晩夏の思い出
夕暮れに満ちた帰り道。いつもの別れの色。
オレンジ色に満ちた、夕暮れだ。
「あーー明日からまた学校だよーめんどくさいなぁ」
「……」
「ん?どうしたの?」
「……えっと、あの……」
「あ、わかった!夏休みの宿題やってないんだ!」
「そんなの夏休みが始まる前に終わってますよ!」
「え、それはすごいね……」
「いえ、そんなのはどうでもよくて……」
「だからどうしたのさ?」
「……いつ言おうか迷ったんですけど」
「んー?」
「実はわたし、もう学校に行けなくなりました!」
少女は無理やり笑顔を絞りだして、そう言い放った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「もう学校にいくのはやめろ」
「……?」
今日は珍しく、一緒に夕食を食べているかと思えば、何か不思議なことを言い始めました。
?どういうことなんでしょうか?
言葉に頭がついていかないなんて初めての経験です。
「もう学校に行かなくていいぞ」
「えっと、冗談ですよね?」
「冗談なんかじゃないぞ」
ザーザー……ああ、また雨が降り始めたようです。
「えっと……義務教育って知っていますよね?」
「家庭教師を雇う」
「……」
「……」
なんてことでしょう。本当に本当のようです。
お父様の目がすわっています。
「……理由をお聞かせいただけますか?」
「……お前のためだ」
「それで納得するとお思いですか?」
「……お前は大きくなった。外は危険だ」
ザーザー……なんてことでしょう。会話ができる気がしません。
私が子供だからでしょうか?それともお父様の素晴らしい語彙力のせいでしょうか?
「……私だって、学校に行きたいんですよ」
「わかってる」
「拒否権はあるのでしょうか?」
「ない」
どうやら、人権もなさそうです。
「……」
「……」
「……いつからですか?」
「夏休みが終わったらだ」
なるほど。私が学生でいられるのは、この夏休みまでですか。
それってもう終わっていません?
「夏休みにはまだまだ約束があるんです。彼との」
「……それぐらいならいい、夏休みの間はな」
ピカリ。雷で窓が白く輝きました。
「すみません。食事はここまでとさせてください。なんだか食欲がなくなりました」
「ああ、そうか……」
そして、自室に戻り、ベットに倒れこみます。
「うわあああああああああん」
悲しくて悲しくて、涙が止まりません。
込み上げてくる悲しい気持ちに歯止めが効きません。
助けてください。助けてください。私は不自由です。
おかしいです!こんなのおかしいです!!理不尽です!!
こんな家から出てやりたいです!!
突如、ドアがノックされました。
「……なんですか?」
「すまなかった」
「それだけですか?」
「ああ……」
枕を爪がくい込むまで握りしめ、ドアに投げつけます。
「ボフウ」そんな音しか出ませんでした。
私の怒りを表すのには不十分です。
「私はもう寝ます。おやすみなさい」
「……おやすみ」
寝るなんて嘘です。悲しみと怒りでどうにかなってしまいそうです。
こんなので寝れるはずがありません。あってはいけません。
こぶしを握り締めてベッドを殴りつけます。こんな感情は初めてです。
まさか私が物に当たるなんて。だけど、悲しみと怒りは全然おさまりません。
「うう…ひっぐ……うわああああああん」
悲しくて悲しくて気がどうにかなりそうです。どうにかなってしまいたいです。
辛いです。辛いんです。
「………………………………………」
……もう寝ましょう。意味がありません。
おやすみなさい。
おやすみなさい……おやすみなさい……おやすみなさい私……
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「実は私。転校することになったんですよ」
少女はそう言い捨てて、車に逃げていった。
嘘だ。僕にはわかる。少女には嘘の色が漂っていた。
どこかへ走ってゆく車。何もできずに呆然と立ち尽くす僕。
理解するので現状を理解するので精一杯だった。
何ができるのか、何をすべきなのか、まるでわからなかった。
走り去ってゆく車の窓を開けて少女は叫んだ。
「どうか私を助けてください!!」
「……ああ、ああ!!!」
気が付いたら、僕は走り出していた。
どこかへ走り去る車を追いかける、走っても走っても届かない。
だから叫ぶ。
「僕は___」
「いや、俺は!__絶対に君を探し出してみせる!!」
「絶対に迎えに行くから!!!」
「待ってます!私の家はあの山の___」
窓が閉じられ、少女の言葉がかき消された。
また、あのおっさん……!
