コンクイスタ入場
「続きまして、赤コーナーより光と闇のパーフェクトユニット、フューリアスのジュニアヘビー完全制圧を目論む『コンクイスタ』より、力が全て、肉と書いてパワーと読む、エンパイアジュニアヘビータッグチャンピオン、ガイア・ザ・ジャイアント選手、入場!」
アーーーーーーーーアーーーーーーーー
会場にサイレンの音が鳴り響き、照明も幾分切られて暗くなり、赤いスポットライトのみが、無差別に動き回る。切迫した状況、エマージェンシーな演出だ。
戦車が登場しそうな爆音と轟音が鳴り響く音楽とともに現れたのが、ガイア・ザ・ジャイアント。
「ああーっと、やってきました。赤コーナーより、ガイア選手ですね」
「今シリーズから、おおよそアースから独り立ちしたような感じですかね」
「そうですね。マサさん。まずは見た目。髪を剃り上げました」
「これで、アースと試合してもどっちがどっちが良くわかります」
「はい、実況泣かせの二人だったんですが、髪のあるほうがアース選手、無いほうがガイア選手と良くわかるようになりました。それと技のほうが幾分と変わってきてますね」
「ええ、華選手のフラワーシリーズの技を使ったり、他にも研究の後が見られて、アースの下位互換のような存在ではなくなった印象です。これは残り二人が目立つ分、脇役のような存在だったんですが、そうはいかないぞという気概がみられますね」
マサさんがガイアを褒める。
「そして、今シリーズにはカオル選手とタッグのベルトを奪取しました」
新木の声が弾む。
「いい試合でしたからね。充実したシリーズになってますね」
マサさんもガイアを褒める。
一方ガイアはそんな事はお構いなしに、よって来る観客を一人一人を威嚇するというファンサービスを展開していた。
「キャーーっ」
アースと違い、愛嬌があるのか意外と女性ファンが多いのもガイアの特徴だ。
リングに着くと、滑り込むようにリングインをし、アースをずっと睨んでいる。
アースはそんな事は目に入らないように、視線を合わさない。
間にレフェリーが入り距離を取る。
「ガイア選手はかなり気合が入ってますね。試合前からバチバチですね。マサさん」
「やはり、ウルフ群というよりアースに対して、元師匠みたいな存在ですから、超える超えないみたいな感情でしょうね。ここのぶつかり合いも楽しみですね」
場内の照明が落とされ、真っ暗になる。
「キャーーーー」
暗くなっただけで、カオルファンは悲鳴を上げる。重要大会ではお決まりの入場だからだ。
「闇から生まれしプリンス、プロレス業界に舞い降りた堕天使、ジュニアの制圧は通過点、エンパイアジュニアヘビータッグチャンピオン、シャイニングプリンス、カオル、入場!」
流れて来たのは演歌調の前奏。これまでのカオルの入場はロック調のものだった。
「ああーっと、カオル選手の入場ですが、いつもと違いますね。これは、あれですか? マサさん」
「演歌ですね。これは、聞いた事があります。名曲ですよ」
女性の声で、無骨な男が何も言わずに家を出て、一人で家にいながらその人への思いを描いた歌詞を、しっとりと歌い初めた。
そこへピンスポットが入場口へとあたる。立っていたのは、黒を基調とした着流しを着たカオル。腰にはドスのようなものまで差し、肩にはタッグのベルトを掛けて立っている。
「ああーっとこれはカオル選手、入場を大きく変えてきました。純和風な感じというのでしょうか、演歌に着流し」
「髪は相変わらずの金髪のロン毛だけど、似合ってるますね」
「ええ、確かにいい男は何やって似合うという事でしょうか? マサさん」
「これをやれるのはなかなか出来ないですよ」
ゆっくり歩いて、リングへ向かうカオル。女性ファンが鉄柵までよって来るが、公式ファンクラブが組織としてしっかりしているので迂闊にさわったりはしない。しっかりと整備された形で、カオルの入場を見守るというのが通例だ。
ゆっくりとリング下まで行くと、ガイアがロープを下げて入りやすいようにしている。
