ウルフ・ド・ローンリVS ガイア・ジャイアント

「ワン、ツー、ス・・・」

 俺は右手を突き上げた、それに伴い右肩がマットから離れた。

 レフェリーの右手は、三度目のマットを叩く事は無く空振りをし、そのまま、背中から落ちた。

「おい、スリーだろ! はいっただろう!」

 俺の対戦相手の選手は長髪を振り乱して、審判にアピールする。

「ノー、ツーだ。ガイア、ツーだ」

 対戦相手のガイア・ジャイアントが三本指をレフェリーに見せている。しかし、レフェリーの裁定は覆らない。カウントはツーだ。

 シングル組まれたからって、五分過ぎにパワーボムなんてやるなよ。意識飛んでたぜ。

 ガイアは気を取り直すと、虫の息で寝たままの俺のマスクを掴むと、ひきずるようにリングのコーナー付近へと向かった。

 うん? こいつに、こんな技あったか? シリーズ途中に急遽組んでもらったシングル戦でテンション上がって、新技でも出す気か? 俺は随分と訝しんだ。

「ガイア、ヘイ! ガイア」

 レフェリーは、ガイアに注意をする。おそらく、マスクを掴んでいる事へのものだろう。

「うるせぇ」

 観客の驚きと悲鳴が交差する声のみ俺には聞こえた。見れば、レフェリーは顔を押さえてうずくまっている。

 何か危害を加えたな。こいつどんなダーティーファイトする気だ? しかし、こいついやに気合い入っているな。そんなにシングル組んでもらったのが嬉しかったのか?

 俺をコーナーポスト下段に顔面を押しつけると

「うぉーーーー」

 ガイアはさらに観客を煽った。ちなみにこいつの名前、ガイア・ジャイアントは全部カタカナだが、もろ日本人だ。体は大きくヘビー級だが、いかんせん中堅団体の我がフューリアス、ジュニアとヘビー入り乱れなければ、そうそうカードが組めないのが現状だ。

 何する気だよ、大した技ないだろうによ。

「あぁぁあああ」

 観客の歓声とも悲鳴ともとれる声が聞こえ始めた。

 俺は最初何が始まったのか、わからなかった。しかし、それは、後頭部への違和感で理解した。

 マスクを剥ぎにきやがった。

「バッカ野郎!」

 気付いた時には反射的に体が暴れて、ガイアのマスク剥ぎは随分簡単に中断する事となった。

「バーカ、バーカッ!」

 シリーズ中盤で、因縁も何も無いお前が何やってんだよ!

 俺は立ち上がると、ガイアと正対した。そして、左足でローキック、ミドルキックと小気味よく叩き込んだ。そして、体が折れ曲がった所で、顔面へ左足ハイキック。さらに逆に体が折れ曲がった所へ、右足のハイキックを叩き込み、ガイアをダウンさせた。

 続けざまに追撃すればいいのだが、マスクの具合が気になる。大丈夫か? 外れてない? マスクは頭の後ろ側で何重にも紐で編み込み、簡単には外れないようになっている。うん、少しほどけたくらいで外れるには随分ほど遠い状況だ。長年、装着しているので、触らなくても体感でいくらかはわかるが、確認して正解だった。

 狼をモチーフにしたこのマスク。このシリーズからグリーンを基調としたものに新調したばかりだ。簡単に剥がされるわけにはいかない。

 ようやく追撃の準備が整ったので、ガイアのほうを向いた所で

「十分経過、十分経過」

 試合時間を告げるマイクが流れる。

 そろそろ、エンディングに向けて行きましょうか。

 俺は、ガイアを確認しようとすると、ズイっと左腕を引っ張られた。その方向を確認すると、ダウンさせたガイアは俺がマスクを確認している間に立ち上がり、俺をロープに振ろうとしている所だった。

「フンっ」

 俺は動かないように踏ん張った。俺の左腕を中心にロープに振りたいガイアと、フラれたくない俺の引っ張り合いが起こった。

 俺はロープに振られたりしないの!

 掴まれた左手を振りほどくと、もう一度右足のハイキックをガイアの顔面に叩き込もうとした。しかし、ガイアはしゃがんでそれをかわすと、俺ではなくガイア自身がロープに走り、その反動で戻ってきた。

 ラリアットか!

