第10話 国家魔術官試験ー3
国家魔術官試験。
それは日本最難関試験とも呼ばれる試験だ。
まず魔力という適正がなければ受験することすらできない。
試験内容は四つ。
一つ、魔力適正試験。
二つ、実技試験。
三つ、人格試験(面接)
四つ、実地試験。
と俺は、土田さんに説明されながら試験会場の廊下を歩いている。
父さんと母さんは、見学なのでお別れだ。
母さんが静かにしてるから隣にいたいとついてこようとして剥がすのが大変だったな。
立場が逆である。
「ほら、みんな大人ばっかりだろ」
「そうですね……ん? でもあそこに、中学生ぐらいの人がいますよ!」
「中学生? あぁ、そうか。今年だったな」
見渡すとほとんどが屈強な男たちなのだが、一人だけ場違いの女の子がいた。
年は中学生ぐらいだろうか。いや、そうだろう。だって制服着てるもん。
高校生とまではいかないが、小学生ではないほど大人びている。
黒く腰まで伸びたロングヘア―は、シャンプーのCMで見るみたいにサラサラだ。
だが腕を組んで、誰も寄せ付けないというような雰囲気で、周りの人たちも、それを察しているのか大分距離をとっているようだ。
しかし、美人だ。
眼の下に泣きぼくろがあり、常に何かを睨んでいるように目がキリっとしている。
あんな目力で睨まれたら、一部の変態を除いて背筋が凍る思いだろう。
「あの子はね、紫電 静香さん。さっき話していた御屋形様のお孫さんだよ。今年中学1年生かな」
「あの人が……どうりで」
何か一般人とは違うオーラを出しているなと思ったが、実際そうだったようだ。
お嬢様? という感じなのだろうか。しかし中学生であんな雰囲気が出せるのだろうか。
「そうだ! 挨拶に行こうか」
すると土田さんは、俺を連れて静香さんの方へ向かう。
「静香さん。初めまして、今日の試験監督をする土田といいます」
「…………えぇ。よろしく」
なるほど。
その挨拶の雰囲気でやはりこの人は相当に偉い人ということがわかった。
例えるならお姫様と家来といった感じだろうか。
日本を守護する代表の家のお嬢様ならそういう関係性なのだろう。
「こちら、白虎家の長男。夜虎君です」
「…………そう。紫電静香よ。初めまして」
「初めまして、静香……お姉ちゃん?」
とりあえず小学生らしく、愛らしく挨拶してみた。
紫電家と白虎家はいわば親戚、ならばさん付けではなくお姉ちゃんと呼ぶのが正しいはず。
「し、静香様……って呼ぶべきですか?」
「べ、別にお姉ちゃんでいいわ。好きなように呼びなさい」
少し顔を赤くして、でもちょっと恥ずかしそうにしている。
でもちょっと嬉しそうな気がするので俺はお姉ちゃんと呼ぶことにした。
「見学かしら?」
「いえ……その夜虎君は、受験するようで」
「……………………はぁ?」
声低……こわぁ。
まるで氷のような目で俺を遥か上から見下ろす静香さん。お嬢様は女王様の素質もありそうだ。
やめて、そんな冷たい目で見られると泣いちゃうぞ。我、小学生ぞ。おもらしするぞ。
俺は震える声で弁解した。
「あ、あの両親が、勝手に申込をして……僕はそんなつもりはなくて……」
「…………そういうこと。あなたも大変ね」
「それでですね。十二天将家と紫電家は本家と分家……親戚関係でもありますし、私は試験監督で付きっ切りというわけにはいかないので出来れば静香さんに夜虎君の面倒を見ていただければと」
「…………ええ、いいわ」
「ありがとうございます! では私は準備がありますので」
そういって土田さんは行ってしまった。
俺は静香さんと二人になる。
無言の時間が、ちょっと気まずい。
「今いくつになるのかしら?」
すると静香さんから話題を振ってくれた。
あれ? もしかして結構いい人か?
「六歳です。今年から小学生ですね」
「…………そう、随分大人びているのね。そこまでかしこまらなくていいのだけれど」
「両親の教育が良くて……あ、ほら。あれですよ、手を振ってます」
大部屋は、上が観客席のようになっており、保護者だったり、家族だったりが何人か上から見下ろしている。
その中で、俺の父さんと母さんがずっと黒いうちわを振っていた。
なんだあれ、夜虎♡って書いてるぞ、母さんにいたっては、エアハグして♡と書いてる。
アイドルのライブか何かと勘違いしてないか?
「……光太郎には、何度か会ったことがあるわ。優しそうなご両親ね」
「えへへ、そうなんです。静香お姉ちゃんの両親は来てますか?」
「母は死んだわ。父……もね」
「え?」
「では、魔力測定試験を開始します! こちらに集まってください」
それと同時に、土田さんがメガホンで受験者に呼び掛けた。
すると静香さんは、含め受験者が歩いていくので俺もついていく。
「だから酒吞童子は……私が殺すの。必ず」
酒吞童子?
