浅川瑞樹の備忘録 2



 ここ数日も何人か、心瀬舞奈に関してインタビューを行なった。

 ユリノキにおける派遣社員としての彼女の優秀さも意外だったし、それに対するザクシャルの古島マネージャーの意見も実に対照的だ。

 どちらを信じていいのか分からんというのが正直なところだが、やはり派遣社員と正社員とでは求められる仕事に大きな差があるということか。


 しかしそんな中でも、舞奈の母親と会えたのは収穫だった。

 舞奈本来の性質が母親の証言によってはっきりしたのは大きい。元々、集中力はあれどミスをしやすく、舞奈自身が病気を疑うほどに苦しんでいたのも。

 この前の依田たまきの証言にもあったように、一つの仕事を集中してやることは出来ても、仕事が二つ三つと重なったり、電話などで中断されたりすると途端にミスが増えていくパターンだったのかも知れない。そういうタイプの部下は俺も過去に何度か見てきた。


 この件についての関口の意見も興味深かった。


「親御さんの気持ちは分かりますがね……

 そういうのって本人の希望どおり、ちゃんとした医療機関で調べるべきだと思いますよ。

 ADHDの疑いがあると、診断には本人だけじゃなく家族や友人といった第三者の意見を参考にすることもあるそうだし。

 母子手帳の提出が求められることもあるらしいから、特に親の協力は必要不可欠じゃないですかね?」


 何で母子手帳が必要なんだ。そう聞いたら関口はやたら饒舌になった。


「ADHDかどうかを調べるには、今までの育ち方――つまり小さい頃からの成長がどうだったかを見る必要があるらしいんです。成長の過程で異常がなかったか、周囲とトラブルがなかったか。母子手帳はそういう情報のひとつで、通知表とかも欲しいと言われることあるらしいですね。

 そういうのが一番よく分かるのって親ぐらいじゃないですか」


 まるで自分のことみたいに詳しいじゃないか。

 俺は思わずそう突っ込みかかったが、それを見透かしたかのように関口は言った。


「あ、僕の場合友人にそういうヤツがいるから知ってるんですけどね。

 昔っから遅刻の常習犯で、今でも待ち合わせに30分近く遅れるなんて当たり前にやらかすヤツです。

 本人も悩みに悩んでて、最近になってようやくADHDの診断が出たとか」


 なるほど、友人がそうだったのか。

 大変だったな……と俺は呟いたが、ヤツの反応は意外だった。


「いや、僕はむしろ喜ばしいと思いますよ。

 病気の疑いがあるなら早めに診察受けて、異常があると診断されたらすぐ治療を受ける。完璧には治らずとも、なるべく良い方にもっていく。それはADHDでも他の病気でも当たり前のことですから。

 病気がある事実自体は確かに本人にとってはキツイですけど、病気なのに病気じゃないと言われてろくな対処もされず、病気じゃないんだから普通に働けとか言われる方が、よほど苦しいじゃないですか」


 しかし舞奈の親は、彼女が病気であること自体を頭ごなしに否定した。

 愛する我が子がそんな病気だ障害だなどと信じられない。集中力があり真面目な子で勉強も出来て、だからこそ苦労して大学まで出したのに、そんなわけがない。よくあるただのおっちょこちょいだ――

 そう思いたくなる親の気持ちは分かる。

 だがあれでは、治療への協力などできるはずもない。親は愛情のつもりでそう断言したに違いないが、舞奈にとっては絶望の瞬間だったかも知れない。



 それから、重要なことがもうひとつ。

 心瀬開にはここ数年の、彼と舞奈に関する資料があれば持ってきてほしいと依頼していたのだが、開の反応が意外に早かった。

 自ら打ち明けてくれたが、当時――つまり舞奈がザクシャルを退職した少し後ぐらいから、彼は日記をつけているらしい。USBに記録してあるから、今度持ってきてくれるという。

 舞奈と一番近しい者から、彼女の実態を知ることが出来るチャンスだ。



 蛇足になるが。

 仕事終わりにいつもの喫茶店で関口とたわいもない雑談をしていた後、ちょっとしたトラブルが起こった。

 会計時に関口は


「あ、ポイントたくさんあるんで、今日は僕が支払いますよ。いつも所長にはお世話になりっぱなしだし!

 というかもうすぐ有効期限切れだし、今使っておかないともったいないですから。

 今だとスマホで色々ポイントためて割引も出来るし、ホント便利な時代になりましたよね~

 所長は未だに現金払いにこだわってますけど、いい加減慣れた方がいいッスよ?」


 などと調子よく言っていたが、いざ会計になってレジでトラブったのである。


「え……? 今、スマホのポイント使えない? まーたシステム障害っすか?

 しかも……首都圏全部ぅう!?

 す、すいません! 今現金持ち合わせなくて、所長ぉ~」


 結局、支払いはいつも通り俺がやることになった。




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