 そう思った時には、ハイキックの空振りで体勢を立て直すのが精一杯で、しっかり喉元にガイアの右腕が直撃していた。

 俺は、パワーボムとラリアットは嫌いなの。それを今日は、両方喰らった。最悪な日だ。

 ガイアはそのまま覆い被さってきた。

「ワン、ツー」

 カウントが入る。

 フォールも嫌いなのよ。それもラリアットからのフォールなんて最悪だ。

 俺は両足を振り上げて、マットから肩を離す。薄目でガイアを見るが、今回はレフェリーへのアピールや観客への煽りもしていない。フラフラとコーナーポストへ向かいそこへもたれかかった。

 シングル戦は、こういう時間の使い方が大事だ。プロレスとはいえ長い時間、技を掛け合い続けるのは不可能だ。ダメージの蓄積などを見せながら途中途中で休憩を挟むことが大事なのだ。それが、タッグ戦ではパートナーに変われば済む事だが、それが出来ない。観客がダレないように、上手に休む、緩急が効くように。

 俺は時間をかけて、ロープの方向へ這う。

 おそらく、ガイアは俺が立ち上がった所へもう一度追撃のラリアットを仕掛けてくるハズだ。十分も超えた。そろそろお互いが良い感じでフィニッシュに持って行ければ、それが勝負を決定するだろう。

 アイツは大したフィニッシュホールド持ってないからな。俺が決めたほうが盛り上がるだろう。

 見ると、ガイアはこちらを見据えたまま動かない。観客はその動きに期待を持っているのか、ダレている雰囲気は無い。

 俺はようやく、ロープに到達すると、一番下のサードロープに手をかけた。思ったよりダメージがでかい。その手に力が入らない、ロープをつかめず再びマットに落ちた。

「ウルフ! オッケー? ウルフ、オッケー」

 レフェリーが確認に来る。意識が飛んで無いか? 続行可能かどうかの確認だ。俺のリングネームをレフェリーは連呼している。

 出来るに決まってるだろう。まだまだこれからだ。

 再び、俺はロープに手をかける。なんとか今度は掴む事が出来た。次はセカンドロープ、そしてトップロープを掴もうとした。

「オオオオオオ」

 ガイアの汚い声が後ろから聞こえる。

 あの野郎、もう少し待てよ。

 振り返ると、ガイアが汚い顔して、再びラリアットの体勢になっていた。

 さっき決まったから、味をしめたな。

 俺はハイキックを空振りをさせられた仕返しに、ラリアットをしゃがんでかわす。ガイアは上半身が場外へ出んばかりにツッコミ、下半身がロープに引っかかってなんとかリング内に残った。そして、怒りにまかせてこちらを向いた。

 俺は体を一回転させて、右足の甲の外側が相手に当たる技、ニールキックを顔面に叩き込んだ。その勢いで、ガイアはロープを超えて一回転して場外へ落ちていった。俺はトップロープを掴んで場外を確認する、ガイアがゆっくりと起き上がるの見て、うちの若手が観客に危なくないように近くに来ているのもしっかりと見えた。

「飛べー」

「飛んでみろー」

 俺は、対角のロープまで下がると右手を挙げて観客を煽る。

「オオオオオアアアアア」

 オともアともつかない歓声が少し聞こえた。

 そして、ガイアがいる側の場外へと勢いよく走った。まるで、リング下のガイアへ何かしらの攻撃を加えるように。

 しかし、俺はニールキックをかました付近までくると急停止。右手人差し指を立てると、左右に揺らすと、そういう攻撃はしないよというお得意のポーズを行った。

「ジュニアなんだから飛べよ!」

 一人のおじさんの野太い声が客席から聞こえた。

 俺はその声の方向へ体を向けると、やらないよというポーズを強調して行った。それは主義の問題。俺はそういうプロレスは好きじゃ無い。俺が本当のプロレスの復活を一人で担っているんだ。

「ブーーーー」

 一部の客席からブーイングが起こった。

 俺は決してヒールでは無い。以前はアルクホールというこの団体のヒール軍団に所属していたが、今は訳あってウルフ群という群なのに俺一人のチームに所属になっている。別にヒールでやってるわけではない。マスクを被っているので、表情が読まれにくいのが唯一の助けだ。

