母二人子一人

海星

第1話 まだ話せないから

夏の晴れた夜。もうすぐ日付が変わる頃、千紗はデートの帰り、一戦を交えたあとで少し気持ちのいい疲労感を持って帰宅した。


自宅アパートの階段を昇り、自宅ドアが見えてくるとそこに小さな子供が見えた。



「…流星?!」


千紗が駆け寄って自分の部屋のドアの前に居る子供を直接確認すると、確かに僕だった。


千紗は酔いも幸せな疲れもすっ飛んで、

僕を抱き上げて部屋に入れた。



―――――――――(呼出音)


「紗里!!今どこ?」

「……」

「どこって聞いてんの。」

「…駅。」

「流星探してる?」

「居るの?」

「ついさっきまで出かけてて今帰ってきたらドアの前に居た。」

「ごめん…」

「なんかあった?」

「わかんない。まだそんなに喋れないから。」

「顔色でなんか感じた事とかある?」

「…家の事しながら相手してるから。…いや、話しかけないと話さないから。何思ってるかは分からない。」

「…わかった。もしかしたら朝方うち抜け出してお姉ちゃんの所に戻る事もあるからドアの前にホウキとか長い棒置いといてあげて。そうしたらピンポン押せるから。」

「わかった。」

「お姉ちゃんが大変なのもわかってるからさ。流星が居なくなったらすぐ連絡ちょうだい。」

「迷惑かけられないよ。千紗には千紗の生活があるし。」

「流星の事で遠慮して欲しくない。」

「わかった。ありがとう…。」

「…熱とかは出てないから、パジャマ着替えさせてこのまま寝かせとくから。もしうちにこのまま居たら夕方、仕事終わってからでも迎えに来て。」

「ありがとう…。」



―――――――――――――――。


翌朝、やはり僕の姿はもうなかった。



―――――――――自宅。


「流星…おはよ。」


僕は千紗の用意してくれたパジャマのまま母の隣で寝ていた。


母の動きにすぐ気付くので眠い体のまま僕も母の方に体を向けた。


「流星…おかえり。」

「…ただいま。」

「なにがいやだったの?」

「ごめんなしゃい。」

「怒ってないよ?なにが辛かった?」

「ごめんなしゃい。」


当時4歳。

あの頃、言葉は理解出来ていた。でも、発しなかった。発せなかった。


僕は母の胸に抱かれてまた安心の中で眠りについた。



でもその日も母は仕事で、僕を見てられない。だからまたいつものように保育園に預けて仕事に行った。



寂しい

悲しい

不安


辛い

痛い

苦しい



全てわがままにつながって、

全て迷惑に繋がる。

そう思っていた。




翌日、いつものように母が17時半過ぎに僕を保育園まで迎えに来て、2人で帰宅した。


母は夕飯の支度をしてくれていた。

僕は…吸い寄せられる様にベランダへ。


しばらくして僕がそばに居ないことに気づいた。


「流星?…」


ベランダのカーテンが揺れている。


「流星!!」


その時ベランダの柵の前に居た。

隙間からいくらでも落ちれるくらい細い体。


「流星、動かないで。」

「?…」


母は僕の腕を瞬時に掴んで抱き寄せた。


「流星、危ないからね。勝手に出ないで。」

「ごめんなしゃい。」



僕はその時、『失敗した』と思っていた。

躊躇してる間に母が来た。


『母の為に居なくなろう。』そう思ったのにいつもいつも怖くなって失敗する。


『ママのために死ななきゃいけなかったのに弱虫だから僕は今また迷惑をかけている。』


そう感じていた。


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