村野めぐみ(ザクシャル労働組合)の証言 1
はい。心瀬舞奈さんが組合に相談に来たのは、彼女が正式に退職する1年ほど前でした。
それ以前から彼女からは、モラハラ……いわゆるモラルハラスメントの相談をメールでたびたびいただいておりまして。
内容から判断する限り大変厳しい状況だというのもあって、私たち組合でも状況を注視していたんです。
現場であるインスペクションチーム周辺の社員にも話を聞いたり、彼女自身にもボイスレコーダーなどでモラハラの実態を録音などしてもらいました。
かなりの暴言が繰り返されているのが確認できましたし、心瀬さんご自身がきちんと記録もつけていたので情報収集には困りませんでしたね。
彼女は決して、怠惰だったわけではありません。
教えられたことを逐一エクセルで管理し、ご自身のマニュアルを作っていました。それ以前に所属していた部署では手書きのメモだったから失敗したそうで、事細かなマニュアルをエクセルで作成されていましたよ。
心瀬さんいわく、「これを見れば小学生でも業務が出来るようなマニュアル」を目指していたそうで。
非常に真摯な姿勢で業務に挑んでいたのが分かったので、私たちもどうにかしたかったです。
それに、彼女の配属よりかなり前から、インスペクションチームではモラハラ・パワハラの横行が当たり前になっていたようで……
少数の特定社員の権限が強すぎて、誰も何も言えないどころかその社員の言いなりに誰かを責め立てるのが常態化していたようです。場合によっては、審査結果さえ捻じ曲げることがあったようで。
要するに、特定の社員が白と言えば黒く見えても白!という事態が当然だったんです。
しかもその当該社員……礼野さんでしたか。
心瀬さんによれば昨日と今日とで言っていることが違って非常に困ることが多いというお話でしたが、ボイスレコーダーや心瀬さんのマニュアルなどを調べる限り、確かに矛盾する言動が多かったですね。
日によって気分も大分違っているようだし、あれは心瀬さんだけでなく周りの人、苦労されたと思いますよ。
何故か上司のウケだけは良かったようですけど。
そんな礼野さんが直接の指導者となってしまったから、心瀬さんは本当に大変で……
心瀬さんは礼野さんだけでなく、他の社員にも懸命に質問をしにいっていたようでした。前の部署での反省を生かして、きっちり疑問や矛盾点は解消してお仕事を進めようとしたんでしょう。そして、礼野さんのやり方に疑問があったら遠慮なく質問した。
だけどそれが逆に、礼野さんの反感を買ってしまったんじゃないでしょうか。
私たちも何とかしたかったですが、そこまで大きな介入は無理でした。
この組合にはさしたる力はありませんし、結果的に彼女の退職を止めることも不可能でした。
モラハラの証拠は掴めたのに、それを元に礼野さんと一旦話し合おうとした段階で、心瀬さんは礼野さんと実質仕事場を離されまして。
心瀬さん……派遣社員と同じ電話番になったんです。
それで彼女にとっては良かったのかも知れませんが、部署の歪み自体をただすことは出来ずに終わりました。
せいぜい、何とか心瀬さんの退職条件を有利に運ぶ程度しか……
はい……そうです。彼女は実質、退職を強要されていたと言っていいでしょう。
会社としては解雇したかったんでしょうけど、今正社員ともなるとそう簡単には解雇出来ないのが当たり前。会社都合で退職させれば、かなりの退職金が必要になりますし。
だから彼女からほぼ仕事を取り上げ、どれほど異動を希望されてもパワハラまみれの部署に置き去りにした。
結果、彼女は殆ど成果らしい成果を出せなくなり、評価は底辺まで落ちました。恐らく給与も最低水準だったと思います。
要は、会社都合ではない退職……つまり自主退職に追い込みたかったんです。
どうやって追い込んだか、ですか? 簡単ですよ。
会社は彼女に、遠方への転勤命令を出したんです。
ちょうどその頃災害リスク分散対策として、ザクシャルは北海道と九州に支社を置いたんです。
災害への対策は確かに企業としては重要ですが、その一環で転勤を半ば強要される社員が一気に増えました。心瀬さんもその一人です。
結婚はしているけれど、子供もいないし身軽だろうという理由から、心瀬さんには転勤命令が出されました。他にも多くの社員に転勤命令が出されましたが、中には育ちざかりの子供がいる女性社員も少なくなかったです。小中学校程度まで育っていれば、母親を転勤させても問題ないだろうと……
会社としてはそんな考えなんでしょうね。
心瀬さんは復帰したとはいえ、流産直後でまだ身体が不安定。
当然旦那さんは別の会社で働いているし、夫婦が一緒に行くことは不可能です。それは上層部も分かっていたはず。
そんな彼女に転勤命令が出た意味は……まぁ、体のいい退職勧奨ですよ。
無茶な転勤を命じられた女性社員たちは当然、次々と辞めていきました。10年20年、子供を育てながら必死で働いてきた社員も多かったのに、会社の仕打ちたるや酷いものです。
さらに会社側は心瀬さんに、転勤を拒否するなら自主退職扱いだと言ってきまして……
転勤は会社命令。それに従えないなら辞めてもらって当然。
今は女性だろうと、男性と同じように転勤するのが当たり前の時代。
単身赴任のつらさに耐え抜きながら、企業も社員も大きく成長してきた。
なのに女性社員は権利ばかり主張して、義務を果たそうとしない
――それが会社の言い分でした。
さらに心瀬さんは会社の人事部から、「これ以上会社にいても、貴方にどんな仕事ができるんだ!」と恫喝に近い言葉を吐かれていました。
最後になるとほぼ毎日人事部に呼び出されて、3人以上に詰問されて……
同じように退職を強要された社員も多かったですし、中には粘り抜いて会社都合の退職を勝ち取ったかたもいらっしゃいました。
心瀬さんも非常に粘ったほうだと思います。人事と対面しながら、真っ向から会社側の矛盾をつくような言葉もたびたび出ていましたし。一見おとなしそうに見えて、実は芯が強い人だったのかも知れませんね。
ですが彼女は……もう限界だったのでしょう。結局、自主退職をせざるを得ませんでした。
彼女を助けられなかったのは、本当に今でも心残りです。
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