魔力とは血である。
人間の全身、余すことなく巡っているこの血にこそ、魔力は宿る。
そう思えば、母乳は血液から作られると聞いたことがあるが、母さんの母乳で俺の魔力が回復したのも頷けるな。
ということで、俺は今血液を抜かれている。
前世では、体中点滴だらけだし、注射なんて日常だったので今更だ。
受験者全員の血液が抜かれ、試験管のようなものに入れられた。
全員の注射が終わると、何やら机が運ばれてきて、その上には大きなお盆が置かれている。
「何するんだろう」
「弾きよ」
「弾き?」
すると土田さんがその受験者が持っていたサンプルを受け取る。
そしてそのお盆に血液パックからか、真っ赤な血を垂らした。
「これは私の血です。上級魔術官の魔力がこもった血です。抜きたてで、新鮮ですよ」
そしてお皿の上には、土田さんの血が醤油皿程度に溜まっている。
「では、今から名前が呼ばれた者は前に出るように。受験者番号0001番 田中太郎さん!」
「はい!」
すると受験者の一人が呼ばれて前に出る。
そしてその受験者が持つ自分の血を手渡した。
一体何をするんだろう。
するとそのサンプルの血を一滴、土田さんの血に垂らした。
ぶん。
血が飛んだ? ほんの少しだけ、一センチもないが少しだけ跳ねたような気がする。
「……初級」
すると土田さんがそれを見て、リストに書き込んでいく。
受験者は悔しそうにしているが、すでに分かっていたことだと諦めた表情だ。
どういうことだろう。
「弾き……と言われる昔ながらの手法。採血したばかりの魔力がこもった血同士は弾きあう。その差が強ければ強い程に、強く。土田魔術官の魔力がこもった血がお盆に溜まっているから、一滴垂らした時の受験者の血の弾かれ具合によって魔力量を測定するのよ。ほら」
すると次の受験者の血が垂らされた。
ポンっと血が5センチほどは浮いただろうか。
そのあと何度もポンポンと跳ねた後混じりあってしまった。面白いな。
「中級」
「よし!」
すると受験者はガッツポーズした。
なるほど、跳ねた高さで判断するのかな?
そのあとも全員測定していく。
「これで初級や、中級になればどうなるんですか?」
「対応する等級の受験許可を与えられる。逆にどれだけ努力しても魔力試験を突破しなければその資格は得られない」
どうやら魔力が強くなければ魔術官の試験を受けることはできないらしい。
生まれ持った血のみで判断され、努力でどうにかならないのは、少し理不尽な気もするがスポーツではなく、命を懸ける仕事だ。
結局それが一番いいのだろう。命を失うよりは。
「では、次。紫電 静香さん!」
すると静香お姉ちゃんが呼ばれた。
そして紫電という名に全員がざわついた。
それもそうだろう、今この国の代表。日本一強い魔術師の家のご令嬢がそこにいるのだから。
全員がかたずをのんで見守る中、静香お姉ちゃんの血が垂らされる。
そして、それは起きた。
「……さすがは紫電家。恐れ入りますね」
なんと土田さんの血が全て弾かれたのだ。さらに静香お姉ちゃんの血も2メートルぐらいは飛んだだろうか。
たった一滴の血で、土田さんの血が全て弾かれ勢いそのまま、皿から落ちる。
つまりあの量の土田さんの血全てを足しても、一滴の静香お姉ちゃんの魔力には及ばないということだろうか。
「文句なし……上級以上ですね。素晴らしい弾きでした」
「すげぇ……」
「あれが紫電家……」
「日本の守護者の頂点か」
「俺たちとは格が違うな」
そして静香お姉ちゃんがゆっくり戻ってくる。
「すごいですね、静香お姉ちゃん!」
「何を言っているの。私ほどじゃないにしても、あなたもあれぐらい弾くわ。白虎家なのだから」
「そうなんですか?」
「魔力の強さは、血の濃さよ。紫電家はもちろん、十二天将家は平安から千年かけて強い魔力を持つ者同士が番い、その血を濃くしてきた。一般人とは、生まれも歴史も覚悟も違うわ」
「はぁ……なるほど」
確かに魔力は遺伝する。とそういえばあの本にも書いてあった。
ならばそれは血のことなのだろう。
何かすごく業が深い気もするが、日本を守るという使命のもときっと色々あったんだろうな。
例えば望まない結婚とか、血が強い男のハーレムとか、駆け落ちとか、お家騒動とか。
なんかドロドロしてそう。血だけに。
「えーでは、次が最後ですね。白虎夜虎君!」
「はい!」
そして俺の番がやってきた。
俺が返事した瞬間、みんなが驚くように俺を見る。
「お姉ちゃんを応援しにきた弟だと思ってた」
「あの年で受験?」
「いや、しかし白虎と言ってたぞ」
「白虎家の跡取り息子か! なら魔力試験は期待できるな」
すごく注目されている。
これだけの人数に見られると少し緊張するな。
俺がガチガチになりながら歩くと、みんなが微笑ましそうに頑張れと言ってくれる。
まるで運動会で親たちに、応援されてかけっこをさせられる気分だ。
運動会やったことないけど。
「ふふ、緊張してるかい?」
「はい」
「大丈夫、香織さんと光太郎さんの息子なんだ。間違いなく上級だよ」
「まぁそうなんですが……ちょっと懸念が」
「大丈夫、大丈夫。じゃあやるよ」
そういって、先ほどこぼれてしまった自分の血をお皿に足す土田さん。
そして、少しわくわくしてるような顔で俺の血を、一滴垂らした。
「さぁ、未来のホープはどうかな……っと」
ピチャ。
パン!!!!!!!!!
「はぁ?」
土田さんの理解できないものを見た声と同時に、眼鏡のレンズが血で赤く染まって目が見えなくなった。
お盆に乗っていた土田さんの血は爆散した。
そして俺の血は、まるで打ち上げ花火のように、まっすぐと頭上に飛んで行き。
ピチャ。
大部屋の天井に赤い点を作る。
静まり返った試験場。
父さんと母さんのうちわだけが、嬉しそうにはしゃいでいる。
俺はとりあえず遠い目をしながら、エアハグした。
「きゃぁぁぁ! 夜虎の血は世界最強よぉぉぉぉぉ!!」
母さんの黄色い悲鳴だけが試験場に響き渡った。
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