったんですか!!!」
少女は叫んだ。遠くで雷が鳴る。
「私はずっとあなたを待っていたんですよ!!」
「あの腐った家から、あなたが助けに来てくれる日を待ち望んでいたんですよ!!」
「それなのにあなたは『陸上部に入った』ですって?バカなんじゃないですか!!」
「幸せそうでいいことですね!!きっと私のことも忘れていたんでしょう!」
「俺だってずっと君のことを探してたんだ!!」
「でも、駄目だったんだ……駄目だったんだよ……俺は頑張ったのに……」
「頑張ったのに……ちくしょう……」
「泣いているんですか?」
雨が泣いているのを誤魔化してくれるというのは嘘だったらしい。
「ああ、嬉し過ぎてな……」
「嬉しい?何がです?」
「君と再会できたことだよ」
「……こんな状態なのにですか?」
「なんだよ、悪いかよ」
「まぁ、点数にするなら30点ですね」
「赤点だな」
「そうですよ」
「なるほどな、じゃあ__」
「好きです。付き合ってください」
「……へ?……あっ!?…………え?」
ドクンと一つ心臓が高鳴った。すると少女の目が、ピンク色に染まっていく。もうひとつドクンっとすると、濡れた髪の毛が。その次は空を映す水溜まりが、アスファルトの道路が、コンクリートの壁が、ドクンドクンという高鳴りに合わせて世界がピンク色に染められていく。
そうか俺は____
こんなにも少女のことが好きだったんだな。
そしてピンク色の中心にいる少女。彼女は混乱した表情で、でも、びっくりするほどニヤけた表情で。とにかくとても幸せそうだった。
俺の思いは伝わった。片思いなんかじゃない。俺たちは今この瞬間、全ての思いが一致しているんだ。
気がつけば雨が止んでいた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
告白というのはもっとロマンチックに行うべきだと思います!!
場の勢いでしたものを私の初めての告白だなんて認められません。
それがどんなに嬉しくってもです!
告白の返事は保留とさせて頂きました。そう伝えた時の彼の狼狽っぷり、思い出すだけで笑いが出そうです。ついでに顔から火も出そうです。
頑固なロマンチストの私は彼を連れて、星空の見える山にやって来ました。
そうやり直すのです。私の母がそうしたように、この満天の星空の下で、もう一度愛の告白を。
当然、家の門限は破りました。お父様との約束を破ってどこかへ行くのは初めてです。でも、良いのです。だってこれは私の人生の中で一番大切な出来事になるんですから。
彼が手のひらにハーと息を吹きかけ、温めるのが見えました。私は慌てて彼の手を握ります。
「こうすると暖かいですよ」
「……ホントだな」
「そういや聞いたことがある」
「何をですか?」
「子供は体温が高いってこと」
「それって私が子供っぽいってことですか〜?」
ダメです。顔がニヤけてしまいます。なんということでしょう!私は私の顔を制御できないみたいです!えへへへ。じゃない!!早くどうにかしないと!私のクールなイメージが壊れてしまいます!!
私が誤魔化すように深呼吸すると彼も同じように深呼吸。顔を見合わせて少し笑う。
繋いだ手を強く握ると強く握り返される。たったそれだけで私たちは何よりも楽しいのです。
感情をもやして、私たちはドンドン山を登って行きます。闇夜なんて全く怖くありません。
___気がついたらそろそろ頂上ですね。
そろそろ告白の時間(2回目だけど)です。そう考えるとドンドン期待が上がっていきます。私はどうなっちゃうのでしょうか?
なんでこんなにも足取りが軽やかになるんでしょうか?なぜ私の心臓がこんなにも高鳴るのでしょうか?ドクンドクンという音が耳をつんざくように鳴り響きます。
ドクンドクンドクンドクンドクンドクン
いや、ちょっと流石にうるさすぎませんか?
恋ってこういうものなんですか?
