ワケありマニアの幽子さん

塀流 通留

プロローグ 少年はいかにして下着ドロと呼ばれるようになったか?


――ありえないものは意外と存在するものらしい。


そのことに田中一郎たなか いちろうが気づいたのは小学校一年のことだった。

小学生といえばまだまだ純粋じゅんすいなお年頃としごろ、なので――正義の味方や魔法少女、勇者やサンタクロースの存在を信じている子だってまだまだいる時期じきだろうと思う。


将来の夢が戦隊ヒーローという子どもだって少なからず存在はするし、実際のところ彼のまわりにいた子どもたちの中にも、数名はそう言っていたと記憶きおくしている。


まだまだ夢見るお年頃――しかし、彼はそうではなかった。


家が金持ちでならごといそがしく、夢とか見るひまがなかったからか?

それとも親が教育熱心ねっしんすぎて、現実を見る目をやしなわれたからか?


どちらでもないし、どちらでもある。

まあ、つまるところどうでもいいことなのでそのことを彼はおぼえていない。


ここで重要なことは、彼が他の子どもと違って現実主義げんじつしゅぎで、小学校低学年にしては大人びている子どもだったということだ。


正義の味方なんて存在しないし、魔法少女もいない。

戦隊ヒーローになりたければ、スーツアクターの門をたたけ。


この世にどういうものがあって、どういうものがないのか――それを彼は他の子よりもずっと早く、しかも理屈で理解していた。


そのせいだろうか、当時の彼はそんな夢見る子たちを見下みくだしていた。

いや、見下していたというよりも、一歩はなれた位置から彼らを見ていたというほうが正しい。


小学生を主人公にした小説によくいる三人組――その中のクールなブレインポジション。

決してクラスの中心人物ではないけど、その友達を支えるふくリーダー。


そんな立ち位置だった彼は、周りの同年代がありもしないもので一喜一憂いっきいちゆうする中、彼だけはそれに乗らず冷静れいせいな目で物事ものごとを見ていた。


だからこそ、彼がこんなことをするなんて周囲しゅういの大人は誰も思わなかった。


時刻じこくは夕方4時44分――授業じゅぎょうは終わり、わずかな生徒が校庭で遊んでいる中、彼は誰もいない夕暮ゆうぐれの校舎こうしゃにいた。


薄暗うすぐらく、不安を覚えるような黄昏時たそがれどきの校舎。

その中でも、一層いっそう不気味ぶきみきゅう校舎のトイレ。


彼は自分以外に誰もいないことを確認すると、音もたてずに中へと侵入しんにゅうした。

女子トイレに――。


え? 大人びているってそういう……?

違う。勘違かんちがいしないでほしい。


彼が女子トイレに入ったのは、小学一年生にしてせい興味津々きょうみしんしんなエロガキだったからではない。

彼が女子トイレに入った理由――それは、とあるうわさを確かめること。


夕方4時44分――旧校舎1かいの女子トイレの一番奥のドアを13回ノックし、ある言葉を言う。


もうお分かりいただけただろう。


女子トイレ。

一番奥のドア。

13回のノック。

そして――とある言葉。


彼の目的は花子さんを呼び出すことだった。


学校れいのメジャーリーガー。

都市伝説としでんせつ四番打者エーススラッガー

幽霊界ゆうれいかい絶対王者ぜったいおうじゃ


日本人なら老若男女ろうにゃくなんにょ、誰もが知る少女の霊を呼び出すために、彼は一人薄暗い校舎に残り召喚しょうかん儀式ぎしきこころみたのだ。


――コンコンコンコンコン

  ――コンコンコンコンコン

    ――コンコンコン!


一番奥のドアを13回ノックした。

彼は大きく深呼吸しんこきゅうして心を落ち着かせると、くだんの呪文を口にする。


「はーなこさん、遊びましょう!」

「……はぁ~い」


不気味な声がした瞬間、彼の膀胱ぼうこう決壊けっかいした。

ありえないことが起こった恐怖きょうふのう破壊はかいされたせいである。


いきおいよく彼は女子トイレを飛び出し、職員室までダッシュで逃げた。

盛大せいだいなみだ小便しょうべんをまきらしながら職員室まで辿たどり着いた彼は、ドアを開けて先生にこう言った。


「先生、パンツください」


次の日から彼のあだ名が下着ドロになった。

たまたま持ってきたおもちゃを返してもらっていたクラスメイトがいたせいである。


副リーダーからイジられ役へと降格し、不名誉ふめいよなあだ名を付けられた彼は、心の奥に今回のことを深くきざんだ。


幽霊(ありえないもの)はいる――と。

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