第24話

 その日のデートは、近場の買い物に出かけた時と明確に違うことが一つだけあった。

 ――ひなたの、格好だ。


「……その格好で外歩くの、やっぱまだ違和感あるな」

「まだ言うの!?」


 ひなたにスケジュールを丸投げしていたので、その日に何が行われるか俺は何も知らないまま朝一で家を連れ出され、最初にやってきたのは映画館。

 流行りものの映画(といってもデートっぽい恋愛映画でなく最近ネットで話題になってるポストアポカリプス系のヒャッハー映画だが)を見て、映画館にあるちっさいカフェで感想を言い合ってると、ひなたの服装に目が行った。


 ひなたが、変装をしていない。

 ありのまま――、いや裸とかそういうわけじゃなく――ウィッグも眼鏡も、いつも近場に出掛ける時はカズの散歩中であろうとしていた変装ルックではない。篝ひなたの、格好だ。

 もう見慣れてしまった男子の格好でなく、女子の服。アルバイトに行く時すら変装してるひなたが目立つ金髪と双丘を隠さず部屋着以外を着てる姿を見たのは初めてで、何度も目が行ってしまう。いや胸にじゃなくてね? 髪ね髪。金髪クッソ綺麗だよなって話だから。


「悪い悪い、だって、……見られたらどうすんだ?」

「どうするって?」

「いや、クラスメイトとか、どこにも居ないわけでもないだろ」


 関東に人間何人住んでんだって言えばそれはそうなんだが、高校生の活動圏内なんて限られてるしな。映画館は暗いし人も少なかったが、朝出たのもあって、映画一本見終えてもまだ昼前である。


「別に、見られたら見られただよ」

「……女だってバラすのか?」


 コクリ、と自然な顔で頷かれたので、俺の方が溜息を吐いてしまった。


「なんでそーまくんがそんな反応するの!?」

「いや、だって、……なぁ」


 なんて言えば良いのか、自分でも分からない。けれど、なのだ。

 ひなたの本当の姿は、俺だけが知っていたい――、そんな独占欲のようなものを感じていたのを今更自覚し、それで溜息が漏れた。なんなんだよ、俺。


「……嫌?」

「まぁ、ぶっちゃけると、そうだな」

「どうして?」

「どうして、っつってもなぁ……」


 自分の中でも言語化出来ないこの感情を、ひなたに伝えられるとも思えない。故に沈黙を選ぶと、俺の口にポテトが突っ込まれた。

 むすっとした顔のひなたが、唇を尖らせている。


「……悪い」

「ちゃんと説明して。何が嫌なの?」

「…………そのひなたを、皆に見られるのは、なんか嫌だ」

「…………えっ」


 口にねじ込まれたポテトを咀嚼してから答えると、ひなたはゆっくりと顔を赤く染め――


「……だから言いたくなかったんだよ」

「なっ、なんで? なんで嫌なの?」

「わっかんねーよ。なんか嫌なんだよ」

「なんで?」

「分かんないんだって」


 それが、独占欲なのは分かっている。

 でも、どうして独占欲なんて感じてしまうのかが分からない。

 ひなたは学校では誰よりも人気者で、男子とも女子とも、誰とでも仲良さそうに話してるし、よく女子に告白までされてるらしい(女子が女子に告白されるなんてちょっと面白いが)。それでも、学校で皆に囲まれてるひなたを見ても、こんな気持ちになることはなかった。


 だから、――なんでだろう。

 なんで、本当のひなたを皆に見せたくないのだろう。

 自分の中の気持ちが、自分でも分からない。


「じゃ、じゃああ、さ、そっ、そーまくんは、ボクが男の格好してた方が良いの?」


 顔を真っ赤にして明らかに照れながら言われ、なんでこんなことで照れてるのか分からない俺は首を傾げながら答える。


「いや、どっちかなら女の格好のが良いな」

「……なのに、この格好は見られたくないの?」

「そういうことだな」

 ちゃんと説明されてもよく分かんねえなこれ。


「ウィッグとか付けてる時も、そう思ってた?」

「ん? ……いや、別に」

 正直に答えると、ちょっとだけ嬉しそうに頬を緩ませたひなたは「ふぅん……」と漏らす。


「どーしよっかなー」

「……いや、まぁ、好きにしてくれ……」

 俺がどうこう言う話でもないしな。好きな格好しててくれ。


「じゃ、ボクが女子の制服着て登校しても、良いの?」

「…………………良いぞ」

「沈黙長くない?」

「オレハ、トメナイカラナ」

「なんでカタコトなの?」

「……だって、ひなたがそうしたいならそうするべきだろ。胸キツいってよく言ってるし」

「まだおっきくなってるんだよねぇ、どうしてかなぁ」


 むにむに胸を揉みながら言われる。やめろッ!! 意識しないようにしてたのに血がッ! 血が下半身に流れて行くッ!!


「……知らん」

「おっぱいって揉めばおっきくなるらしいけど……」

「自分で揉んでんのか?」

「そんなことするわけないでしょ!?」

「そっ、そうなのか」


 いきなり恥ずかしそうにするな。今普通に揉んでただろ。違うのかよ。


「ぼっ、ボク、眠り結構深い方だから、夜寝てる時何かされてても気付かないんだけどなー」


 チラッチラッと擬音が書かれてそうな顔で言われ、「……そうか」としか返せない俺はチキンなんだろう。

 確かにいつも俺の方が寝るのは遅いが、流石に寝てるひなたにイタズラする気はない。俺にそんな勇気はない。


「……いくじなし」

「言っとけ。……んで、どうすんだ格好」

「どうするって?」

「女子の制服、着るのか」

「んー……」


 首を傾げたひなたは、しかしあっさり答える。

「まだ、良いかな。もしバレたらその時考えるけど」

「そうか」


 ――ホッとするなよ、俺。

 周囲にクラスメイトっぽいのが居ないのを確認して、溜息を吐く。クソ、周りに居る若いの、全部同級生に見えてくるな。そんなわけないのに。


「そろそろ次いこっか」

「……おう」

「今日は寝かせないからねっ!」

「えっ、待て、明日まであるのか!?」

「丸一日開けてって、言ったよね?」

「確かに聞いたが……、普通夜までだろ!?」

「まぁ、それはボクの気分次第ってことで! んじゃ次の目的地へしゅっぱーつ!」


 ちょっと強引に俺の手を引く、ひなたが、

 その時本当に嬉しそうな顔をしていたので、それ以上文句は言えなかった。

 こんな顔を見るのは、初めてだったから。

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