「_____い、大丈___か?」
ほら、彼の声も聞こえて来ないではないですか。
心臓の音が邪魔すぎです。
あれ?彼の顔もなんだか見えにくいような……
これって恋は盲目っていう…………
あ、あれ?力が__________
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
正直に言って頭がパニックだ。
山道を登っていると、少女が急に倒れた。
それからのことはよく覚えてない。
とにかく必死で少女を病院まで運びこんだらしい。
「なんでこんなことに……」
たった1人の待合室でポツリと呟く。
俺がもっと彼女をよく見ていれば、もっと冷静になっていれば。
俺は何やってんだ。
お前がしっかりしていれば。少女の色がおかしいってことは前から気がついていただろ。
お前が真っ先に気づいていたハズなのに。
お前が。お前が。お前が。
自分を傷つける言葉ばかりが脳裏に浮かぶ。
心の中に重く苦しい暗いものが満ちてゆく。
しばらくすると、大慌てで悲しみの色を背負った男がやってきた。一目見て思い出した。
忘れることの出来ないあの顔。少女の親父だ。
ヤツと目があう。するとヤツの顔がみるみる赤く染まって行く。黒の混じった赤。
危険な色。怒りの色だ。
瞬間、脳髄にまで響くドギツイ打撃音がなる。目の中に火花が散って、ようやく俺はヤツに殴られたのだと理解した。
「てめぇ!!何すんだよ!!」
反射的に殴り返す。素人のみっともねぇ喧嘩パンチ。
そこに理性なんてものはなかった。
「またお前か!!娘に近寄る害虫が!!」
アイツが感情丸出しで吠える。
「うるせぇ!!監視ばかりのクソ毒親がぁ!!」
懇親の力を込めた右ストレート。しかしそれは軽々と受け止められてしまった。
大人と子供。覆せない腕力の差がそこにあった。
「お前に何がわかる!?」
「あ゛?」
「誰が好き好んで娘を虐める!?誰が好き好んで娘から学校を取り上げる!?そんな親がいると思うのか!?」
「は?」
「私は父親だ!!娘を守るためならなんでもする!!憎まれようと、バカにされようともだ!!」
「急に何言ってんだオッサン……」
唐突にとても大きな感情をぶつけられたじろぐ。オッサンの目には涙が浮かんでいた。
オッサンは俺の胸ぐらを掴んで叫ぶ。
「それがお前がぶち壊しやがった!!」
「…………意味わかんねぇ」
「ああ!!だろうな!!私にしかわからんよ!!私にしか……わからんよ……」
オッサンの手が俺から離れる。
「…………私は分かっていた。いつかこんな日が来るのは分かっていた。いつかあの子が……でも今、なのか……?」
「まだ酒の味も知らないんだぞ……なぜ今なんだ……」
「私はちゃんと守っていたんだ!!世界から!外界から!!」
「なのに!!なのに……!!なぜ今なんだ!!」
「私から奪わないでくれ……私に守らせてくれ……」
「……私の生きる価値は、あの子だけなんだ……それを取り上げないでくれ……」
「私はあの子を守れと、そう言われたんだ。愛する妻の最期の願い。そうなんだよ……託されたんだ……」
「あんなに何回も……何回も……約束したのに……」
「また、守れないのか……?」
「やっぱり私1人じゃダメだったんだよ……やっぱり君がいなきゃ……」
「どうしたらいいんだ……教えてくれ……こんなのはもう呪いだ……」
目だけは俺を見ているが、明らかに俺に向けて喋ってはいない。
「……もう終わりにしたい」
「なんだよ……」
このオッサン、イカれているのか……?
バタバタと看護師が駆けつける。
「あの子の父親でしょうか?医師のほうへご案内いたしますので、ご一緒にお越しください」
修羅場だというのを察してなのか必要以上に明るい声色。
正直助けられた。
「あ、俺も行く」
そう言ったが、看護師さんにゆっくりと首を横に振られた。
「すみません、まずは親族の方だけに……」
「え……」
なんだよそれ……俺はダメって言うのか……
「……お気持ちはお察しします。ですが規則ですので」
「わ……わかりましたよ」
噛み締めるように吐いたそのセリフには悪意がこもってしまった。看護師さんは悪くないのに……
そしておじさんは看護師に連れられ、少女の元へ向かう。
俺はそれを眺める事しか出来なかった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
えっと、どういうことなんでしょうか?