カオルはガイアに一声かけると、頭を下げてリングイン。それに合わせて、演歌の曲もピークを迎え、ボリュームも幾分上がったようだ。
そして、ファンも拍手を一斉に送り入場を盛り上げる。
カオルはそれに右手を上げて応える。
ファンは一応にうっとりとカオルを見惚れていた。
カオルは、そのまま一直線にウルフの元へ向かう。
「カオルはまっすぐにウルフ選手の所ですね」
「ウルフはアルクホールに一時期所属していて、その頃から折り合いが悪い二人でしたから」
「今日はその因縁からのこの二人の絡みは楽しみですね。マサさん」
「はい、楽しみです」
場内が明るくなると、カオルファンがそそくさと自分の席に戻った。そして、リングアナウンサーがリング中央に陣取り、マイクを準備する。
「フューリアスの光、ジュニアヘビーの光、プロレス界の光、スターとフラワー、二つの顔はどちらが微笑む。ジュースタイスオブトップオブジュニア、エンパイアジュニアヘビーチャンピオン、華、翔、入場!」
「キャーーーーッ」
今日一番の歓声。会場が黄色い声援で割れそうになった。様々な色の照明が会場をかけめぐり初めると、アップテンポな音楽が流れ始めた。
観客の大半、それもほとんどが女性が、立ち上がり入口のほうを見る。曲の方は日本人男性歌手が歌い初め、場内は興奮のピークに達した。
「ああーーっと、これはエンパイアジュニアヘビー級チャンピオン、華翔選手の入場です」
新木の実況が入った瞬間に、入場の幕が開き華がキラキラというかテカテカのガウンを纏い、両手を上げて入場ゲートに登場した。
「きゃああああああ」
華ファンが今まで以上に声を上げた。
「ギャアアアアアア」
そして、登場した本人が両手を上げていた事に、ファンは歓喜した。
「ああーっと、これは華選手、両手を上げていますね、マサさん」
「ええ、これは、スターライト、フラワーファイトの両シリーズをこの試合では使う事を意味しますね」
マサさんも腕組みの位置がどんどんと上がって来ている。
「先日、行われた他団体PPP認定のジュニアヘビー級のベルトの防衛戦。残念ながら華選手は、挑戦者のK.J選手のダイビングK.Jプレスの前に敗退しまして、二冠チャンピオンでは無くなったんですが、それでも、今年のベストバウトに選ばれてもおかしくない大熱戦でした」
「あの試合はすごかったですねぇ」
「その時でさえ、華選手はスターライトシリーズのみでした。過去に両手をあげたのは、半年以上前にベルトを奪取した時のみ、両手を上げて入場でした」
新木は資料をめくる手を止めない。
「この前のカオル選手とのチャンピオンシップで両手でしたっけ?」
マサさんは腕を組んだまま、新木を見る。
「ええっと、あの試合は途中で手をもう一方の手を上げたんですね。だから、両手を上げての試合はこれが二試合目になるという事です」
新木は資料をめくるのをやめる。
「それほどまでに華選手、この試合にかけているという事ですねマサさん」
「それも、シングルじゃなくて六人タッグでの事ですから、異例中の異例です」
華は両手を上げ続けたまま、リング下まで来る。
カオルとガイアの二人がロープを下げて、華を招き入れる。
「こうやって、カオル選手が他の選手のためにロープを下げるというのも珍しいことですよね」
「私もこうやって、解説して幾年月経ちましたけど、ほとんど記憶に無いですよ、こういう行動は」
「それだけ、今回の試合は気合が入っていると、マサさん」
「メイン、楽しみです」
華がリングイン。
「きゃーーーー、はーーーーなーーーー」
カオルのファンとは違い、整備が行き届いていないのか、入場の際に華に触るもの、声援も各々がやりたいようにやるなど、バラバラ感がすごい。
それでも、華は両手を上げたまま、ウルフ群三人の前に立ちふさがる。
「ああーっと、これは華選手ウルフ群の前に仁王立ち」
「ここまで、威嚇的な華も私は見たことありません」
マサさんも少し興奮気味だ。