「マスクマンなんだから、飛んだり跳ねたりしろよ」

 別方向から、ヤジが飛ぶ。

「そうだ、だから一匹狼なんだ。ひとりぼっちなんだよ」

 また別の角度から、悪口だ。

 俺のリングネームはウルフ・ド・ローンリ。そう、ロンリーウルフから来ている。一匹狼。友達がいない。俺にとって、プロレスだけが友達なんだ。だから、こうやって表現している。プロレスの素晴らしさを。飛んだり跳ねたりだけじゃない。本当のストロングスタイルを。

 ゆっくりとリング中央へと歩いて行こうとした。そしてプロレスとはUWF時代のこの膝下に装着されたレガースを付けた、今の格闘技の源流のようなものが本物なんだよと演説を打とうとした時だった。

 俺の目の前はマットに視界を遮られた。

 こけてる?

 右足に違和感がある。掴まれている。ふり向くと、リング下のガイアが歩きだそうとした俺の右足を掴んでいたのだ。

「お前」

 相変わらず空気の読めないヤツだ。

 ガイアは俺を倒した勢いそのままにリングに復帰すると、ストンピングで俺を二度、三度と踏みつける。そして、マスクを掴んで俺を掴みあげると、観客にアピールする。

「うおおお、やってやるぞー」

 汚い声を出すなよ。

「おおおおおお」

 観客もそれに呼応する。

 おいおいおい。このガイアこそヒールのアルクホールの選手だぞ。

 ガイアは俺の顔と右足の付け根を抱え揚げるとマットに叩き付けた。

「うん?」

 パワースラムなんかで御膳立てしやがって、この感じ、アイツ飛ぶの?

 横目でマッドの動きを確認すると、コーナーポストへと登っているのが見える。ただ、普段そんな動きはしないので、格好は良くなく、手際が悪い。

 そんなのやったこと無いだろう。どんだけ、舞い上がっているんだよ。

 意識を観客のほうへ向けると、そんな普段ガイアがやらないムーブに期待を持っているのがわかる。

 これは避けるわけにはいかないな。

 そんな気持ちが沸いてきた。

 なんとかトップロープに登ると、もう一度右手を挙げて観客を煽る。

 観客もそれに応えると、ガイアの顔が嬉しそうなのが、口の端に見えた。

 そして、そのままアイツの汚い腹が俺の腹に向けて降ってきた。

 ダイビングボディプレスだ。

 そんな、シンプルな技にいちいち、煽りを入れるなよ。

「うぷッ」

 いちゃもんを入れながら、技を受けた瞬間は、ウェイトがある分ダメージが予想以上にでかかった。

 そのまま、両肩を押さえられる。

「ワン」

 観客も同じように、コールしている。

「ツー」

 声が良く聞こえる。

 スッ

 俺は三度、右肩を上げる。

「ブーーーッ」

「ああああああ」

 観客のブーイングと落胆が入り交じる。

 俺への応援は混じらないのかよ。

「ぶっころすぞーー」

 ガイアはまたもや大声を出す。

 どうせ、ガイアボムだろ。さっき、テンション上がって、中盤にくりだしちゃった、パワーボム。何の工夫も無い技だが、こいつが使うという事でガイアボム。力だけはバカみたいにあるから、さっきは一瞬気を失ってしまった技だ。もう一発くらったら流石にキツイな。