なんで私は病院にいるのでしょうか?
分かりません。記憶のつなぎ目が曖昧です。
しばらくすると、白衣の男の人が部屋に入って来ました。
「おっ、目が覚めたかい?」
「病院のおじ様?」
入ってきたのは顔馴染みのおじ様。子供の頃彼と一緒に海に行くとよく遊んでくれた。
「本当に医者だったんですね」
「疑ってたのか・・・」
「アハハ、冗談ですよー」
「それにしても、君があのお嬢ちゃんとはね。子供は成長が早いもんですねぇ」
「なんですかその喋り方、違和感すごいですよ」
「いや、一応ここは公の場だからさ」
「ああ、なるほど……」
「それでね、君はどこまで思い出せるかな?」
えっと確か私は彼に告白されて、でもそれを保留にして、そう、星を見に山に登った……
あ、そうだ……続き……早く告白の返事をしなきゃ……
彼に会いたい……いや、会わないと行けない!
私の告白はまだ終わってないのです!!
早く伝えたいのです!伝える必要があるんです!
「医者のおじ様!!すみません!!私、行かないと行けないところがあるんです!」
「おいおいおい、待て待て!!」
「私、どうしても伝えないといけないことが!!」
体を押し上げて病室から出ようとする。
おじ様に手を掴まれたが強引に振り払う。
そして逃げ出すように扉を開けた。
するとそこにはお父様が立っていた。
「待て、行くな」
「たとえ、お父様だろうと!!」
そう言って強引に抜け出そうとする。
「違う、そうじゃないんだ……頼むから話を聞いてくれ……」
声に違和感。どこか震えているように聞こえました。
お父様の顔を見ると、目が涙で充血しています。あのお父様が泣いている……?
私は初めて見るその姿にハッとしました。
バツが悪くて、医者のおじ様の方を見ると優しく、椅子を差し出してくれました。
「話だけでも聞いてくれないかな?」
私はコクリと頷かざるをえませんでした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
翌日_______
俺はお花の手土産を持って病院に行った。
当然、少女のお見舞いのためである。
「大変長くおまたせしました、受付番号B45番の方1番の受付にお越しください」
握りこんだ紙を開いて確認する、そこに書かれているのはB45、呼ばれたのは自分で間違い無さそうだ。
すっと立ち上がって受付に向かおうと聞き覚えのある声に呼び止められた。
「よぉ、ボウズじゃねぇか」
「医者のおじさん!」
そこに居たのは顔馴染みのおじさん。ここの病院に勤めていたのか。
「その顔……ちょっと着いてきな」
「……でも、今受付に呼ばれてて」
「嬢ちゃんの事だろ?」
「……!!知っているんですね?」
「担当医だからな。着いて来な」
そう言って僕達が向かったのは、誰もいない病院の屋上だった。
「いいんですか?こんなところに来て」
「俺が許可したらな」
そう言っておじさんはタバコを取り出した。
「タバコ吸っていたんですね……」
「禁煙してたんだがなぁ……今ばかりは吸いたくてな……」
そう言いながら、ライターでタバコに火をつける。
ゆっくりと息を吸ったかと思うと重く息を吐き出した。
「あの嬢ちゃんはここにはいない」
「ああ、良かった!無事なんですね!」
「いや……」
「え?」
「あの嬢ちゃんはな……このままだと死ぬ」
「…………は?」
死ぬ?死ぬって言ったのか?この人は?
「どういうことなんですか!?」
勢いに任せて胸ぐらを掴む。しかし、おじさんは決して目を合わせようとしなかった。
「そのまんまの意味だ」
「意味わかんないですよ!!」
「あの嬢ちゃんの心臓はな、疾患を抱えている。それは厄介な代物でな、現時点で病院側から出来ることは何も無い」
「はぁあ!?」
「あの嬢ちゃんの心臓はいつ止まってもおかしくない。そんな危険な状態だ」
「……」
「……」
「嘘……ですよね?」
「………………」
「そ、そんな……」
世界がグラつく、重力が右へ左へ揺れる感覚がした。
死ぬ……?あの子が死ぬ……?
