幽霊さんは怖がらせたい

きこりぃぬ・こまき

01 吾輩は幽霊である。名前はもうない。

 吾輩は幽霊である。名前はもうない。

 などという、かの有名な長編小説の冒頭を真似た挨拶をしてみたところで私の自己紹介をしよう。

 余談だが、人間は猫の下僕という言葉が普及し、愛猫家の多い現代ならまだしも、かの時代で既に猫の視点で物語を綴る著者は天才だと思う。作中の猫の扱いと物語を読んだ愛猫家たちの反応はさておき、その発想力に乾杯。


 最初に述べた通り、私は幽霊である。幽霊歴がそれなりに長い私はとある廃病院に住み憑いている。

 廃病院といえば、皆は何を思い浮かべるだろうか。廃病院に住み憑いて幾年月な私が一例を紹介しよう。

 廃墟好きが探索しに訪れたり、若者が肝試しを行ったり、カップルがファックしたり、顔にいかつい傷をつけたお兄さんがあんなことやこんなことしたり。まあ、とにかく人が絶えない。

 そして、私はというと訪れる人々を驚かせ怖がらせという趣味を生き甲斐に楽しく過ごしている。阿鼻叫喚の地獄へご招待……などというものではないが、私が引き起こす数多の心霊現象に腹から悲鳴を上げ、腰を抜かして這うようにして逃げる姿は滑稽。何度見ても飽きることがない。人の住まいに不法侵入している輩で遊ぶことくらい許してほしい。これくらいしかやることがないのだ。だから、ここに悪戯ばかりする危険な幽霊がいるのでなんとかしてくれ! と、祓い屋に通報するのはやめていただきたい。

 ところで、もう死んでいる身なので生き甲斐という表現は正しいのだろうか。なんて愉快な遊びか、これぞ死んだ甲斐があったというものだ! と思うときもあるので、死に甲斐と表現しても良いだろうか。まあ、細かいことは気にしない方針でいこう。死んだ身なので時間は無限にあるのだが、だからといってつまらないことに頭を悩ませるのも無駄というもの。

 さて、話を戻そう。最初に述べた通り、私は幽霊歴がそれなりに長く、廃病院に住み憑いてかなりの年月が経っている。それでも、このような遊びに飽きることはない。が、人間は現状に満足することができず次から次へと欲が湧き出るもの。それは死霊となっても変わらず。もっと人々に恐怖を提供し、そして悲鳴を聞きたいと思った私は思い立った。

 つまり、新鮮味を求めている。もっと刺激的なことがしたい。そのためいは環境を変える必要がある。


「そうだ、引っ越しをしよう」


 こうして私は長年住み憑いてきた廃病院を後にし、二四時間三六五日年中無休で救急車を受け入れる大きな病院に移った。

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