第6話「<幽躰憑依>」
セレネが気絶した原因はアビスにあると判断したハル。確かにそうだが、アビスを呼び出したのは誰なのか忘れたのだろうか。自分が悪いと一切思っていないハルはセレネを担ぎ扉の魔女に<異界の扉>を使用するように命令する。
ゆっくりと重みを感じさせながら重厚な扉が開く。扉の先は、恐怖が湧き出てくるような黒一色である。
扉をくぐった先は、女型の天使を模った石像が両扉を守っている場所――玉座の間前に転移した。
無事転移できたことに安堵した後、アルファが指示を出したのか何時の間にか側で待機していたメイドにセレネを預け、客人用の部屋へと運ぶように命令し、ハル自身は玉座の間へと向かった。慣れてきたせいか、初めて入った時とは異なり全く緊張しなくなったハルであったが、出迎えたアルファを筆頭にホムンクルスたちに咎めるような目線を向けられたことに困惑する。
いつの間にか起きていたマグナスにもアルファたちと同じような目線を向けられたことに何故か無性にイライラするハル。
そんなハルにマグナスがアルファたちを代表して告げる。
「主……、体目当てで助けるとは……。浅ましい奴よのぉ……」
「えッ!? 何の話だよ!?」
「白々しいぞ! スカイ・オーブで全部見ておったわ! 2人で何やら話していた時、少女が体を守るように腕を組んでいたではないか! 助ける対価に体を要求したのじゃろう!?」
「いや、ちげぇーよ!? 確かにやってもらいたいことがあるとは言ったけど!」
マグナスの主張にたまらず反論するハル。厳かな雰囲気のある玉座の間には相応しくない論争が響く中、2人のやり取りを呆れながら止めるようにアルファは告げる。
「マスター、この際体目当てであっても問いただしません」
「いや、だから違うって……」
「それよりも何故助けたのですか? その人間の背後関係など調べずに」
「それは……」
「そして何よりも生身で外へ向かったことです。マスター」
セレネの背後関係を一切調べずに助けてしまったことを詰められるハル。それもそうだろう。仮にセレネが各国に名が響き渡っている大罪人だった場合、保護したということで周辺国に詰められるかもしれない。今後エターナル・ヴェインが表に出る際に、やっかみや不利な条約などを吹っ掛けられるかもしれない。まぁ、国力的にできるかどうかは置いておくとして。
そして何よりもハル本体が外へ行ってしまったことが問題だ。世界級の実力を持つハルを殺害するなど困難であることは分かっている。だが、それでもマスターであるハルを心配してしまうのは、配下として当然のことだろう。
アルファたちの心情を察し何も言い返せないハルは、俯き素直にアルファたちに謝罪の言葉を伝えた。
「……ごめん」
「はぁ、これからもマスターの無茶に振り回されるのでしょうね」
「うっ……、それは、たぶん、そうなります……」
これに懲りたら勝手なことはしないで欲しいと思うアルファたちだが、ハルの行動を止めることはできない。それでも生身では外に出て欲しくないと思ったアルファはとあることを提案する。
「……我々としては、マスターの自由意思に従うだけです。ですが、これだけはお願いします。本体での外出は控えてください」
「え、でもこれからも外に出たい……」
「丁度良いスキルをお持ちではないですか」
「いや、そんなもの……って、あ!」
アルファの指摘により<ダンジョンマスター>が内包する<幽躰憑依>を思い出す。任意の魔物を選択しその視点に切り替えることができる能力である。EoCでは、上手く扱うことができず使う機会がほとんど無かったが、この世界では有用なスキルと昇華しているかもしれない。
ハルは、<幽躰憑依>を使う―――前に見落としていたことに気付く。男性型ホムンクルスが居ないことに。
その事実を恐る恐るアルファに確認する。
「あのー、憑依先の男性型ホムンクルスがいないんですけど……」
「はい、その通りでございます」
「魔物配合「それは、魔石収集が確立されるまで禁止です」……つまり、配合用の魔石を自分で用意しろと?」
「御明察の通りでございます」
男であれば誰もが惚れるであろう素敵な笑顔で告げるアルファ。ハルには効かないが。魔物配合で新たな男性型ホムンクルスを作成しようと考えたハルであったが、アルファに禁止されていたことを思い出す。他に人型の魔物がいたか思い出そうとしているハルに魔物大臣のイプシロンが補足とばかりに告げる。
「憑依後に元の持ち主と同居することになりますので自我が確立していない魔物がよろしいかと。その場合、一度も召喚されたことの無いレベル1の魔物となりますが」
そう告げるイプシロン。ハルが女に現を抜かしている間に異世界に渡った後の魔物の状態について調査していた。与えられている役職柄ハルの魔物が保管されている異空間にアクセスする権限を与えられている。軍務大臣であるジータも同様の権限が与えられており、この2人はエターナル・ヴェインにおいてもハルの次に軍事力を持っていることになる。魔物が必ず従うとは限らないが。
とにもかくにも魔物について調査していたイプシロンは、憑依先の条件に適している魔物をピックアップしていく。
ゴブリン、スライム、スケルトン、ウルフ……etc.
