35「ヴィッケルを出てから」

 おはようございます。

 ヴァンです。


 ヴィッケルを出て十日目の朝がもうすぐです。


 そうでしょう。そう思いますよね。

 ヴィッケルを出てから何してたんだと、そう思いますよね。


 あれは二日目の夜でした。

 あの晩の事は思い出したくもありませんが……。



 まぁ、簡単に言えば魔獣に襲われたんですよ。

 ちなみに今も襲われている真っ最中です。



 ――大量のマヘンプクに!


「タロウ! そっちは行き止まりです! こちらへ! もうすぐ夜明けですから、みんなもう少し頑張って下さい!」

『も、もうダメでござる……』

『メェェェェ!』

「寄るなっす! こら! こっち来るなっす!」

「くっ! まだか! 夜明けはまだか!」


 みんな限界ですね。

 東の空が僅かに明るくなっています。夜明けまであと少しですね。


「みんな僕の所へ! 固まって下さい!」


 タロウを乗せたプックルが突っ込んで来たのをすんでの所で躱し、横っ腹にくっつきました。そこへロボが僕の胸へ、背をロップス殿が。

 剣を背に負った鞘に戻し――


「――風の刃の障壁!!」


 もう少しで夜明けです。マヘンプクが飛び去るまで、このまま魔法を維持します。


「ヴァンさん! 魔力もつんすか!?」

「ここまで少しは温存しましたから、もうしばらくは大丈夫です」


 ……でももう結構きつくなってきました。


「ヴァンさんの顔が青白いっす! やばいっす!」


 僕の顔は元々青白いですよ。集中が乱れますので、お願いですから静かにして下さい。


 ……まだですか?

 ちょっともう鼻血が出そうなんですけど。


「見ろ! 夜明けだ!」


 ロップス殿の声を合図にしたかの様に、マヘンプク達が一斉に飛び去っていきます。



 ……助かりました。

 今夜は本当にやばかったですね。


 五人ともが、へなへなと崩れる様に腰を下ろしました。


「危なかった……。ヴァン殿の魔力が残っていなかったらと思うとゾッとする……」

『……も、もうダメでござる』

『オヤスミ』


 あ、プックルがそのまま寝てしまいました。

 どちらにしてもここで休憩するしかないですから、そのまま寝かせてあげ――


「あーーっ! 折れてるっす! 俺の大事な杖が! 折れてるっすよ!」


 何言ってるんですか貴方。

 途中から両手に半分ずつ折れた杖持って振り回してたじゃないですか。


「タロウ! そんなもんがなんだ! これを見よ!」


 ロップス殿の手には細切れにされた木の棒がありました。


「そのゴミ、なんなんすか?」

「ゴミとはなんだ! 私の愛用の槍の……なれの果てだ!」


 ロップス殿も折れた槍を投擲に使っていましたね。


 とりあえず今夜もなんとか生き残りました。

 ヴィッケルを出て二日目の夜から、どこからかやってくるマヘンプクの群れに毎晩襲われています。

 昼に寝て、夕方から行軍、夜はマヘンプクから逃げる様に進んでいますが、前に進めた量はたかが知れています。

 最初に襲われた夜は日中寝ていたわけでないので本当に死ぬかと思いました。


 ですので、五日ほどのはずが十日も掛かってロッコノ村まで辿り着いていないんです。



 マヘンプクとは蝙蝠こうもりの魔獣。

 大きさはさほどでもなく、子犬サイズのロボよりももう少し小さい子猫サイズですが、羽を広げると数倍の大きさに見えます。


 マロウに較べれば単体の脅威はぐっと小さいですが、とにかく数が多すぎます。倒しても倒してもキリがないので、選べる手段は逃げの一手のみ。


 ほんと辛いです。

 何より、あの有翼人の子どもたちも蝙蝠に似た翼を持っていた事も気になりますね。


「ヴァンさん、あのコウモリなんとかならんのすか?」

「なるならもうやっていますよ」


 もう魔力がほぼゼロです。

 ロップス殿に魔法で火をつけて頂いて朝食にしましょう。


「きっと今夜も来るっすよねー」


 でしょうねぇ。出来る限り魔力と体力を回復させないと厳しいです。


「ロップスさん、あとでちょうど良い棒、探しに行かないっすか?」

「良かろう。真っ直ぐで丈夫な棒があると良いな」


 このマヘンプクの襲撃で唯一良かった事は、タロウとロップス殿の距離が縮まった事ですかね。


 そろそろ手持ちの食料が不安です。マヘンプクが食べられれば全く問題ないんですが、美味しくないどころか、はっきり言って不味いんですよね。もう激マズです。


 この何日もマヘンプクばかりと戦って、マヘンプクの死体を埋めてもないですし、新しい肉も手に入らないしで、もう散々ですね。


 とにかく休息です。


「タロウ、ロップス殿。棒も良いですが、夜に備えてとっとと食べて休みましょう」

「おす!」

「分かった」


 疲れた顔でロボがこちらに歩み寄ってきました。


「ロボ、おいで」

『良いでござるか?』


 ロボを抱いて、一緒に食事を摂ります。

 ロボの背を撫でていると心地良くて、食事以上に魔力が回復する様な錯覚を覚えます。


「ロップス殿、何か良い案はありませんか?」

「そうだな。現状のまま、なんとかロッコノ村まで辿り着く事しか思いつかない」


 一応はロッコノ村に近付いていますが、このペースだと、あと二、三日ほど。

 昨夜から今朝の襲撃でかなり危なかったですから、今夜辺りはもたないかも知れません。


「タロウ、あなたはどうですか?」

「蝙蝠の弱点ってないっすかね? 火に弱いとか水に弱いとか」


 どうなんでしょう。毎朝夜明けと共に飛び去りますから、陽の光は好まないようですが。


「逆に蝙蝠の得意なとこはどうっすか?」


「マヘンプクは爪と牙で攻撃してきます。相当な暗闇でも正確に攻撃してきますので、夜目も利くんでしょう」

「こっちの蝙蝠はどうか分かんないっすけど、俺がいた世界の蝙蝠は、音波で障害物とかを感知してたっす。確か」


 そうなんですか? 音波……、音の波ですよね。音の波と言えば…………プックルの魔法ですね。


「それが本当なら、プックルの魔法を上手く使えば、マヘンプクを役立たずにできそうな気がしませんか?」

「寝かすんすか? でもそれだと俺とロボ、寝ちゃいません?」


 ロップス殿も寝てしまうかも知れませんよね。でもやり方次第ではやれるかもです。


「いえ、上手く使えば、です。プックルが起きたら相談しましょう」

「ほう、可能性があるか」

「とにかく、魔力と体力を回復させる事に努めましょう」






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蝙蝠の音読みって「へんぷく」って読むんですって。

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