41「ヴァン、焦る」

「ロップス殿! タロウ達を追えますか!?」

『答えよ! 人よ!』


「真っ直ぐ降りるのは無理だ! 降りられるルートを探してみる!」

『答えよと言うている! 人よ!』


 あぁもう! うるさい!


「貴方はマエンか!? 少しお待ち頂きたい! 仲間の危機です!」

 姿を見せない声の主に語りかけます。


『待たぬ。その崖から落ちたならどうせ助からん。答えよ』


 助からない……ですって?


「我らは翼を持つ者たちの仲間ではありません! 急ぎますので! これで失礼します!」

『ならん。証を立てよ』


 証なんてありませんし、そんな事言ってる場合じゃないんですってば!


「ヴァン殿! 少し遠回りだが降りられそうだ! どうやらロボも一緒に落ちた様だぞ!」


 なんですって!? ロボまで!?


「証はありません。ですが僕を信じて頂きたい」


 ストトト、と立て続けに僕の足元に突き立つ針のような棒。


『信用ならん。証を立てねば、仲間を追う事は許さん』


「先に行く! ヴァン殿もすぐに――」


『ならん。お主も広場へ戻れ』


 ロップス殿がこちら、広場の中央にゆっくりと戻ってきました。


「……ヴァン殿、こやつら猿のクセに武器を使うのか」

「どうやら吹き矢のようなものですね。殺傷力は大した事はなさそうですが、姿が見えないのが厄介です」


 こんな事をしている場合ではありません。

 三人が無事なのかどうか、大至急確認しなければ。


「証と言われても手立てがありません。これ以上、足止めするおつもりなら実力で押し通ります。よろしいですか?」


 脅しの意味を込めて、全身に全力で魔力を漲らせます。僕は今、これでも怒っていますからね。

 隣りのロップス殿が息を呑む音が聞こえました。


 少し沈黙。


『……良かろう。我らとて争いは望む所ではない。お主らが何者でどこから来てどこへ行くのか、それだけ話せ』


 時間が惜しいですが説明します。

 ――ペリメ村から来て、この先に住まう五英雄の一人ガゼル様のもとを目指している事、そして、魔獣を操る肌の浅黒い有翼人と敵対している事――

 そんな事を掻い摘んで、嘘はひとつも混ぜずに。


『分かった。お主らは翼を持つ者どもの仲間ではないと、とりあえず信じよう』


 分かって頂けた様ですね。理性ある魔獣で助かりました。

 そう毎度毎度、魔獣と戦ってばかりでは時間がかかってしょうがないですから。


『我らはこの森に住まう、人がマエンと呼ぶ猿だ。仲間の下へ行け。もし助かったらまた会おう。既に間に合わんと思うがな』


 ひと言多い猿ですね。


「ヴァン殿、落ち着いている場合ではないぞ」


 慌てていたので忘れていましたが、アレを思い出しました。

 

「少なくともロボは無事です」

「何故だ?」

「ロボの首に巻いた〈ブラムの石〉が、ロボの無事を伝えています」

「ほう? あの石にそんな力があったのか」


 元々ではなくこういう時の為ですから。ロボに渡しておいて良かったです。


「急ぎましょう。タロウとプックルの安否は分かりません」

「おう! こっちだ!」




 少し手間取りましたが、なんとか谷底に降りてこれました。


 谷底は少し幅のある河原。

 中央に流れる川の流れは速いですが、川幅自体はそう広くないです。僕ならなんとか飛び越せる程度ですね。

 崖の高さは三十メーダほどですが、見上げてもせり出しているせいでタロウ達が落ちた場所は見えません。


「落ちた辺りからあの対岸の岩が見えた。恐らくこの辺りのハズだが……」


 付近に血の跡なんかは見当たらないようですが、三人も見当たりません。


「ロボの首の石はもっと川を下った所です。三人が一緒にいてくれると良いんですが、とにかく向かいましょう」


 ブラムの石の反応を頼りに川に沿って走ります。すぐ後ろをロップス殿も走ってついてきています。



「ずいぶんと走ったが、こっちで合っているのか?」

「ええ、もう少し先です。どうやら川の流れに乗っているようですが……」


 かなり近付いた筈です。もう見えても良い頃……


「見えました! いかだの様なものに乗っています!」

「私にも見えた!」


 走りながら息を整え、魔力を全身に行き渡らせます。


「先に行きます!」


 魔力による身体強化です。

 一気に加速し、筏に追いついて並走します。


 筏の上、上から順にロボ、タロウ、プックルの三人が積み上げられていました。

 そして四隅で竿を操る、毛の黒い猿たち。マエンですね。


 たぁっ! とひと声上げて問答無用で飛び乗りました。筏が暴れますが無視して叫びます。


「筏を止めなさい!」


 けれど反応がありません。

 マエンの目は呆然と前方だけを見据え、竿だけを操っています。


「しょうがありません」


 背に負った大剣を抜いてひと振り。


 マエン達の首が四つ飛び、残った体は竿に引き摺られるように川へと落ちていきました。


「ロボ! タロウ! プックル! 起きなさい!」


 三人とも反応がありません。筏を止めなければこのままでは転覆です。


「ヴァン殿! これを!」


 必死に走るロップス殿が、あのちょうど良い棒を投げてよこしました。

 キャッチして川に差し入れますが、全然底まで届きません。


 どうしましょう。

 とりあえずロボを僕の胸元へ入れます。


 プックルとタロウを抱えてでは河原まで飛べそうもありません。


 タロウを抱えてみます。余裕ですね。

 プックルを持ち上げてみます。ギリギリですね。大きいですから。


 これならなんとか……。

 素早くタロウの服を脱がせ、その服を使ってロップス殿の棒に縛ります。

 棒にしがみついた形になったタロウを、河原目掛けて思いっきり投げつけて、そうしておいて、急いでプックルを担ぎ上げ河原へ向けて跳びました。


 筏はその勢いのままに、川面から飛び出した石にぶち当たって砕け散ります。


 ふぅ、ギリギリでしたね。


「ヴァン殿でかした!」

「タロウは無事ですか!?」


 投げつけた方に目をやります。

 そこには、地に突き立った棒に縛られたタロウ。

 そのままズルズルと棒を滑っていき、ゴチンと地面に頭をぶつけて止まりました。

 一応は上手くいった様ですね。


 少し焦りました。

 ……ほんとは相当焦りましたけど、ここだけの秘密でお願いしますね。

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