冷静に受け止める自分と決して認めない自分が必死に争っていた。
「助ける方法は……ないんですか……?」
「あるにはあるんだが……言いたくはないな……」
「あるのなら教えてください!」
「……届かない希望ってのは、何よりも残酷だよな」
「何言って__」
「心臓をな、移植するんだ。今の医学ではそれしか方法がない」
「え?」
「心臓移植には当然、心臓を提供してもらわなきゃいけない。人の命が必要になるんだ。しかも子供のな。それがどんなに難しいことか……」
「万が一臓器提供者が見つかったとしても、拒絶反応があれば意味がない」
「それに金も大量に必要になる。臓器移植の順番抜かし、それに腕の立つ医者、事後費用、etc……1億程度じゃ足りないかもな」
「つまりだ。心臓を移植するには、確率にするのも馬鹿らしいほどの奇跡的な確率で適合する臓器を発見し、更に莫大な金も必要となるわけだ。……彼女が生きている間に」
「……でもそれを達成したらあの子は助かるんですよね?」
「だから言いたくなかったんだよなぁ……」
黒い煙を吐きながら、おじさんはそう言った。
「はっきり言おう、無理だ」
「でも…………他に方法が……」
「…………」
重く苦しい沈黙、その中でタバコの煙がモクモクと揺らめいていた。
おじさんは1度大きな呼吸をしてから言葉を吐く。
「……今言ったのは現時点での医学の話だ。将来的には薬での治療ができる可能性があるらしい。実際にこの病気について研究が行われているそうだ。俺も論文を読んだが、もしかすると……」
「可能性はあるんですか?」
「心臓を移植するよりはな……」
少女を助けるにはそれに賭けるしかないのか……そんな確証もない可能性に……
どうしようもない現実に理想が追いつかずふわふわする。
頭は現実逃避をしたいと願っているが、自分の脳みそは現実逃避ができるほど柔軟にはできていなかった。
おじさんは再び深く深くタバコを吸い込み、言葉を吐き出す。
「だからなお前はずっと嬢ちゃんの側にいてやれよ……」
「……俺に出来ることはそれだけって意味ですか?」
「そんな穿った見方をするんじゃねぇよ。俺は心からそうして欲しいと思っているんだ」
ほらこれを見ろよ、そう言っておじさんは携帯の画面を俺に見せつける。
そこに写っていたのは楽しそうに笑う子供の頃の俺と少女の画像だった。
「ハハ、楽しそうに笑ってやがるぜ。ほら、この写真もいいだろ」
そう言っておじさんは次々に写真を見せてくれる。
「お前らって本当にいつも笑顔なんだな。どの写真も笑っているぜ。本当、本当にいつも楽しそうだな……本当に……楽しかった…………」
「おじさん?」
「……実は俺もお前らと遊ぶのは楽しかったんだ。楽しかったんだよ……」
「…………」
「ちくしょう……」
吐き捨てたその言葉にどんな思いが込められていたのか。
小学校の国語の問題よりも簡単だった。
「ああそうだ。ボウズ、お前にこれを渡しておく」
そう言っておじさんが渡したのは、住所の書かれた紙切れだ。
「これって……」
「職権を濫用した。意味はわかるな?」
コクリと頷く。この住所はきっと____
「なら行け」
ドンと背中を叩かれる。そうか、おじさんの思い、受け取ったよ。
俺はありがとうと告げ、全力で駆け出していた。
おじさんは見送らず、ずっと空を見つめていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
死ぬ?死ぬってどういうことなんでしょうか?
