第13話 国家魔術官試験ー6

 俺の目の前には、スーツで眼鏡のおじさんがいた。

 その隣もおじさんだ。三人のおじさんが俺を見る。


「では、始めます。まず初めに自己紹介をお願いします」

「白虎夜虎、六歳です! 適正属性は雷、得意な技は雷槍です! 魔力量だけは誰にも負けません! 尊敬する人は両親です!」


 真ん中のおじさんに言われた通り、自己PRを簡潔に俺は話す。

 なんか就活みたいだな、やったことはないけど。


「…………ありがとうございます。では出身大学……いや、失礼。出身幼稚園? はどこですか」

「幼稚園には通っていません! 母がずっと付きっ切りで育ててくれました!」

「なるほど、愛情をたくさんもらったようですね。素直でまっすぐ育っている」

「はい! 溺愛されました!」

「ふふ」


 面接官のおじさんがふふっと笑う。

 すると眼鏡をはずして、手に持っていた紙を机に置いて、俺をまっすぐ見た。


「テンプレート通りの質問はやめましょうか。あまりに型破りだ。こんな質問では君が見えない」

「すみません」

「謝ることではありませんよ。大変に喜ばしいことだ。才能ある若者を見るのが楽しくてやってる仕事です。まさかこんなに若い子がくるとは思いませんでしたけどね」


 そういってにこっと笑うおじさんは、なんだかすごく安心した。

 言い方が悪いかもしれないが、どこにでもいる普通のサラリーマンのお父さんという印象はとても安心した。


「夜虎君。シンについて君はどれぐらい知ってますか」

「えっと……突然現れて、人を襲う化け物です」

「うん。認識は今はその程度でもいいです。ですが知っておいて欲しいことは、魔術官とは命を懸ける仕事だということ。そしてシンとは怖いものということです。その本当の意味を理解してほしい」


 そういって、立ち上がったそのおじさん。

 俺はそれを見て、目を丸くして、思わず息を飲んだ。


 足がなかった。

 机で隠れて見えなかったが、そのおじさんには膝から下の両足がなかった。

 だが、おそらく土属性の魔術で足を疑似的に作っているのだろう。砂の足ができていた。


「この足はシンに食われました。死ななかったのは、運がよかったですね。魔術官の年間殉職者数、つまり死亡者数をご存じですか?」

「わからないです……」

「昨年度で32人です。毎年これぐらいは死んでいます。これが多いと取るか少ないと取るかは夜虎君次第ですが、日々知った名前の誰かの訃報が届きます。狭い業界です。ほとんどは顔見知りといってもいいでしょう。その誰かが毎年死ぬ。そんな世界です」

「…………はい」

「別に脅しているわけではないですよ。白虎家として生まれたのですから、魔術官になるのが当然。と考えているならその考えを変えてもいいと言ってるんです」

「変える?」

「……君はまだ若い。いや、若すぎる。無限の可能性が君の前には広がっています。スポーツ選手だっていい、ゲームの配信者にだってなれる。研究者にもなれるし、チョコレートケーキが好きならパティシエにだってなれる。世界中の美味しいものを探して旅するという道だってあるんだ。その強さがあれば戦いに身を置かなくても、十分幸せに食べていけるぐらいは稼げるのだから」


