5「熊の獣人」+
「――熊だ! 熊が出たぞ!」
あれほど説明したのにまだそんな事言いますか。相当に険しい目つきでタロウを睨みます。
けれどタロウがブンブンと顔の前で手を振って、チガウオレジャナイ、と口をパクパクさせています。
目つきが悪すぎたでしょうか。
「ヴァン先生、どうやら村の広場の方に熊が出たようですな。ちょっと行ってきますので上がって待っていて下され」
あぁ本当に熊でしたか。タロウに悪いことしましたね。
「ター村長、僕の出番もあるかもしれません。お伴します。タロウも来てください」
広場はすぐそこ、ター村長を先頭にほんの少し走ります。
ちなみにター村長は二本足で走っています。振り返ってタロウを見ると、目を見開いて走っていますね。やはり熊の獣人が珍しいようです。
手に手に鍬や棒を持った数人の村人が、遠巻きに熊の周りを取り囲んでいました。危険な状況ですが、そうは言っても普通の熊です。ター村長と僕がいれば万にひとつも問題は起こらないでしょう。
ター村長が村人に呼び掛けます。
「みんな下がってくれ。後は私に任せるんだ」
ター村長の声を聞いて村人たちがホッと安堵の表情。さすがター村長、絶大な信頼ですね。
一気に駆け出して熊に迫るター村長。熊もター村長に対して警戒を示し、両の前脚を上げ威嚇してきます。
けれどター村長はそんな熊の警戒もお構い無しに右手でパンチ。もろに食らった熊の顔が首から千切れ、それなりに離れた木に叩きつけられてパァンという軽い音と共に飛び散りました。
相変わらず恐ろしいパワーです。さすがペリメ村最強の戦士。あ、ちなみに僕を抜いた中の最強ですよ。
「スプラッタァァーっっ!!」
タロウが何か騒いでいますが、とりあえず放っておきましょう。
「ター村長、お疲れ様です。相変わらずの鋭い右ストレート、さすがです」
「いやいや、最近は歳のせいか昔ほどの破壊力が出ませんよ」
ター村長は村人に声を掛け、首なしとなった熊の処理を頼んでさらに付け加えました。肉もみんなに行き渡るようにと。さすがですター村長。
「花咲っく森の道〜♪ 熊さんにぃ出ぇ会ぁった〜♪」
いつもおかしいですがタロウが何かおかしいです。肩を揺すって正気に戻しましょう。
「タロウ、大丈夫ですか?」
徐々に瞳に力が戻ります。
「……は! ヴァンさん! 熊さんが熊さん殴って首千切れて飛び散った!」
「め! そんな事言ってはいけません!」
「いやだってその通りやん!」
呆れて物も言えません。僕は肩を竦めて息を吐き、きちんと言って聞かせます。
「何言ってるんですか。ター村長は服を着てるんですから熊の獣人。熊は裸だから熊。だから全然違います。一目瞭然です。一緒にしてはいけません」
あら? 今度はタロウが、何言ってる、という顔してますね。僕、おかしな事を言いましたでしょうか。
「じゃぁヴァンさん、熊に服着せたら熊の獣人っすか?」
「何言ってるんですか、それは服を着た熊です。ただ、熊の獣人と見間違うか、という意味でしたら見間違う可能性は充分あります」
「服を脱いだ熊の獣人は?」
「熊と見間違うかもしれません」
なんとなく納得できたでしょうか。やはりタロウの世界には獣人はいないようですね。誇り高い獣人たちが人前で裸になる事などまずあり得ませんから。
ター村長の元へ向かって村人が走ってきます。お礼を言いに来たようですね。
「村長と喋ってるのは獣人っすね」
「そうです。彼は獣人ですね」
「服着たデカい熊に、服着た小さい兎がペコペコしてるのは何となく、逃げてー! って言いたくなるっす」
まぁその気持ちは分からなくもないですね。兎の獣人は村長の膝くらいの背しかありませんから。
「どうやらそちらの青年に事情がお有りのようですな」
のっしのっしと歩くター村長が言いました。