今まで考えたこともありませんでした。
私はいつものように鳥籠のような部屋の中で考えます。
例え私が死ぬとして、未練はあるのでしょうか。
……ありますね。沢山あります。
真っ先に思い浮かぶのはあの人の顔。
告白がまだできていません。
そして、私の連絡先や住所を教えていないことに気が付き、静かに絶望しました。
彼はまた私を探し回ることになるのでしょう。彼が私を見つけるのにどれほどの時間がかかるのでしょうか。
たとえ、彼と出会ったとして彼に告白をしてもいいものなのでしょうか。
私は死んでしまいます。だったら彼にはこのまま諦めてもらう方がいい。出会わない方がいいんじゃないんでしょうか。
だから私は何もせずずっとこのままで……
ああ……そうか……私はきっと何も出来ずに、世界も知らずに、愛も知らずに、この孤独な洋館で死んでしまうのですね。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。
「あーーーーーー!!!!」
恐怖に勝てず意味もなく叫んでしまいました。
少しスッキリとはしましたが、すぐに心臓を鷲掴みするような死の恐怖が絡めとって来ます。
「本当に誰か……助けてください……」
無意味な独り言。ひとりぼっちの館で答えてくれる人はいませ______
ピンポーーン
滅多にならない家のチャイム。
誰でしょうかこんな時に。
父は今どこかに出かけていますし、私が出ないと行けないのでしょうか?
もし怖い人だったら?……そんなことを考えても仕方がないですよね。どうせ私は死ぬのですから。なんでも来いです。そう、私は無敵なんです。
そう思いつつ玄関の扉を開けると____
そこには愛する彼が立っていました。
「嘘……」
「やっと見つけた」
「だって……そんなはずは……家の場所知らないはずじゃ……」
「ああ、それなら職権濫用パワーで解決」
「職権濫用って?……あっ!!」
「そういうこと」
医者のおじさん、あなたって人は本当にいい仕事をしますね。
「あのさ、こういうことさ、本当は何度も何度もすることじゃないんだけどさ……」
「え……」
「言っていた星空の下じゃないけどさ……」
「ま、待って。待ってください」
「もう一度さ、言わせてくれ」
「う……」
「君のことを何よりも愛している。どうか俺と一緒に最期までずっと居てくれないか?」
「…………」
ダメです。ダメですよ私。
ちゃんと断らなきゃ……断らなきゃだめなんです……
だって……
「えっと……その……ご、ごめ……」
なんで、なんで言えないの私。断らなきゃ。
すぐに死ぬ私なんかが彼を縛ってはいけないんですよ?
きっと私がここでOKを出してしまうと、彼は私という十字架を背負うことになるんですよ?
でも断れない?自分の心に嘘をつけない?
私のバカ!!彼を思うのならば、彼の幸せを祈るならば、ここでこっぴどく振ってください!!
自分の幸せよりも、彼の幸せなんです!!そうですよね!!
「…………や、っぱり……話しかけないでください。わ、私、あなたのことが、あなたのことがき、嫌い……なん……です……」
__これで、これでいいんです。
ああ、なんでなんで、なんでなんですか。
なんで涙が出ちゃうんですか。こんなんじゃ、こんなのじゃ。バレちゃう。バレちゃダメなのに。
本当は好きってバレたらダメなのに。
「う……あっ」
なんで私を抱きしめるんですか。
なんで私の頭をヨシヨシしてくれるんですか?
なんでそんなにも暖かいのですか?
こんなことされたら、もう……もう____
「うっうっ……わぁぁぁああああああ」
無限に涙が出てしまいます。感情が溢れ出ちゃいます。ああ、ダメなのにダメなのに!!
「ど、どうしてそんなに優しいんですかっ!!」
「どうしてそんなに暖かいんですかっ!!」
「どうして私の気持ちがわかるんですかっ!!」
「……好きだから」
「ああ!!もうっ!!なんでそんなセリフを言えるんですかね!!」
「君は?」
「私も……」
言っちゃダメ。
「私だって……」
言っちゃダメなのに。
「私だって……好きです!!愛しています!!」
これで彼は不幸になるのに。
「……っ…うっ…うわぁあああん」
子供のように感情をぶつけて、泣いて、なんて滑稽なんでしょう。
なんてかっこ悪いんでしょうか。
「ありがとう」
ありがとう?ありがとうですって!?
それが言いたいのは私の方なんですよ!!
もういいです。付き合いましょう!!
私の人生の残りはもう彼にあげちゃいましょう!!
そして彼に私という十字架を背負って貰いましょう!!
そうしましょう!!
だってそれが私達の望みなんですから!!
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