 そのおじさんは、優しく俺を諭した。

 そしてその提案は確かに魅力的だった。

 俺は前世で、一歩も外に出ることもできず死を迎えた。


 この世界を探検したい。

 もっと美味しいものを食べたい。

 そして、全力で楽しんで生きたい。


 ――走りたい。


 その思いを叶えるためなら、俺は魔術官にならなくてもいいんじゃないだろうか。


 俺が黙っていると、隣のおじさんが口を開く。


「千歳さん。せっかくの才能ですよ。そんな脅すようなこと」

「いいんです。こんな子供が戦わなければ守れない国なら、他の貴族に守護をお願いしたほうが幾分かマシです」

「し、しかし……千歳さん、まだ六歳です。そんな難しいことを」


 おじさんは、俺をまっすぐ見る。

 ずっと静かに。そして答えを待っているように俺を見る。


「いいえ、子供というのは大人が思うよりもずっとしっかりと考えているものです。夜虎君、私は君の言葉が聞きたい。君の心が知りたい」

「僕の……心」


 俺は自分の胸に手を当てて聞いてみる。

 俺はなんで魔術官になりたいんだろうか。

 俺はなんで……強くなりたいんだろうか。


 そのときふっと浮かんだのは母さんと父さんの顔だった。

 この世界で、絶対に俺を裏切らないし、絶対に味方でいてくれる二人を。


 もしも俺が死んだら二人はどれほど悲しむだろうか。

 そして、二人が死んだら俺はどれほど悲しむだろうか。


 それを想像するだけで心がぎゅっと痛くなったし、それは、容易く現実で起きることだ。

 なぜなら父さんは毎日命がけで戦っている。母さんだってそうだ。

 今日も誰かが誰かを守るために戦っている。


 そして、今日もこの世界のどこかでシンによって、誰かの最愛が奪われて、きっと誰かが泣いている。 


 それはとても……辛いことだと思った。


「死ぬのは……嫌です。死んでしまうのは…………嫌です」

「ん?」


 だから俺は口を開いた。

 ただ心がそう思った通りに。


「死……はすごく怖いです。死にたいとずっと思ってたのに、もう消えてしまいたいと思っていたのに……いざ目の前にすると……やっぱり怖くて泣いてしまうほどに……怖いです」


 隣のおじさんが何を言ってるんだと口を挟もうとする。

 だが中心の千歳と呼ばれたおじさんが、それを手で制する。

 俺の言葉を静かに聞いて、耳を傾けてくれる。


「でもだからこそ……僕はそんな死を大切な人に向けさせたくない」

「たとえ自分が死んでもですか?」

「それも嫌です。絶対に僕も死にたくない!!」


 少し驚いた顔をする千歳さん。

 だが、少し嬉しそうに笑う。

 

「誰も死なせたくない、でも自分も死にたくない。その道にはたった一つしか答えはありませんよ」

「はい、だからなります!」


 言葉が出てきた。

 別に考えていたわけじゃない。

 でも千歳さんと話していくうちに、俺の考えがまとまって自然と言葉がつながれていく。


 この世界に生まれてすでに六年、もうこの世界で経験したことの方が多くなってきた。

 俺は確かにこの世界で生きている。

 そしていつかこの世界で死ぬだろう。


 でもそれまでは全力で生きる。全力で強くなる。全力で守る。

 だから。


「――世界最強になります!」


 自分のためじゃなく、誰かを救うことだってこの力があればできるはずだ。

 だって、俺はこんなにも健康な体と愛をもらって生まれたのだから。


 俺はそう答えて、まっすぐと千歳さんを見た。

 すると千歳さんは嬉しそうににこっと笑い、ゆっくりと立ち上がった。


「世界には最強の名を冠する者たちがいます。…………北欧、永遠の銀氷――シルバーアイス家。中国、無限の魔王――黒王家。アフリカ、黄金の聖火――ロートオリフラム家。そして……世界最強、米国。純白の風龍――ヴァイスドラグーン家。五大貴族と呼ばれる理外の力を持つ支配者たちです」

「五大貴族…………日本の紫電家もですよね?」

「…………いいえ」

「え?」


 紫電家は五大貴族の一角のはず。

 しかし、違うのだろうか。


「確かに五大貴族の一角……ではありました。しかし、かつて紫電の雷虎と呼ばれた紫電家はその貴族たちともはや肩を並べることはできません」


 そういう千歳さんは少し悲しそうだった。


「夜虎君。血継魔術……という言葉を知っていますか?」


 なにそれ、ちょっとかっこいい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る