2024年11月12日


 今日も鉄道は完全復旧には至らず、僕は在宅勤務をせざるを得なかった。

 舞奈が嬉しそうなのは何よりだし、満員電車に乗らずにすむのは不幸中の幸いとも言えるが、僕自身はやはり不安になってくる。


 お昼すぎになって時間的に余裕が出来たので、数か月ぶりに銀行へ行って残高確認をしてきた。

 日常的に忙しいと、記帳をするヒマさえなくなるから困る。気がついたらこの前記帳したのが1年以上前なんてこともあるくらいだ。舞奈と結婚してからはさすがに気を付けているけど。

 が、そこでまた驚くべき事件が起こった。


 僕の口座が一瞬だけおかしくなっていた。

 ATMで確認したら、1500万ぐらいだった残高が元の10倍ぐらいにいきなり増えていたのである。

 勿論最初は目を疑ったが、何度見てもついこの間までの残高とケタが違う。

 記帳してみたら、入金記録がないのに何故か残高が増えている。

 先月の給与の振り込みやいつもの引き落としなどの記録はいつも通りのはずなのに、最後の1行の残高の数字だけが大幅に違っていたのだ。


 こんなことがあっていいのか。

 すぐに窓口に行って確認してもらったが、受付の担当者が見たところ残高に異常はないらしい。

 びっくりしてもう一度調べてもらったら、何事もなかったように残高は元の金額に戻っていた。

 担当者は「こちらでも調べてみましたが、残高のデータに問題はありませんでした。恐らくATM側のエラーによるものでしょう」と言ってくれたが、残高のケタが勝手に増減するエラーとか怖すぎるだろう……



 帰ってからこの件を舞奈に話したら、「増えたならまだいいんじゃない? 減ってたらそれこそ恐怖だよ」と返された。

 確かに、いきなり残高のケタが減るのは本当に怖いし生活にも関わる。実際にクレカなどの不正利用による被害は身近でも聞くし、自分に起こったらと思うと身震いする。

 しかし逆に異常に増えたら増えたで、それも恐怖だ。


「それにしても、やっぱり開くんは正直だね!

 せっかく残高が10倍になってたなら、少しぐらいそのまま使っちゃっても良かったんじゃないかな?」


 舞奈はこんな風に言ってたが、さすがに僕はそこまで割り切れない。


「馬鹿言うな……

 理由なくいきなり増えたお金なんて、恐ろしくておいそれと使えないよ。

 出どころが分からないお金ほど怖いものはないんだ。銀行だって大量の入出金があれば逐一モニタリングしているんだし、ヘタすれば減るよりもさらに怖いことが起こるかも知れない。

 不正を疑われて、口座がまるごと使えなくなったりする可能性さえあるかも」

「考えすぎだと思うけど……」


 そんな僕らの会話に、無邪気に割り込んできたのは舞音。


『おとうさんは、うれしくないの?

 お金がふえたら、おとうさんもおかあさんも幸せになれるんじゃないの?

 お金があれば、おとうさんは電車に乗らずにすむんじゃないの?

 会社に行かずに、すむんじゃないの?』


 あぁ……子供だったらそう考えるかも知れない。

 僕だって子供のころ、父さんが仕事のつきあいのゴルフで運動会に来てくれなかった時、すごく不満だった。

 お金さえたくさんあれば、父さんは運動会を見にきてくれたかも知れないのにって。

 ――だけどそれは所詮、子供の考えにすぎない。


『なのにおとうさんは、電車が止まっても、お金がふえても、それでも会社に行こうとする。

 電車に乗ったら、おとうさんは死んじゃうから……そうするとおかあさんは幸せじゃなくなっちゃうから。

 だからわたし、これだけがんばってるのに……なんで?』



 そんな舞音の問いに、僕はついに納得いく答えを返すことが出来なかった。

 せいぜい答えられたのは、「理由が分からないのに入ってきたお金は怖くて使えない」ということだけ。

 僕だって……あれだけのお金があれば、本当は……





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