 そう考えている間に、俺は立ち上がらされると、腰の辺りを抱えられた。体勢はくの字で上半身は折れ曲がって、ちょうど前屈をするような形だ。

「ガイアー」

 随分と黄色い声援も受けてるじゃねーか。

「フン」

 ガイアは力を入れると俺を持ち上げる。一瞬フッとした無重力のような感覚を持つ。

 その瞬間、観客席に俺が去年から気になっている、有川唯理が居るのが見えた。

 来てたんだ。

 嬉しい気持ちを持った瞬間。俺はガイアにマットに叩き付けられた。

 しまった。上にいる時に、顔面に打撃を入れて回避しようとしたのに、唯理ちゃん来てたからまともに技を受けてしまった。

「ワーン」

 レフェリーがクライマックスとばかりに、カウントを入れる。

「ツー」

 観客も同じように合唱している。

 唯理ちゃん来てるのに、負けるわけには行かないんだよ。

 俺は、ガイアの右手と顔とが俺の両足の間に入るように動きそしてその足で三角に組み、ガイアの頸動脈を締め上げた。

 三角締めだ。

「グヌヌヌヌ」

 レフェリーはカウントを止めると、ガイアに意識があるのかを確認を始めた。

「ギブアッーープ? ガイア、ギブアッーーープ」

 ガイアは白目をむいて、意識が少し飛びそうになっている。

 本音を言えば、俺はそこまで締めていない。この辺はショーの要素もあるので、仕方無い事だ。とはいえ、唯理ちゃん来ているので、もう少し動きのある技で終わりたい。それに、この三角絞めは柔術の技で、俺の好きなUWF系とは対立関係にある技。こういうサブミッションが好きなので使っているが、できたらこの技でフィニッシュは避けたい。

 下から締めていたが、ガイアが空いていた左手を伸ばして、なんとか近くにあったロープに手が届いた。

 観客からは拍手が起こる。

「ガイアー」

 俺は相変わらず人気が無い。

「ウルフ、離せ、ウルフ」

 レフェリーはロープエスケープで技を解くように俺に促す。しかし俺は話さない。

「ブーーーーー」

「ウルフ、離せ、ワンツー」

 そこで俺は三角締めを話す。プロレスで反則はファイブカウントで負けだ。

 俺は先に立ち上がると、ガイアがゆっくりと立ち上がるのを待つ。

 ユラユラと息も絶え絶えで、苦しそうだ。そして、ゆっくりとこっちに向かってくる。

 うん、良い闘志だ。ゆっくり料理してやるよ。

 俺は左右の掌底でワンツーとガイアの顔面を打ち抜く。のけぞった所へ、左と右のハイキックをリズム良く、同じく顔面にヒットさせた。

 ガイアはノックアウトの状態だ。大の字でリングに倒れた。

 俺は、そんなガイアに近寄ると、毛むくじゃらの頭を掴んで立たせると、左手でガイアの頭をかかえ、右手は左膝を掬うように持ち上げた。。

 一瞬、ガイアの肩越しに唯理ちゃんがいないかを確認。当たり前だがこちらを見ている。ような気がした。

「よしっ」

 そう言うと、俺はガイアを抱えたまま後ろへブリッジをして、ぶん投げた。変形のスープレックス。尊敬する前田日明のキャプチュードという技だ。俺が勝手に受け継いでいる。

「おおおおお」

 流石にこの技は観客が沸く。特にプロレスをわかっている、おじさんに。

 俺は立ち上がると、そのままの勢いでコーナーポストを駆け上がった。

「飛べー」

 またもや観客が心ないヤジを飛ばす。

 再び俺は右手人差し指を立てると、左右にゆらして飛ばないよという意志を示す。

「ブーーー」

「ああああ」

 ブーイングと落胆が俺に直撃した。

 まったく、何もわかってない。いくらジュニアだからって、なんで飛ばなくちゃならない。

 観客へのアピールは失敗したが、チラリと左を見ると、やはり唯理ちゃんがこちらを見ている。君だけでもわかってくれたらそれでいいよ。

 勢いよく、ポストから降りると、倒れているガイアを抑え込みにかかる。

 レフェリーがカウントを取りに来る。

「ワーーン・・・」

 しかしカウントはそこで止まる。

 なぜなら、俺はカウントスリーのプロレスは嫌いだ。じゃあ何をしにガイアにのしかかったか? 俺はガイアの左手をVの字になるように極めていたのだ。V1アームロックだ。

「イタタタタタタ」

 ガイアが悲鳴を上げる。そして、空いている右手でバンバンとマットを叩いた。

「ストーーーップ、ストーーーーっぷ」

 レフェリーが試合を止める。

 カンカンカンカンカンカン

 何度もゴングが鳴り響く。

 試合終了、俺の勝ちだ。


〇ウルフ・ド・ローンリVS●ガイア・ジャイアント(十三分五十一秒 レフェリーストップ)

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