第44話 クリスの思い

「あたしがあのいじめ現場を見たのは偶然だったの」


「偶然あの場に居合わせたの?」


「そうだよ! 学生食堂でお兄ちゃんとご飯を食べようと思って廊下を走ってたら、たまたまあの4人が歩いてるのを見かけたんだ」


「廊下を走っていたことは聞かなかったことにするけど、よくあの4人のあとをついていこうとしたな」


「それはあの4人を見てちょっと気になることがあって‥‥‥」


「気になる事? それはなんだ?」


「確か‥‥‥ロイ君だっけ? あの4人が歩いているのを見かけた時、あの子の様子がおかしかったの」


「様子がおかしかった?」


「うん! あの3人は堂々と廊下を歩いているのに、あの子だけ体をブルブル震わせていて、まるで何かに怯えているように見えたの」


「なるほどな。それであの4人が怪しいと踏んであとをつけたら、あの空き教室にたどり着いたということか」


「そうだよ! それであの教室をこっそり覗いてみたら、あの子が3人に殴られてたんだ」


「だからいても立ってもいられずあの現場に介入したのか」


「そう! それがこの事件の始まりだよ」



 なんというかロイを庇った理由がリリアらしいな。

 普通の人だったら余計な問題を抱えたくなくて見て見ぬふりをするところなのに。

 いじめの現場に単独で突入する所が彼女らしかった。



「(先生達を呼ばずに喧嘩のど真ん中に飛び込んで、ロイのことを守ろうとするところがリリアらしいな)」



 自分のことを省みず問題に飛び込むところは実にリリアらしい。

 彼女の正義感に俺は感心してしまった。



「やっぱりあたしがあそこにいたらまずかった?」


「まずくはないよ。これは教師としての感想だけど、リリアの行動は立派だと思う」


「お兄ちゃん個人としてはどう思ってるの?」


「俺個人の感想を言わせてもらえば、リリアに危険なことはしてほしくない」



 俺がいたからいいものの、1歩間違えればリリアもあの3人に何かされていた可能性がある。

 正義感を持って行動するのはいいけど、危ない橋を渡ってほしくはなかった。 



「お兄ちゃんってあたしの事をそんな風に思ってたんだ」


「当たり前だろう。リリアのことを大切に思っているからこそ、心配しているんだ」



 実際あの男子達に両手を掴まれた時は腸が煮えくり返るほど怒った。

 どうしてそんな感情に苛まれたのか。それは俺がリリアのことを大切に思っているからだ。

 だからこそリリアに手を出そうとしたあの3人のことが許せなかった。



「うふっ♡ お兄ちゃんがあたしのことを大切に思ってくれたことが知れて嬉しいな!」


「それはよかったな。でも俺はいつでもリリアのことを大切に思ってるよ」


「嘘!? 今までお兄ちゃん、そんなそぶりなんて微塵も見せなかったじゃん!?」


「何言ってるんだよ? 大切に思ってなかったら、異性を自分の部屋にあげることなんてしないだろう」


「確かにそうだね」



 リリア達が大切だと思ってるからそ、俺は行動でそれを示している。

 ただそれを彼女は感じていなかったのか。そのことに俺はびっくりした。



「クリスお兄ちゃんはあたしのことが大切なんだね」


「そうだよ。これで俺がどれだけリリアのことを大切に思ってるかわかっただろう」


「うん‥‥‥でもちょっと待って!?」


「まだ何かあるのか?」


「うん! お兄ちゃんはあたしだけじゃなくてノエルちゃんとレイラちゃんも自分の部屋に呼んでいるよね?」


「そうだよ」


「ってことはお兄ちゃんが大切に思っている人ってまさか‥‥‥」


「もちろんノエルとレイラの事も大切に思ってるよ」



 あの2人だって俺の教え子なんだから、大切にするのは当たり前だろう。

 リリアは今更何を言ってるんだ? そんなのわかりきっている事なのに、何で今更そんなことを聞くんだろう。



「ふ~~ん、そうなんだ。あたしだけじゃなくて、あの2人の事も大切なんだね」



 あれ? おかしいな。急にリリアの機嫌が悪くなった。

 頬を膨らませてあからさまに不満だということを俺にアピールする。



「どうしたんだよ、リリア? もしかして俺、何かまずいことを言った?」


「別に何でもないよ。あたしがお兄ちゃんの大切な人になったから、今はそれで我慢する」


「あっ、あぁ」



 なんだか釈然としないが、リリアがそう思ってるならそれでいいだろう。

 彼女も納得しているようだし、これ以上俺が何か言う必要はないか。



「そしたら今日の事情聴取はこれで終わりだ。リリアは授業に戻ってくれ」


「お兄ちゃんは授業に戻らないの?」


「俺はこの後校長室に行ってミリアに今の話を報告しないといけないから、今日はノエル達と一緒にAクラスの授業を受けてくれ」



 既にそのことはAクラスの担任にも伝わっているはずだ。

 ノエルとレイラもそこで授業を受けているはずなので、リリアもそのクラスの授業を受けてもらう。



「わかった。そしたら授業に行ってくるね」


「いってらっしゃい」


「そうだ! 最後にお兄ちゃんに言っておきたいことがあったんだ!」


「何だ?」


「今日はあたしのことを助けてくれてありがとう! 大好きだよ♡」



 ぐっ!? リリアの奴、最後の最後で思わせぶりなことを言いやがって。

 俺以外の男がそんなセリフを言ったらイチコロだぞ。絶対他の男にその表情を見せるなよ。



「クリスお兄ちゃんに言いたいことも言ったし、今度こそあたしは授業に行ってくるね!」


「また後でな」


「うん! 今日もご飯を作りに行くから! よろしくね!」



 そう言ってリリアは俺の部屋を出て行く。

 笑顔で研究室を出ていくリリアを見送った後、俺は今聞いたことをミリアに報告する為、今の話を書類にまとめて校長室へと向かった。


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