第31話 修羅場と書いて恋バナと読む②

「あ、天野は確かにイケメンじゃないかもだけど、でもあいつは……」

「私が調べた限り、遠野瀬奈という人間は小学校と中学校の頃、ヒロ君と同じ学校に在籍していないはずだよ」

「……え?」


 有栖川は黒崎の言葉を聞いて固まってしまう。


「遠野……?」

「月ヶ瀬ちゃんは知らないっけ? 有栖ちゃんの旧姓だよ」

「なんで知っているの?」

「調べたからねー」


 平然とした様子で黒崎は話す。


「教えて? あなたはヒロ君と昔、話したことがあるみたいだけど、それはいつ、どこで、どんな内容?」

「有栖さん、無理に言う必要はないわ」


 月ヶ瀬涼子は有栖川に助言する。自分の過去について捜索されて、更には問い詰められる。普通の学生なら恐怖で何も言えなくなってもおかしくなかった。


「……いいえ、言わせてもらいます」


 有栖川は一度目を閉じてからゆっくりと瞼を開いた。


「私が天野と初めて出会ったのは小学四年生の頃、近隣の学校合同の林間学校でした」

「あぁ、確かに昔、そんなのをやっていたね。 つまり、有栖ちゃんは他の学校の生徒だったわけだ」


 黒崎の質問に回答した有栖川はそこで区切らず、言葉を紡いだ。


「その行事の一環でかくれんぼが行われました。 そこで私は友達とはぐれて一人、山奥で迷子になった」

「ほう……」

「当時の私は気弱で一人では何もできない子だった……日も暮れて暗くなり、怖くなった私は一人で泣き崩れました。 そんな私を探しに来て、助けてくれたのが天野です」

「どうして別の学校のヒロ君が有栖ちゃんを?」

「後になって友達から聞きましたが、天野は合同で炊飯活動をしていた私と同じクラスの子からまだ一人だけ山から帰ってきていない人がいるという情報を知ったそうです」

「それで一人で動いたわけだ……黙って見過ごせない、ヒロ君らしいな」

「一人で山奥に入って彼は先生からはすごく叱られたそうです」

「子供が遭難しに行くようなものだからね……教師が怒るのもごもっともだ」

「彼は覚えていなかったみたいだけど、私にとってその出来事は一生忘れられません」


 有栖川は胸元に手を当てながら瞳を揺らした。有栖川が誰を思っているのか、月ヶ瀬も黒崎もわからないわけがなかった。


「なるほどね……そんな関係があったとは知らなかったよ。 うん、それは同じ境遇だった。私もヒロ君に惚れちゃうかな。 それで久しぶりに彼と出会ったら気になってしまうよね」


 黒崎は腕を組み、うんうんと首を縦に振った。


「次は月ヶ瀬ちゃん、教えてくれるかな?」

「……あなたは?」

「私は最後に言わせてもらうよ。 嫌なら先に言うけど?」

「いいえ、有栖ちゃんも本音で語ってくれたし、私も隠すつもりはないわ」

「月ヶ瀬先輩もやっぱり天野の事を……?」

「そうね。 でも私の理由は有栖ちゃんのような綺麗な恋心ではないかな」

「それってどういう……」


 有栖川が言い終えるよりも先に月ヶ瀬涼子は口を開いた。


「私が天野君の存在を知ったのは高校一年生の冬だった」

「やっぱりヒロ君が入学する前だったのか」


 黒崎綾乃が口を挟む。月ヶ瀬涼子は気にせずに続けようとする。


「当時の私は今みたいに人と接する事が出来なかった……周囲からは天才と呼ばれて親や教師、生徒からも月ヶ瀬涼子は完璧超人なんて言われていたけど、人との関わりだけは正直、得意ではなかったの」


「そうだね、一年生の時の月ヶ瀬ちゃんは孤立していたわけではないけど、仲の良い人がいるわけでもない、他人とは文字通り、人付き合いをしている印象だった」


「黒崎さんは人の事をよく見ているのね」


 月ヶ瀬は大人のように優しく微笑んだ。


「私はどうすれば人とうまく付き合えるのか、友人関係を築けるのか悩んでいた。 本屋で参考になりそうな書物を探していたそんな時、天野君を見つけたの」


「もしかして先週大会に出たあそこですか?」

「そうね。 本屋と同じ施設内で大きな声が聞こえてきて何事かと見てみたら、楽しそうに遊んでいる天野君と他の大人や子供達がそこにいたわ」

「その日もあそこでカードゲームの大会をやっていたわけだね」


 黒崎の言葉に月ヶ瀬は首を縦に振った。


「私は驚いた。 私よりも年下の男の子が年齢や性別も関係なく、誰とでも親しく接している……そんな事が出来る人がいるんだって」


「なるほど、恋心からではなく、単純に関心を持ったと」


 黒崎の言葉を月ヶ瀬は目をつむり、無言で肯定を示す。


「それからしばらくの間、彼から人との接し方を学べるような気がして週末に私は本屋に通うようになった。 でも結局見ているだけでは何もわからなかった……そんなある日、彼が私と同じ高校に通うことを耳にした」


「それで月ヶ瀬ちゃんはカードゲーム部を作ったわけだ」

「私はカードゲーム経験者の先輩を演じて彼に接近した……彼を近くで見ていれば私も彼のように誰とでも仲良くなれる気がしたから」

「それでわざわざカードゲームの内容まで覚えて、更には偶然を装ってヒロ君だけを入部させたのか……おそろしい女だねー」

「あなただけには言われたくないわ」


 有栖川もその点は同意したようでコクコクと首を振っていた。


「天野君と話しているうちに気が付いたのは、彼は決して全ての人と接するのが得意ではなかったという事」

「クラスでも人気者ってわけではなかったわね」

「彼は好きな物に対して純粋に楽しんでいた。 思い返せば初めて天野君を見た時も彼と周りの人の中心には共通の話題があった」

「カードゲームだね」

「人と仲良くなる為に共通の趣味を持つ。 他人に関心を持てなくても、同じ好きなものがあれば分かり合えるのを彼は教えてくれた」

「学べたならもう部活も彼も必要ないのでは?」


 黒崎綾乃の言葉を受けて月ヶ瀬涼子は再び目を閉じる。そしてゆっくりと瞼を開き、続きを語り始める。


「そのはずだった……でも部活を続けていくうちに、演じているうちに私も彼と同じようにカードゲームに興味を持つようになった。 そして、同時に天野君は私にとって初めて心を許せる人になっていた。 有栖ちゃんが入部すると言った時、天野君と一緒にいる時間を奪われるような気がして私は嫌だと思った。 恋愛経験のない私でもわかる……いつの間にか私は天野君に対して関心を超えて恋をしていたのだと」


「……そっか、月ヶ瀬ちゃんはヒロ君と話しているうちに好きになっちゃったんだね」


 話を終えた月ヶ瀬涼子は深呼吸をする。そして三人目に向き合った。

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