雑魚に位置づけられる魔物たちである。ハルとしては、人型が望ましいため必然的にゴブリンかスケルトンとなり、醜いゴブリンには成りたくないと思い最終的にスケルトンを選択した。
「OK! スケルトンにするよ。<召喚・白骨>」
そう呟くとハルの近くに一体の白骨が出現する。全身はハルと同程度の大きさで通り真っ白。だが、その色合いは低級魔物に相応しい安物感が漂い一目で”弱い”ことが窺える。また、スケルトンの名の通り肌や臓器などが一切ないため体中が空いており、そこから向こう側を見ることができる。だが、唯一目の部分だけは漆黒だ。
「<幽躰憑依>」
召喚が成功したことを確認したハルは続けてスケルトンに自分の意識を移す。スケルトンの瞳に青白い炎が宿ると同時にハルの体は糸が切れた人形のように体から力が抜けその場に倒れる―――ことなく、ハルのブレスレットとなっていたアビスが大きくなり受け止める。
突如現れたレベル100のアビスにアルファたち大臣は、驚愕し体を銅像のように硬直させた。仲間であることは確かであるが、圧倒的に存在の格が違うため無理もない。1柱はいつも通りであるが。
そんなアルファたちに目もやらずハルの本体を守るように体を重ねる。
「ありがとうアビス。そのまま俺の私室まで運んでくれる? ベッドに寝かしてくれたらいいから」
「シャァァァ」
ハルの命令を受けたアビスは、底なし沼に嵌ったかのように徐々に自身の影に沈んでいきやがて姿が見えなくなった。<影転移>を使ったアビスを見て「その方法があったか……」と呟くハル。そんなハルにアルファは溜息を吐きながら話す。
「……なんてものを召喚したのですか」
「ん? ああ、集団転移の方法が思いつかなくて。兵士たちをアビスに丸吞みしてもらったんだ……って、そうだった。ガンマ、異世界の住人を大量に連れてきたから後で尋問しといて。その後は、俺が介入した所からの記憶を消してダンジョンの1階層に転移させていいよ。後は、彼らの実力次第だ」
「し、承知しました」
ガンマは突然、格の違う存在が目の前に現れたことにより混乱したが、マスターからの命令を遂行するために行動を開始する。ガンマは、外務大臣であり外部とのやり取りを担う。……尋問を行うのに適している役職なのかは疑問が残るが。
「あと、セレネのことはよろしくねアルファ」
「……承知しました」
「それとマグナス」
「なんじゃ?」
「拠点から出ない。アルファたちの指示無しに魔法・スキル使わない。いいね?」
「嫌じゃ! 妾も外に行きたい「そういうことで!」って、待つのじゃ!」
マグナスの静止も聞かずにハルは最も遠くに離れたスカイ・オーブと<主従交換>する。玉座の間には、マグナスが駄々をこねる声が響くだけだった。
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