コドクな一家

益井久春

第1話 絶望

僕の名前は詰木ツメギ 五夜イツヤ

愛知県の名古屋市にある、とある中学校に通っている中学3年生の男の子だ。


僕は平凡な会社員のお父さん・十季男トキオと主婦のお母さん・百花モモカの間に生まれた。それとお兄ちゃんとお姉ちゃんが2人ずついる、合計7人家族。あまり裕福じゃないけど幸せに暮らしている。


ただ、一つだけ問題がある。それが……


「おい、お前!俺のウンコに漬けてやったこのムカデ食えよ」


「あー、ちなみに吐いたらこの上着で拭くからねー」


「クフフッ。このメガネも割ったらいい音出そうだよねぇ」


ご覧の通り、僕はいじめられている。今の僕は誰からも見えない小さな場所で、茶色くなったムカデの死骸を食べさせられている。おまけに上着を人質に取られ、吐くことが許されない状態だ。


クラスメイトは誰も僕に味方しないどころか、僕は全てのクラスメイトに虐められたことがあると言っても過言ではない。


昨日は女子トイレにクラスの女の子数名がかりで連れ去られ、「女の子の使う水舐められるとかご褒美じゃーん」とか言われながら便座に顔を突っ込まされ、トイレの水で窒息させられかけた。見つかった時には先生から叱責され、クラス全員から自業自得だと笑われた。


この前の修学旅行の時ですら、「詰木のお土産獲得ゲーム」というゲームの体裁をとったいじめ大会が開催され、結果お土産を全て奪われた。それだけじゃなく、とっておいた筆箱やお金(財布ごと)なんかも奪われて、結果二度と僕がその筆箱を使う日は来なくなってしまった。


給食に髪の毛を入れられたり、上履きに泥を詰められたり、休むたびに勝手に遺書を机の上に置かれたり、そういった何度受けたか覚えていないいじめすらある。


前述の通り全員からいじめられている。仲裁してくれる子はおろか傍観者すらいない。直接手を下さず、いじめを楽しんでもっとやれと言ってくる観衆が数人いる程度だ。先生も僕がいじめられている状態を見て隠蔽か何かしようとしているみたいで、僕の味方になってはくれなかった。


学校を何度か休もうとしたこともあったけど、僕の中の義務感がそれを許してくれなかった。それに、家族もどういうわけか僕に学校に行ってほしかったみたいだ。


まあ、家族には僕がいじめられてるってこと伝えてないんだけど。


——もっと言えば、僕をいじめているのはクラスメイトだけじゃなかった。


「おい。そこのザコ。さっさと退けや」


そう言いながら上級生に突き飛ばされた。


「うわああああ」


「やっば。すごい転がるじゃん。ボウリングかよ。今度あそこにバケツ置いてストライク狙おうかな〜」


その後、3日くらい間を置いて本当にそうされたことは覚えている。あの時は痛さのあまり午後の授業を欠席した。


僕は上級生・下級生からも何度かいじめられたことがあった。本当に毎日が最悪だった。死にたいと思って自殺の予行演習だってした。死ぬのは怖かったし、家族に迷惑をかけたくなかったから全部未遂に終わったけど、本当にそれほど辛かったのは嘘じゃないと僕の心が常に訴えている。


何より、僕の腕に刻まれたリストカットの傷跡が、この辛さが本当だったことを証明している。


——そして今日の午後も、いじめの後半戦が開かれた。


「おいそこの家畜……餌やりの時間だぞ?」


そう言いながら画鋲が満タンに入った箱を掲げ、その中身を僕の口の中に捩じ込んでくる。


「うっ……うっ……おえぇっ」


当然ながらこれを飲み込むことなどできず、僕は口に入れられた画鋲を全て吐き出してしまった。


「おいおいおいおい、勿体ねえじゃん……お前の唾液浴びた画鋲とか触りたくねえし。あ、そろそろ着席しないといけないから先行っとくな」


そう言いながらいじめっ子たちは教室に向かって逃げていった。僕はその後、画鋲をハンカチで拭きながら拾い集めて箱にしまったけど、それが原因で遅れて先生にこっぴどく叱られてしまった。


理由を説明しても、納得してもらえず。結局、いつも通り心身ともに傷だらけで帰ることになった。


「ただいまー」


今日はみんな遅いみたいだ。「おかえり」という声は一つも聞こえない。2時間ほど僕が動画サイトを見て暇を潰していると、その間にみんな帰ってきた。


「あ、あのお母さん、今日とても重大なことがあってみんなに話したいんだ」


「そういうのは夕食にしましょ?みんな集まるし」


「わかった」


そうして僕は晩御飯ができるまでまった。今日の晩御飯はナポリタンだった。この時間は家族が大事なことを話すので、我が家では通称『夕食会議』と呼ばれている。


「それで、五夜は大事な話があるって言ってたわよね。それって一体なにかしら?」


「ああ、それなんだけどさ……僕、学校でとんでもないいじめに遭ってて、自殺しかけてるんだ……。だから助けてほしいんだ」


僕がそれをいうと、家族全員が一つの顔で僕を見つめた。驚愕と絶望が混ざったような顔だった。もう二度と見たくないほど心を破壊されそうな顔だった。


「そんな……まさか……」

「ありえない……」

「どうしてそんなことを言うんだ?」

「ああ……最悪」

「なんてこった……」

「もう終わりじゃん……」


「(お父さん/お母さん/俺/私/オレ/あたし)も、もうすぐ死にそうだから助けてほしいのに……」


ここで再び僕を含めた全員が同じ顔になる。そして周りを見回し始めた。どうやら全員が、自分だけが苦しんでいると思っていたようだった。


「何が起きてるの?どういうこと?」


「それじゃあ、まずはみんなを苦しめる”敵”について話そうか……」

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