また、あのおっさんのせいか
また、あのおっさんのせいか!!
そして少女を乗せた車は無情にも、去ってゆく。
走っても走ってもどんなに必死に走っても届かない。
車はどこかへ消えていった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
彼との別れはいつも朱色の風景。
そして、この窮屈な車。
「……”どうか私を助けてください”か。……まるで私が誘拐犯みたいだな」
「さほど違いはないかと思いますよ」
「……似てきたなぁ」
「え?」
「いや、なんでもない」
気がつけば、夕日が暮れて黒へ染まっていきました。
ああ、赤ですらない黒の色。絶望の色だと思います。
私が彼と出会うことはあるのでしょうか?……きっと出会えます。
彼は最後に絶対に迎えにくると言いました。私は信じることにします。
って、あれ?
「いつもと道が違いますよ。どこに行こうとしているんですか?」
「お前に見せたいものがある」
「そうですか……それで私の機嫌が治るといいですね」
「……すまない」
「なんで謝るんですか?」
「いや、なんでもない。ただ謝りたかっただけだ」
なんですかこのお父様の態度。腹が立ちますね。後ろから蹴り上げてやりたいです。
私にはそんな勇気はありませんが。
そしてしばらく時間が経ち……
お父様は車を止めました。ドアのロックが外れたので、外に出ます。
胸を貫く新鮮な空気。暗くて見えづらいですが、ここは森?でしょうか?
なんでこんなところに?
「どこですかここは?」
「ここに名前はない。あったとしても私は知らない」
お父様との会話で私が何か得られたことがあったでしょうか?いえ、ありません。
「そうですか……私に見せたいものって?」
「もう少し奥にある。車では行けない」
「はぁ、なるほど」
そう言うと、お父様は私に背を向けてしゃがみ込みました。
「?何しているんです?」
「道は長い。背中に乗れ」
「え?いや、歩けますけど?」
「いいから」
「はぁ……それも私のためですか?」
「そうだ」
「ほんと、いい言い訳ですね」
「……」
そういって、私はお父様にオンブされます。わぁ、まるで親子みたいですね。
本当に親子なんですが。
そしてお父様はゆっくりと森の奥へ進んでいきます。
なんだか不気味です。私はどこに連れていかれようとしているのでしょうか。
……思えば、ここは人の気配が全くありません。
嫌な予感、嫌な想像ばかりが思い浮かびます。
私はお父様を本当に信用しても良いのでしょうか?
逃げ出すべきなんじゃ無いでしょうか?
少しもがいてみましたが、足ががっしりと固定されていることに気が付いてしまいました。
これでは逃げ出せそうにもありません。……つまり、信用するしかないということです。
流石のお父様といえど、実の娘を取って食うわけがありません。きっと大丈夫です。
考えれば考えるほど嫌になってきます。怖くなってきます。怖いです__
~~
「……起きろ」
そんな声が聞こえてきました。私はいつのまにか眠っていたのでしょうか。
重い瞼を擦りながら目を開けます。
「ほへ?」
思わずそんな声が出てしまいました。
あたり一面の星々。寝起きで滲んで見える星空はとてもとても綺麗に見えました。
「これはなんですか……?」
目も慣れてきたのか、くっきりと空が見えます。どこまでも遠く深く見える星空。
どんなに眺めても底がしれません。ああ、とても綺麗です。
「これがお前に見せたかったものだ」
「……そうなんですか」
私はぶっきらぼうに答えます。
確かに綺麗なのは認めます。しかし、だからどうしたのでしょうか?
これで許してもらえると思えるほどのロマンチストだったんでしょうか。
「今日がなんの日か、覚えているか?」
「夏休みの終わり。私の学校生活が終わる記念すべき日です」
「そして___」
付け足すように言葉を紡ぐ。
「私の10歳の誕生日です」
「ああ、そうだ……そして、お前の母さんの命日でもある」
「え?」
「ここにお前を連れてくるのは、お前の母さんとの約束だ」
「そう……なんですか……?」
お父様がお母様の話をするとは、とても珍しいです。
私がお母様について知っているのはもう死んでいるということだけ。
顔も遺影に写っている笑顔しか分かりません。
「お前は私がびっくりするほど、しっかり者に育ってくれた。しっかり者すぎるような気もしないでも無いが……まぁ、もう物心も十分にあるだろう。だから母さんの話をしてやる」
「……」
私はきっと今日のことを忘れないでしょう。
星空とそしてお母様の話を。
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