「えぇ、そうなんです」
村長の家に向かって歩く中、タロウは二、三歩後ろをついてきています。
村長の家でお茶を入れて頂き、掻い摘んで説明しました。
ファネル様の寿命について伝えるかは悩みましたが、ター村長には伝えておいた方が良い気がしたんです。
「――という訳でファネル様の寿命のあるうちに、このタロウをファネル領に連れて行かねばなりません」
少しの沈黙。タロウもおとなしくしています。
「……そうですか、異世界から。ファネル様の寿命の件は言われてみればなるほど確かに。この七十年、誰も気付かなかったとは……」
「ですのでまずはアンセム様の下へ向かい、アンセム様から今後どの様にすれば良いのか、お話しを伺いに参ろうと思います」
恐らくは少し長めの旅になるでしょう。教会の管理と子供たちの授業など、村長に後を任せて村長宅を後にしました。
「タロウ、少し買い物を済ませてから戻りましょう」
「買い物っすか。お店とかあるんすね」
小さな村でほぼ自給自足の生活ですが、小さな商店もいくつかあります。保存食を多めにと、タロウの着替え数点に加えて、軽くて丈夫なタロウの背より少し短い程度の木製の杖をひとつ。
あとはカバンやマントなど必要ですが、これは僕の予備のものがありますのでそれを使ってもらいましょう。
「さぁ一度帰りましょうか。お腹は空きましたか?」
「いや全然っす」
でしょうね。普段の食事量があれですもんね。
道々アンセム領の説明を簡単にします。
ペリメ村から南にまっすぐ下ると三日ほどでアンセムの街、そこからさらに山道を一日でアンセム様のご自宅。
「魔法でビューンと飛んでったりできないんすか? ブラム父ちゃんがやったみたいな」
「無理ですね。あんな非常識な事ができるのは異常な魔力量の父ぐらいでしょう。もしかしたら妖精女王タイタニア様なら、魔力はお持ちでないですが父の魔力量と同程度あるという精霊力で可能かもしれませんが」
「ブラム父ちゃんってそんなに凄いんすか……」
その後自宅で荷物を詰め、食事して就寝。
荷物詰めの最中タロウから、魔法のカバンとかいう、物がいくらでも入れられるカバンはないのかと聞かれましたが、そんな便利な物あるはずがありません。
なんなんですかソレ。
◇◆◇◆◇
5.5「タロウ:熊の獣人」
そりゃないっすよ。
話に聞いてた五英雄の人の中にもいたから、いるの分かってたで、獣人。
でもほら、分かるやん?
獣人ってのはもっとこう、なんてーの? 可愛い感じちゃうの。
ウサ耳ウサ尻尾の美少女とか、ツリ目でネコ耳の美少女とか!
いや美少女でなくても良いんやで。嘘じゃないんやで。
それがなんなんアレ。
アレはないやろー。
完全に熊(笑)
「服着てるから獣人」ってなんなん。
きらんっ、てメガネ光らせて真面目な顔でそんなん言うヴァンさんもヴァンさんやん。
しかもめっちゃ強い。リアル熊さんの顔殴って首から千切れるとかおかしいやん。あり得んやん。
「スプラッター!」
叫ぶやろそりゃ。
「花咲っく森の道〜♪ 熊さんにぃ出会った〜♪」
歌ってまうやろそりゃ。
え? 歌わん? そうすか?
うん、まぁ、その後のやり取りでター村長が理知的な良い村長なんは分かった。
でも熊(笑)
その後の出掛ける準備もさ、けっこう荷物重たいやん。魔法でビューン行ったら良いんちゃうの。
あ、無理なん。そうすか。
あ、無いの魔法のカバン。そうすか。
重たい方をヴァンさんが持ってくれるし文句言えんけどやで。魔法の存在でテンション上がったのに思ったより使えへんね、魔法。
これ持って三日も四日も歩けるんかな俺。自信ないなー。長年のニート生活は伊達やないっつうの。
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