二人静
henopon
1 二宮さんと高浜くん
南に面した三階建の鉄筋コンクリートの校舎は、窓の外に耐震のために強引に筋交いを入れられていた。ちょうど筋交いの影にあたるところに同級生の二宮はいた。他には誰もいない廊下で、今さら何か思い出したなどわざとらしい演技をして引き返せるわけもない。気まずいまま伏せ目がちに後ろを通ろうとして「高浜君」と声をかけられた。白い頬を包むような首までの髪がかすかに動いて振り向いた。いつもきちんとしているはずなのに、彼女のブレザーの下のネクタイは解かれていた。
「後ろ通りま〜す」
「待て」
二宮の手首からネクタイが跳ねて高浜の首に巻きついた。
「あたたた」
「由緒ある二宮家のわたしを待たせたのを気にしてるのか」
「今日は付き合わん。塾のテストあるんで。二回目だ」
「おまえは修行するんだ。塾と人の世の安定のどちらが重い」
「今んところ塾だ。小テストとはいえ親の視線が重いし突き刺さる」
もしこのまま人の世の安定とやらが守られるならば、社会に出て食わなければならない。卒業しても自分が守ったおかげで人の世は守られているなど誰にも言えないから。
「見て」
高浜は二宮の指を見た。手入れはされているが美しいだけのしなやかな指ではなく、道場で居合や弓をしている強さも備えていた。
「指の向こう」
「ネイルしてるんですか。それも校則違反ですよ」
「爪の向こう」
「ガラスが汚れてますね」
「ガラスの向こにカラスがバタバタと飛んできている」
「見えないな」
「黒い鳥が見えないのか」
「黒い鳥は見えるけど、バタバタというのがどこにあるのか」
高浜はガツンと頬に拳を食らわされた。要するに見たくない。
「よお」と窓越しに翼を持った肘くらいの背丈ほどのカラスが筋交いに止まった。「幻妖の者が現れた」
「権兵衛、あんたもだ」
「俺は良い幻妖だぞ。おまえたち二人を守るように言われた。だからおまえたちは常世から密かに来る幻妖の者から守られているんだぞ。世の安寧を守ることができるのは俺が後ろであれやこれやと云々…八百万の神の間を行き来して……云々」
僕は手で制した。これ以上騒がれると他に迷惑だ。他人には烏に襲われているように見えるはずだ。
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