第20話 スマイルは有料になります

 席のほうに戻ると俺のカバンはそのまま放置されていた。焦りのあまり、俺はカバンを置き去りにしていたようだ。あの中には俺のカードゲームのほぼ全てが詰まっているので無事でいてくれてホッと息をつく。


「ここにいるとまた他の人に話しかけられるかもしれないけど、どうする?」

「天野が良ければ一緒に同じ店に並んで、後から席を探すのはどう?」


 確かにそれなら有栖川が一人になることもなく、ナンパの被害は起きにくいだろう。


「じゃ、それで。 有栖川は昼飯決めた?」

「あんまり食欲湧かないし、あそこのポテトにしようかな」


 有栖川は関東と関西で呼び名論争が起きているMの文字がトレードマークのハンバーガーショップを指さした。それだけの量で足りるのだろうか? ちなみに俺はマック派だ。


「奇遇だな、俺もそこにしようとしてた」

「ほんと? じゃ、並ぼ」


 カバンを持って俺と有栖川は列に並んだ。するすると店員さんが人を捌き、あっという間に俺の番が回ってくる。


「お次でお待ちのお客様、お待たせしました! ご注文はいかがいたしましょうか……ヒロ君?」

「えっと、この昼セット、ドリンクはコーラで……」


 ……ん? ヒロ君?

 その呼び方をする人間を俺は一人しか知らない。俺は店員の顔を見る。


「く、黒崎先輩!」

「やぁやぁ。 ヒロ君に……有栖川さんも一緒なのかい」


 列に並んでいる有栖川を見ながら先輩は話す。


「ど、どうしてこんな所にいるんですか?」

「見てわかるだろう? アルバイトをしているんだ。 それよりも私は君たちがここにいる理由のほうが気になるなー、合計で八百円になります」


 黒崎先輩は俺と会話を交えながらも会計を進めて業務に支障をきたさない。アルバイトの鏡である。


「デッキを作るのに必要なカードを買いに来てたんですよ」

「なるほどね、はいこの受付レシートを持ってそこで待機ね」


 先輩は俺の言葉を聞いて納得したのか、商品と交換用の用紙を渡して待機場所へと誘導する。案内されるがまま俺はその場所へと移動した。

 会計はすぐに終わったのもあって、黒崎先輩は続けて有栖川の接客を始めた。有栖川も先輩を見るなり目を見開いて驚いていた。

 人ごみの声にかき消されて二人の声は聞き取れなかったが、会話と会計を済ませて有栖川がこちらに歩いてきた。


「黒崎先輩って、ここでも働いていたのか」

「掛け持ちしている中の一つで、いつもここにいるわけではないみたいね」


 そういえばそんな事も言っていたなと思い出す。先輩を見ると普段は見せないような営業スマイルでお客様の相手を丁寧にしていた。エプロン姿の先輩を見るのは新鮮で、普段俺に接する時とは異なる姿を見て思わず目を奪われてしまう。


「天野、呼ばれているわよ」

「あ、ほんとだ」


 別の店員さんに呼ばれた俺は商品を受け取る。次いで有栖川もすぐに呼ばれた。


「本当にポテトだけなのか」

「…………」


 有栖川は無言で俺をにらみつけていた。


「えっと、ハンバーガーいる?」

「いらない。 早く席を探しましょ」


 目に見えて態度が不機嫌になっていた。注文の商品に口を出すのはまずかったかな?

 幸運な事にすぐに空いた席を見つけた俺と有栖川は座ってプレートに乗っている食べ物に手を付け始めた。


「…………」

「…………」


 俺は無言でハンバーガーを、有栖川はポテトを黙々と食べている。食事に集中しているというよりも明らかに気を立てて会話をしないようにしている。


「えっと、有栖川さん、その……ごめんなさい」

「何に謝ってるの?」

「俺が何か不快な思いをさせたのは分かってます。 でもその原因は分かりません……」


 言い訳よりも先に謝罪の言葉が出てくる。理由はわからないが俺が関係しているのだけは彼女の態度から察した。


「サイテー」

「うっ……」


 この言葉を彼女から聞いたのは何度目だろうか。このままでは本当にサイテー男、天野博士と認めざるを得なくなってしまう。


「はい、あーん」

「もう、人が見てるよ」

「えー、俺は気にしないよ」

「そんなこと言ってもう!」


 有栖川の背後の席で男性が女性にポテトをあげてイチャイチャとしていた。見ているこっちが恥ずかしくなりそうなバカップルぶりである。


「……ん?」


 脳内にふと出てきたカップルという単語に俺は引っかかる。カップルとは、男女二人連れを指す言葉である。


「…………」


 さて、問題だ。休日に二人きりで買い物に出かけている学生の男女がいた場合、はたから見てその二人をなんと呼ぶだろうか?


「ごめん、有栖川……客観的に見たら今の俺たちってカップルなのかな?」

「……げほっげほっ!」


 俺の言葉を聞いて有栖川は膨大にむせた。


「なんであんたは過程をすっ飛ばして答えに行くのよ!」

「過程?」

「私が怒っている理由よ」


 有栖川に不快な思いをさせたからなのは間違いない。そしてその原因は俺である。


「俺とカップルだと思われるのが嫌だからか、本当にごめん、目的も果たしたし、今すぐ俺は帰るから……」

「待ちなさい。 なんでそうなるのよ……そんなわけないでしょ」

「そうなの?」

「あんたの事が嫌いなら初めから週末に一緒に出掛けたりしないわ」

「それは……そうか」


 嫌いな相手と休みの日に遊ぶなんて嫌すぎる。


「ならなんで有栖川は……」

「天野、さっき黒崎先輩をいやらしい目で見てたでしょ」

「みみみみてないよ」

「目泳ぎすぎ……」


 性的な目で見た覚えはない。ただ某チェーン店のユニフォームをあそこまで着こなしているのは世界中探しても先輩ぐらいだなーと思っただけである。ついでにスマイルも貰っておけばよかったなーと思っただけだ。


「他の女の子に目移りされたら誰だって嫉妬するよ」


 ボソッと有栖川は言った。有栖川も黒崎先輩と同じぐらい魅力的な女性だ。実際に今でも周囲の男から彼女に視線は向けられているし、ナンパまでされているわけだしな。


「有栖川ぐらい美人でも誰かに嫉妬するんだな」

「するに決まっているじゃない、でも……美人ねぇ、うん。 そう言ってもらえるのはやっぱりうれしいかな」


 機嫌を直した有栖川と俺はそれから会話をしながら食事を楽しんだ。



「で、当初の目的を終えたわけだが。この後どうする?」

「せっかくなら服を見て回りたいかなー」


 これ以上ここにいたらそれこそ同じ学校の生徒に見られかねない。有栖川は嫌ではないと話してくれたが、学校でろくな噂しかない俺と一緒にいるのは良くないはずだ。このまま解散するのが吉な気もする。


「そうか、じゃ、俺はこれで……」

「なんで私一人だけで行く前提なのよ。 あんたも付き合いなさい」

「服はよくわからん。 それに俺がいたら迷惑だろ」

「ふーん……また誰かに私、絡まれるかもよ?」

「……わかった、付き合うよ」


 さっき有栖川からラインを受けた時、心の底から不安になったのは事実だ。またあんな思いをするぐらいなら用心棒としてそばにいた方が楽である……我ながら頼りないけど。


「ほんと! やった!」


 有栖川はヨシッ! とガッツポーズをすると最後のポテトを食べ終えて立ち上がる。俺も飲み残しのコーラを吸い終えると席を立って彼女と一緒にトレイ置き場に向かった。

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