第7話 噂の真実

「いつからこんな状態じょうたいになってるわけ?」


 あんなことがあった後だというのに、幽子は意外にも帰ろうとはせず、一郎の部屋まで来た。


 度胸どきょうありすぎだろ、この女。

 心臓に毛どころかキノコでも生えてるのでは?


「さあ? いつかはわからないけど、少なくとも俺が引っ越す以前からそういううわさはあったよ。そのせいで全然居住者がいなかった。まあ、それでもその当時は俺以外に何人か住んでいたけど」


「その人たちは?」

「さっき言っただろ? 今は俺以外だれんでいないよ。とっくの昔に引越ひっこした」


 19階にあった最新式家具、丸々まるまる全部捨てたまま。


「出ない部屋とかはないわけ?」

「そんなもんあったら誰か住んどるわ。プールにサウナ付きで家賃やちん最低9万円だぞ?」


「こういう事って毎晩まいばん起きるの?」

「毎晩どころか、時間帯を問わずほぼ毎日な」


 夜と比べればマシではあるが、昼間もしっかり発生する。


「引っ越そうとか思わないの? 実家がお金持ちならできるんじゃない?」

「実際一回引っ越したんだ。でも、どうも俺取りかれちゃってるみたいでさ……」


 ズン――と、突然とつぜん一郎のかたおもくなった。

 まるで人間一人を背負わされたかのようだ。


「引越し先でも普通に出てきて……結局ここに戻ったよ。どのみち取り憑かれているのは変わらないから、金がかからない方が多少はマシだ」


「もしかして田中くんが貯金をしている理由って……」

「そういうこと。多分、きみが想像していることで正解だよ」


 一郎が限界ギリギリ貧乏生活を自分の意思でつらぬき、仕送りとアルバイトの9割を貯金しているのは、自分に取り憑いたこの幽霊ゆうれい除霊じょれいしてもらうため。


 そのためならば、雑草ざっそうを食おうが虫を食おうがかまわない。

 元の普通の生活に戻れるならば、よろこんで限界生活をしてやる。


物部もののべは知らないかもしれないけど、おはらいとか除霊とかを仕事にしている人たちっているんだよ」


 と言っても、テレビで見かけるようなたぐいの人達ではない。

 本物はもっと普通の格好をしている。


 一般的な表の仕事を持っていて、裏でそういうことをしているのだ。

 親の仕事が不動産屋なのでえんも深く、一郎はたまたまそのことを知っていた。


「そういう人たちに仕事をたのむのって結構けっこうなお金がかかるんだよ。まあ、普通の人じゃ対処たいしょできないし、命がけの仕事になるから当たり前っちゃ当たり前だけど」


「ご両親に相談そうだんして払ってもらえばいいんじゃないの? わざわざ貯金やバイトなんてしなくても」


「それをさきに考えないと思ったか? 金持ちのボンボンをめんな! こちとら周囲しゅういの友達より数段すうだん甘やかされてそだったバカボンだぞ!」

「なんでちょっとほこらしげなのよ……?」


「幽霊にも危機管理ききかんり能力のうりょくってあるんだろうな。親や兄姉きょうだいにこのことを話そうとすると、必ず良くないことが起きる」


 電話で話そうとしたらスマホがこわれるし、メールで教えようとしてもPCが壊れる。

 ならば手紙で教えようともしたのだが、鳥にぬすまれるか不審火ふしんび紛失ふんしつする。

 実家で直接ちょくせつ話そうと思ったが、足を骨折こっせつして帰れなかった。


「マンション全体に起こっていることは親父も把握はあくしているんだけど、ここ一年ほど海外で仕事しているから、細かい情報が行っていない。建物たてもの全体となるとかなりの高額になるから、俺や兄貴あにき姉貴あねき権限けんげんでは対処たいしょできないんだ」


 一郎に取り憑いた幽霊は、学生にそんな金貯められるわけがないとたかをくくっているのか、それともその前に取り殺せると思っているのか、貯金に関しては何も妨害ぼうがいしてこない。


 だから、高額の除霊料金を自分一人で貯めてなんとかする。

 その上で全体の除霊が終わるまで避難する。

 それが彼の出した結論けつろんだった。


「この幽霊、特に女の子に対して攻撃的こうげきてきでさ。俺が誰かをれてくると、必ず30分以内に何かしらのリアクションを起こすんだよ。まらない限り、男には何もしないのにな」


「ああ、だから――」

「『お持ち帰り率100%の童貞』なんだよ」


 お持ち帰りした女の子は恐怖きょうふのためこのことを口にしない。

 お持ち帰りした女の子に毎回手を出さない理由がわからないから、男連中は勝手に失礼な勘違かんちがいをする。


 それが田中一郎の不名誉ふめいよなあだ名、『お持ち帰り率100%の童貞』の真実だった。


「で、どうする? この物件ぶっけんってこういう事情じじょうで安いんだけどそれでも住むか? マンション全体が幽霊の縄張なわばりだから、住んだらどうなるかわからないぞ? 俺みたいになりたくないならさっさと――」

「住むに決まってるじゃない!」


 あきらめて早起きして学校にかよえ――と続けようとしたのだが、幽子が言葉をかぶせてきた。

 しかも、目をキラキラさせて食い気味ぎみに。


「最高の立地に最高のサービス! おまけにプールにサウナもある上、幽霊が出るだなんて超最高じゃない! この場でそく契約けいやくさせてもらうわ!」

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