華はゆっくりと手を下ろすと、ガイア、カオルとそれぞれに上腕をクロスするようにぶつけ合い、これからの試合に向けてお互いを鼓舞するようにした。
中央が空いた所へ、リングアナウンサーの小山がゆっくりと、マイクのコードを相変わらず気にしながら、歩み出る。
会場は、それぞれのファンが選手に声をかけ、行く末を気にするようにざわざわとしていた。
「ただいまより、メインイベント、ジュニアヘビー全面抗争、シックスメンタッグマッチ、六十分一本勝負を行います」
そう小山がマイクで叫んだ直後だった。会場に聞き覚えのある、少し古いバンドの音楽が流れ始めた。
「ああーーっと、これはどういう事でしょうか。これから、選手紹介の時間ですが、突如として音楽が流れ初めましたよ。マサさん」
「ええ、これはダスト渚の入場曲『偽りのエレジー』ですよ」
すると、入場口から出すと渚が走って出てくる。
「ああーーっと、これは、先程セミで試合をして勝利を収めた、ダスト渚、入場曲通り登場してきました」
「まだ、試合衣装のまま、汗も拭けてませんね」
マサさんの言う通り、肩にバスタオルをかけ、皮のロングパンツにリングシューズも履いたままだ。
リング上では、華を招き入れたようにカオルとガイアとアルクホールの面々が規定路線だとばかりに、ロープを下げてリングインの準備をしていた。
ウルフ群は何が起こったのかわからないのかソワソワした素振りをしていた。
一方、華も含めてコンクイスタ側はニヤニヤしながら渚が入場するのを待った。
「なーーぎーーさーー」
団体のエース、アルクホールの総帥、先程試合していたとはいえ、再び登場したら声援は格段に多い。
駆け足でリング下まで来ると、勢いそのままリングイン。一目散に小山のマイクを取り上げた。
「ああーーっと、これはダスト渚選手から何か発表があるのか、どういう動きあがるのか楽しみですね、マサさん」
「ルールに関してでしょうか? あまり他の抗争に口出ししないイメージの選手なんですがね」
マサさんの腕組みは上がり切って、自ら体を反らし初めた。
「はいはいはい、ごめんなさいね、試合に水差しちゃって」
ダスト渚は、軽い口調で話初めた。
アースとレックスはマイクに声は入らないが、何やら声を上げて、マイクで話初めた渚を牽制した。
「ああ、うるさいうるさい、小さい奴らがチマチマやって、軍団闘争とかどうでもいいのよ。俺からしたら。そんで、これからもこれ続いてさぁ、中途半端に人気でメインで試合されても困るのよ。団体的にもダサいし。だから、今日で完全決着つけろや。六十分一本勝負じゃなくてよぉ。イルミネーションでやれよ。そして、最後まで残ってたほうが勝ちってのはどうだ、負けた方はユニットを解散。こんなのでメインやってんじゃねえよ!! いいか!」
「うおおおおおおおおおおお」
観客は渚の提案に大きく呼応した。
「ああーーーっとこれは驚きました。ダスト渚選手の提案で、六十分一本勝負がイルミネーションマッチへと変更となりそうです」
リング下にいる本部席の人間が手を上げる。社長からもOKが出たようだ。
コンクイスタ側は事前に聞いていたのかニヤニヤしながらウルフ群を見据えた。
一方、ウルフ群は明らかに動揺していた。レックスは本部のほうへ抗議をし、アースは渚に直前のルール変更に対して文句を言い放った。ウルフのみコーナーポストにもたれかかり、相変わらずフードを被ったままだ。
「そしたら、そういうことで、チャッチャッとちょこまかちょこまかやってください。それなら、がんばってねーー」
マイクをポイッとリング中央に放ると、ボコンという間抜けな音が会場に響いた。その音が響いた頃には、渚は既にリング下の人間となり、そそくさと退場した。
次の更新予定
遥かなるムーンサルト 新堂路務 @niseuxenntu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。遥かなるムーンサルトの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます